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001 天乃さんと内緒の関係

「じゃあな、イスカ」


「うん、また明日」


 校門を出て、下地シモジイスカは唯一の友達と別れた。

 彼の家はすぐ近く。対してイスカの家は、ここから数百キロの彼方。

 徒歩はおろかバスでも遠い通学距離だが、この世界ではよくあること。むしろ学校の近くに住んでいる生徒のほうが珍しいまであった。

 

 イスカのような遠距離通学の生徒たちは、毎日ここへ訪れる。

 学生証を見せ、ゲートをくぐり、撥水加工済みのカバーを剥がす。

 広い飛行場の一角で、ジュラルミンの翼がきらりと光った。






「バイバイ、セキレイさん」

「また明日、天乃さん」


 クラスメイトから掛けられる声に穏やかな笑顔を向けて、セキレイと呼ばれた少女はぱらぱらと手を振った。


「さ、さようならっ……」


「ええ、さようなら」

 

 話したことがない男子に声をかけられても、その微笑みは崩れない。

 それだけ言って離れていった彼は、少し離れたところで覗いていた友人たちにからかわれながら教室を出ていった。

 

「――じゃあねセッキー!」


「うん、また明日ね。課題、今日中に終わらせるのよ?」


「はーい、がんばるー」


 いつもより長く勉強を見てあげていた女子生徒に軽く釘を刺して、さらりと見送る。

 セキレイの他に残っていたのは、もう彼女だけだった。

 

 一人になった教室で予定表を書き入れて、さり気なく五分ほど時間を潰す。

 廊下が静かになるまで少し待ってから、席を立って窓の外を眺めた。

 視線の向こうに滑走路。その手前に駐機されたキャメルイエローの機体を見つけ、セキレイの口元が少し緩む。


「――そろそろ、私も帰ろうかしら」


 そうして今度こそ、教室には誰もいなくなった。





  

 がろがろしたエンジン音に混じって、こんかんこんかんっ、と薄い金属音がした。

 程なくしてキャノピィが開けられて、とす、と機体が揺れる。鉄臭い機内にひとすじ、甘い香りの風が吹く。 


「おまたせ、下地くん」


 セキレイはそう言って、がららとキャノピィを閉めた。

 慣れた手つきでベルトを締めて、それからあれっと首をかしげる。


「下地くん……?」


 いつもなら返事が返ってくるのに――と前席を覗き込むと、黒髪がこくりこくりと揺れていた。


 (あら、おねむだわ)


 セキレイがにまぁ、と笑みを浮かべる。

 教室での大人びた様子からは想像もつかない、いたずらっ子のような笑顔。

 締めたばかりのベルトを外し、前のめりになれば、前席にもぎりぎり手が届く。

 背もたれの両側から、そぅっと人差し指を突き出して――。


「えい」


 イスカの頬をぷすりと突いた。


「……うわっ!」


 突かれたほうは水揚げされた魚のごとく、びんっ! と跳ね上がる。

 右、左と見て、伸ばされた指に焦点が合った。


「――おはよう、下地くん」


「天乃さん……ごめん。僕、寝てたのか」


「ええ。……とっても可愛い寝顔だったわよ?」


「……後ろからじゃそこまで見えないでしょ」


「えへへ……でも疲れてるのかしら。大丈夫?」


「大丈夫。暖かかったから油断しただけ」

 

 目をこすってから、イスカはスロットルレバーを押し上げた。

 プロペラが回転を増し、そろそろと機体が進み出す。

 ガラス越しに周りを見渡して、進行方向に人や機体がないことを確認しつつバックミラーを見ると、楽しそうに白い髪が揺れていた。


 計器盤に後付けされた小さなモニタに目をやって、イスカは少し目を細める。滑走路の端の一時停止スペースを素通りしながら伝声管を掴んだ。


「離陸予約時間が迫ってるから、このまま行くね」


「りょーかい!」


 つま先のブレーキを離し、スロットルを押し上げる。

 ぐん、と機体が飛び出す。

 ごとごとしていた揺れが小さくなっていき、景色が後ろへすっ飛びながら混ざっていく。

 おしりのほうが持ち上がって、翼が風をはらんで、ぎいっと一声鳴いてから――。


「離陸」


 イスカの声とともにふわり、地面を離れていった。






 大きな戦争でたくさんの人が減った。軍用機がたくさん余った。

 人が減ったので、土地は広く、街と街は遠くなった。

 遠い各地を結ぶため、人々は作りすぎた軍用機を使うことにした。

 そういうわけで、現代では車より飛行機が飛び交っている。

 そんな世界のどこかの国の、数少ない高等学校。

 終業のチャイムが響く。

 

 ――今日も、放課後が始まる。

読んでいただき、ありがとうございますっ!


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