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みずいろのりんご

作者: 夏野菜


喉が渇いた。


ふとそう思ってわたしはキーボードを打つ手を止めた。辺りからはレポートをしたためる同志たちが打つキーボードの音が聞こえる。図書館の閉館時間までまだ時間がある。数分くらい休憩してもレポートの進捗に悪い影響は与えないだろう。わたしは開いていた文章を保存して、パソコンの電源を落とした。そして図書館の二階にある休憩コーナーに足を向けた。


休憩コーナーは図書館の中とは違って、私語が許可されている。なので、よく雑談をしている学生たちに占拠されてることが多いのだが今日は違った。


「…」


何故か小学生くらいの女の子がひとりで休憩コーナーの一角に座って、画用紙に文字を書いていた。他に人はいない。


誰かの知り合いだろうか。泣いてもいないので多分放っておいても大丈夫なんだろう。わたしはそう結論づけて、休憩コーナーにある自動販売機に目を向けた。


何を飲もうか。寒くなってきたし、あったかいお茶か。いや頭を使ったし甘いものでも良いな。いやあえて冷たい炭酸も気分転換にいいかも。果汁のジュースもたまにはいいかもしれはい。


だらだらと自動販売機の前で悩んでいると、背後から声がした。


「あれ…どうしよう…うーん」


女の子がそう呟いていた。


「うーん」


何か困ってるのだろうか。このまま無視するのもかわいそうかと思い、わたしは声をかけた。


「どうしたの?」

「!」


女の子はわたしを見て驚いたが、すぐに尋ねてきた。実に社交性のある小学生だ。


「リンゴってどうやってかくの?」


女の子の手元の画用紙に赤いリンゴの絵が描いてあった。そのとなりには、赤いイチゴの絵の下に「苺」と書かれている。


つまりわたしはリンゴは漢字でどう書くかと尋ねられているわけだ。


いや、わからんな。


「ちょっと待ってね」


わたしはポケットからスマホを取り出し、メモ帳を開いて「りんご」と打とうとした。


「さいきんの若い子はすぐスマホでしらべるのね」


わたしよりはるかに若い、いや幼い女の子にそう言われて思わず手を止めた。


「っておかあさんがよく言ってたけど、ほんとうだね」

「……」


いや、いいじゃないか。スマホで調べ物をして何が悪い。さてはこの女の子のお母さん、図書館勤務のひとだな。


「スマホは上手に使えば便利な道具なんだよ」


わたしはなんとなく苦し紛れにそう言って、「りんご」打つ。うんうん、こんな漢字だったな。


「漢字わかったよ」

「ここにかいて!はい、色鉛筆はこれつかって!」


女の子が白紙の画用紙を一枚渡してきた。わたしは適当に目に入った色鉛筆を手に取り、画用紙に「林檎」と書いた。


「はい」

「…」


すると女の子はなんだか眉をひそめてそれを見た。


「…ど、どうしたの?」

「どうして青色の色鉛筆で書いたの?」

「ん?」


どうやら女の子はわたしが林檎を青色の色鉛筆で書いたのが気になるらしい。


「どうして…と言われると」

「リンゴは赤だよ!」


まぁそれもそうだけど。別に絶対赤で書かなくてはいけないなんてルールはわたしにはない。そこでわたしは先ほど女の子が言った口調を真似てこう言ってみた。


「最近の若い子は、すぐそうやって決めつけるんだね」


女の子が目を丸くした。わたしは少し大人げないと思いつつ、得意げに語る。


「青色のリンゴは存在しないないんてどうして言い切れるの?もしかしたらこの世界のどこかには青色のリンゴがあるかもしれない」


女の子が衝撃を受けたような顔をして口を開けた。


「そ、そうなの?」

「わたしはこの世界にあるリンゴの全部を知らないからね。もしかしたら青色だって、紫のリンゴだってあってもおかしくはない」


すると女の子の目がキラリと光った。


「じゃ、じゃあ水色のリンゴもあるかもしれない

?」

「無いとは言い切れないね」


女の子はなんだか嬉しそうに笑って、画用紙の白いところに水色の色鉛筆でリンゴを描いた。


「…もしかして水色が好きなの?」

「うん!」

「…好きな果物は?」

「リンゴ!」


なるほど、好きな果物が好きな色をしていたら最高だな。そう頷いていると、女の子は水色のリンゴの下に、「りんご」と書いた。


「あれ、漢字で書かないの?」

「この方がかわいいもん」


どうやら「林檎」はお気に召さなかったらしい。まあそう言われると確かに「りんご」の方がかわいいかもしれない。せっかくスマホで調べたのにと内心思いつつ、わたしは笑った。


「いいね、かわいい水色のりんごだ」

「そうでしょう」


女の子はにひひと笑った。将来大物になりそうだな。


そんなことを思っていると、わたしたちの元に女性が慌てて走ってきた。どうやら女の子の母親で、お手洗いに行っていたようだ。


「すみません、見ていだたいてありがとうございます」

「いえいえ」

「おねーちゃんこれあげる」


女の子はそう言って、果物が描かれた画用紙をわたしに渡してきた。


「あ、ありがとう」

「すみません」


女の子のお母さんが申し訳なさそうな顔をしたので、わたしは爽やかに微笑んだ。


「いえ、いいんですよ」

「おねーちゃんまたね!」

「うん、またね」

「ありがとうございました」


女の子はお母さんに連れられて、図書館から出ていった。そういえばあのお母さん、図書館の受付で見たことがある。やはり図書館の人だったみたいだ。


「…」


わたしは水色のりんごが描かれた画用紙を少し眺めたあと、自分の用事を思い出し自動販売機で飲み物を買った。そして空いてる席に座り、スマホを開いて適当にネットニュースを開く。


そうしながらレポートの続きをどうしようかと考え始めて、ふと思う。大学生だからと無理矢理レポートで小難しい漢字を使っていたがやっぱりひらがなにしようかな。「概ね」とか、「甚だ」とか。


だってその方がかわいいし。


あと、文字数が稼げるし。


一石二鳥じゃないかと、わたしはりんごジュースを飲みながらにひひと笑った。






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