第61話 永遠
「メリザンドと公爵、二人の処刑が済んだよ」
そう伝えてくれたのは、お忍びで時の神殿にやってきたシモンだった。もちろん、ティムも一緒だ。わざわざ果実茶も持参して。
食堂の長椅子に向かい合い、ミシェルとロズは神官長が用意してくれたスコーンを食べながら、二人の報告を聞いた。
「あれ、処刑ってメリザンドだけじゃなかった?」
ロズがどうでもよさそうに尋ねたのを、苦笑まじりでティムが答えた。
「公爵は幽閉だけのはずだったんだけどな。余罪がポロポロ出てきて。キャステン家の資産使い込みくらいなら良かったんだが……。なんとまあ、キャステンの先代、つまり妻を毒殺したことが判明」
「おっと?」
「神の伴侶殺しはもちろん極刑だから、娘と一緒にさくっと。それが分かってからは牢がうるさかったらしい。親子喧嘩が耐えなかったって」
容易に想像できる。
スコーンを割る手を止めて、ミシェルは浮かんだ疑問を口にした。
「先代様がお亡くなりになった時、誰も原因を調べなかったんでしょうか」
「お抱えの医者が『病死だ』と断言したからな。金で加担したこの医者も、もうすぐ処刑予定。実際、先代は体が弱い方だったから、誰も疑ってなかった」
「あー……、そういえばそうだったっけ」
ロズは先代のことをあまり覚えていないらしい。熱心な先代の時代なら、神の庭にこもる必要もなく、神官見習いとして現世にいたはずなのに。
「先代様のこと、よく知らないの?」
「信仰心の塊みたいな先代が、怠け者の神官見習いを可愛がると思う? めちゃめちゃ嫌われてたから、いつも避けるようにしてたよ」
なんとまあ。さっきティムが言った言葉を、ミシェルも繰り返した。
ジャムをたっぷり塗ったスコーンを頬張っていたシモンが、しみじみと呟く。
「結局、似たもの親子だったのかもねぇ」
そうなのかもしれない。ミシェルは先代のことをよく知らないから、これ以上の言及はしないことにした。
で、とティムが軌道修正する。
「キャステン公爵家は取り潰し。屋敷も解体になる。ロズノア市は王家領として吸収。時の伴侶役も正式に廃止。……これで、国としての処罰は完了だ」
「ロズノアテム様を蔑ろにした、っていうことへの罰だね」
「ま、虐待の件は完全に手つかずだけど? 魂がひとつどっか行ったことについては、おれは無関係だけど?」
じっとりと見つめられたロズはただ、にんまりと笑うだけだった。
なんとなく察するものがあったけれど、ロズがミシェルに言わないということは、知る必要がないか、知ってほしくないのだろうと思う。
だからミシェルから、メリザンドに何をしたのか、それを問うことはしない。
「とにかく、ここまではいいとして」
自分に言い聞かせるようなティムの後を、シモンが引き継ぐ。
「これからどうしたい?」
「どう、って」
幼いまっすぐな目で見つめられて、ミシェルは困惑した。
てっきり、神殿でこのまま暮らしていくものだと思っていた。ロズも神の庭に戻ろうとはしなかったし、いつものように庭で惰眠を貪っていたから。
「えっとね、ミシェル。お父さまたちが君の扱いについて、決めかねてるんだ」
「……私の、扱い」
嫌な響きの言葉だ。
「これまでの伴侶役と同じように、大々的に祀り上げるか。それとも、世間に姿を見せずひっそりと暮らすか」
あの祭りの日。ロズは集まった人たちの前で、ミシェルが伴侶であると宣言した。
今にして思えば、その場の勢いもあったとはいえ、人前で随分とはしたない真似をしてしまった。思い出すと顔から火を噴きそうになるので、ミシェルはあまり深く考えないようにしていた。
だから、あの宣言がどのように受け止められるのかについても、意識に上って来なかった。
「ぼくたち、王家としてはね。ミシェルには静かに暮らしてほしいんだ。君はきっと、注目されるのが苦手だろうし。これまで大変だった分、ゆっくりしてほしい。……もちろん、キャステン家みたいに大きな権力を持ってほしくないっていうのも、ある」
「……そう、ね」
「でもやっぱり、君を利用したがっている貴族たちもいる。愚かな考えだけど、まあ人間ってそういうものだし」
八歳のシモンから出てくるにしては、随分と痛烈な言葉だ。
「そういう奴らから守るために、いっそ王家で囲い込んでしまって、信仰の対象にしてしまえばいい、っていう考えもある。……ミシェルはぼくと違って、これから永遠に伴侶として生きるんだから」
ミシェルは、ロズの血を飲んで、人の範疇から外れた。
眷属というものに、なったのだという。人として死ぬことは、もうない。
そのこと自体は、この上ない幸福だと思っている。ロズの眷属として、伴侶として、永遠に共にあるということ。
けれど確かに、周囲はどう接していいか分からないだろう。あらかじめ決めておきたいという気持ちは、理解できた。
その上で、どうやら王家は、ミシェルのことを最大限気遣ってくれているらしい。
語るシモンの表情には、一片の陰りもない。
「それで結局、ミシェルの意思確認をしよう、ってことになった。だって、君の未来の話だ。ぼくらがあれこれ言ってても仕方ない」
これから、どうやって生きていくか。
ミシェルは隣に座っているロズを見た。ここまで口を挟まず、ただ黙って話を聞いていた。
視線が合うと、にこりと微笑むけれど、やはり何も言わない。分かっている。ロズはこういう時、ミシェルが答えを出すまでじっと待ち続ける。手助けはしてくれるけれど、勝手に答えを決めたりしない。
ロズと一緒にいられるなら、それで良かった。でも世界はそうはできていない。ミシェルたち以外にもたくさんの神や人が生きていて、それらと完全に関係を断つことはできない。
キャステンの屋敷の、メリザンドの寝室。その中に、ミシェルの部屋はあった。
あの部屋を出て生きていくのなら、ミシェルは世界との関わりを覚えていかなくてはいけない。
「……騒がしかったり、人に見られるようなことは、得意じゃないけれど」
それに、ここの静かな生活が脅かされるのも、良くはないけれど。
「必要なら、公表してもいいです。伴侶としての役目を果たすためなら」
「そっか。じゃあ、お父さまに伝えておくね。絶対、悪いようにはしないと約束するから」
シモンとティムは、どこかほっとしているようだった。
「いいの、ミシェル? 僕と一緒に引きこもってても、全然いいんだよ」
からかうように言うロズの目が光る。全然本気でないと分かるから、ミシェルはくすくすと笑ってロズの肩にもたれかかった。
「本当に? どこか別の場所で、二人っきりになる?」
「……しないよ。君を閉じ込めたりなんてしない」
だって僕は優しいからね、と、ロズはミシェルを抱き寄せて微笑んだ。
「ミシェルの好きにしたらいい」
「あー、それとまだ、伝えておかないといけないことがあって……」
咳払いしたティムが、何故かやや申し訳なさそうな顔で割り込んでくる。
ロズと二人で視線を向けると、ティムは指先で頬をかいた。
「ある程度の情報を表に出したほうがいい理由の一つに、とある問題があって」
「何かややこしいこと?」
「……ミシェルが怒りそうなこと」
やたらと遠回りな言い方をする。
ものすごく言いづらそうに、ティムはぼそぼそと続けた。
「キャステン以外の人間が伴侶になったことで、勘違いしてる貴族がそこそこいて……。『次はうちの娘が時の伴侶に選ばれるかも』と」
「……………………は」
「実際に、それを狙って動き始めてる連中が、もう既にいる、みたいな……、話が……、ありましてですね……」
ミシェルの顔を見たティムが、しどろもどろになって、ついに力なく口を閉ざした。
それとは対照的に、ロズは呑気な声を上げる。
「そういえば最近、貴族の娘が参拝に来ること、増えたかも」
なるほど。
ミシェルはグラスにまだたくさん残っていた果実茶を、一気に飲み干した。
ミシェルの分にだけ多めに入れてもらった蜂蜜は、喉に良いので。
「……絶対! 公表! して!」
「うーわびっくりした」
「特に! ロズの伴侶は永遠に私だってこと!!」
生まれて初めて、こんなに大きな声を出した気がする。
ロズが弾かれたように大笑いし始めて、ティムは縮こまって何度も頷いた。シモンは我関せずといった顔で、スコーンを食べている。
ミシェルは首元を縛る黒薔薇の飾りをひと無でした。
ロズの隣にいるのは、ミシェルだ。この場所は誰にも渡さない。
「大丈夫だよ、ミシェル」
目尻に涙を浮かべながら笑うロズの、柔らかく纏わりつく視線も。
「君はずーっと、僕のものなんだから」
宥めるように頬に落とされた唇だって、ミシェルだけが知っていればいいのだ。
エンテ神聖国。
時の神ロズノアテムと全知の神サクスピエンティムによって作られた国は、その後もとこしえに栄え続ける。
この国には神の伴侶がいる。
全知の伴侶は、代々王家から選び出された王子がその役目を担い続けた。
そして時の伴侶は、年に一度、春を呼ぶ時訪祭の日にだけ、神と共に姿を現したという。
ただ一人の少女が、いつまでも変わらぬ姿で。
――時の神殿に仕える神官たちは、知っている。
怠け者の神官見習いの少年と、黒薔薇の首飾りをした少女が、仲睦まじく、穏やかな永遠を過ごしていることを。
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