第60話 神罰
はっと我に返った時、メリザンドは自分の寝室で、ベッドの縁に腰かけていた。
なんだか頭がぼんやりしている。すっきりさせたくて、メリザンドはミシェルを呼んだ。
「ミシェル。顔を洗うから……、ミシェル?」
いつもなら、すぐに駆け寄ってくるミシェルがいない。
どうして、と思う。
そう、いつもなら、時間が戻った時には、部屋にミシェルがいて、洗顔用の湯桶を運んでいて。
思い出してきた。もう何度目か分からないけれど、メリザンドはこの日の朝に戻り続けている。
最初はミシェルがいたのに、何故かここ最近は、さっぱりと姿を見せなくなった。
そうだった。メリザンドはどうしようもなく殺される。死んだら時間が戻る。その繰り返しだ。
ミシェルがいた時は、彼女に頼めばなんでもやってくれた。メリザンドを殺した相手を突き止めて、報復することもできた。
でも、今はそれができない。
死んだ時の記憶は残らないから、メリザンドは誰に殺されているのかも分からないまま、ただその時を待つしかなかった。
「また……、また、殺されるの?」
それは嫌だ。生きて、未来に行きたい。もう同じ時間を過ごすのはこりごりだ。
「誰か、誰か!」
声を張り上げると、怯えた顔のメイドが部屋に入ってきた。
「ミシェルはどこ!?」
「み、ミシェル……、ですか?」
「そう、ミシェル! あたしの侍女!」
彼女がいればどうにかなるのに。メリザンドの大切な、特別な、侍女(お人形)。
メイドはあからさまに狼狽えた。
「それは、どなたでしょうか……?」
「は!? あたしの命令が分からないの!? ミシェルよ!」
「し、知りません」
嫌な予感がした。
ベッドを飛び降りて、彼女の部屋にしていたワードローブの扉を開ける。しかしそこには、ベッドも、書き物机もない、ただの空っぽな空間が広がっているだけだった。
そして思い出す。メリザンドはこのやりとりを、もう何度も繰り返している。
ミシェルはいない。壊れたこの時間の中に、ミシェルはどこにもいない。
「……なんで」
ああそうだ! もしかしたら神殿かもしれない。いつだったかに、父である公爵がミシェルを解雇したことがあった。そのせいかもしれない。
「出かける支度を!」
「えっ、あのですが、朝食は……」
「出かけるって言ってるでしょ!」
メイドを急き立て、必要最低限の身なりだけを整えて、神殿に馬車を走らせる。
そして辿り着いた時の神殿には、誰もいなかった。
ミシェルどころか、ここで暮らしているはずの神官すら見当たらない。花も何もない空っぽの花壇だけが、メリザンドを出迎えた。
「どうして、どうしてよ……!」
頭を抱えるメリザンドは、隣にいるメイドが、ぬらりと光る短剣を取り出したことに気づかなかった。死んだ後になっても。
はっと我に返った時、メリザンドは自分の寝室で、ベッドの縁に腰かけていた。
なんだか頭がぼんやりしている。すっきりさせたくて、メリザンドはミシェルを呼んだ。
「ミシェル。顔を洗うから……、ミシェル?」
これは一体何度目の朝だろう。もう分からない。何も分からない。
ぼんやりすることが増えた気がする。思い出せない記憶も。
毒を飲まされるのはどのパーティーだったか。刺客に襲われるのは、どの道を通った時? ミシェルを探しに神殿に行った後、メリザンドは何故死んだのか。
そもそも、ミシェルとは誰だっただろうか。
呼びつけたメイドは、怯えた顔でメリザンドの世話をする。下がりきった眉の下で、その瞳が赤く光った。
「その調子です、お嬢様」
「なにが」
「魂が削れて削れて、塵になって消滅してしまうまで」
恐怖に震える声で、メイドは誰かの意思を代弁する。
「存分に、殺され続けてくださいね」
ミシェルがいなければ、どうせそうなっていたのだと。
どこかで誰かが、そう嗤った気がした。




