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生贄侍女ミシェルと9の黒薔薇 ~死に戻り令嬢に虐げられる侍女が、洗脳から抜け出して時の神(曇らせ好き)に愛されるまで~  作者: 神野咲音


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第56話 ミシェル

 時訪祭の日は、いつも晴れだ。天気に関わる神たちが、協力してくれているから。神殿の前庭では、儀式の準備が完璧に整えられている。


 時間が戻らず、祭りの日を迎えられたことに、ロズは安心した。


 メリザンドの死を起点に繰り返される時間。それが、どれほど屈辱的だったことか。奪われた時間は、守るべき大切なものであり、またロズ自身でもある。


 この世界すべてを燃やし尽くしてしまいそうなほどの怒りと、悔しさ、憎悪。しかしそれを表に出すことは、神としてのちっぽけな矜持が許さなかった。


 その激しい感情は、たかが人間一人にしてやられた自分自身にも、確かに向けられていたから。


 だが、どうにか解決できそうな兆しが見えた。


 そのきっかけとなった夢の中の少女とは、まだ会えていない。


 名前も知らない少女のことを、ロズは自分の伴侶であると確信している。きっと、忘れてしまった時間の中に、彼女と積み上げたものがあったはずだった。


 何も思い出せない。あの少女が大切なのだと、人の身に封じられた魂は痛いほど叫んでいるのに。


 今はどこにいるのだろう。何をしているのだろう。今日の儀式が目的だったからには、神殿に来ているはずだが。



「ロズ、大丈夫か?」



 お忍びで儀式を見に来たティムが、気遣わしげに声を掛けてくる。こっそりと届けられた手鏡で、彼との再会が叶った。それも、あの少女が手配したはずなのだ。



「大丈夫だよ。ティムはここにいていいの? この後はすぐ、王城で式典でしょ」


「こっちの儀式が無事に終わるか分からないだろ。いざとなったら、シモンが『喚び出す』手筈だから問題ない」



 時の神殿での儀式は、キャステン家が行う祭祀だ。ティムと王家は、国全体で行われる祭りの監督があるため、例年ならばこちらの儀式に参加することはない。


 だが、今は非常時だ。


 ティムは丘に詰め掛けている民衆を見渡して、声を潜めた。



「……例の、女の子は?」


「見てない」


「そうか……」



 後はメリザンド・キャステンの到着を待つばかり。しかし、人々の雰囲気は暗い。何かを恐れるような空気が、彼らの足元にはびこっていた。


 馬の蹄の音が聞こえてくる。丘の中腹にあるキャステン邸から出た馬車が、メリザンドを乗せて近づいてきていた。


 期待と焦りが、ロズの中で徐々に膨らんでいく。メリザンドだけがあの馬車に乗っていたら。少女が儀式に来なかったら。


 その答えは、もう目前に迫っていた。


 薔薇の蔦が絡まる門の前で、キャステン家の馬車が停まる。中から現れたのは、ローブ姿ですらない、パーティー用のドレスを纏ったメリザンドだった。


 手に、シルバートレイを持っている。よく磨き込まれたクローシュが被せられていて、中は見えない。


 メリザンドは、不気味なほどに満面の笑みを浮かべて、一歩ずつ、馬車を降りてくる。少し傾いたトレイから、ぼたりと何かが零れ落ちた。


 赤黒くて、どろりとした、それは。


 近くにいた人々が、悲鳴を上げて距離を取ろうとしている。混乱と恐怖が広まっていく。


 それとは対照的に、静まり返った神殿の前庭を、メリザンドは弾む足取りで横切った。迷うことなくロズの元までやって来ると、頬を染めて大きく息を吸い込む。



「ロズノアテム様!」



 凍り付いているロズの眼前に、メリザンドは血の滴るトレイを差し出した。



「これをどうぞ!」



 まるで特別な日のご馳走を、披露するかのように。とっておきの宝物を、幼な子が見せびらかすかのように。


 もったいぶって開けられたクローシュの下には、少女がいた。


 夢の中で出会った、ロズのなにより大切な少女が、首だけの姿で。



「ぁ……、あ、」



 トレイから、ぼたぼたと血が落ちていく。真っ赤に染まる地面と、ドレスの裾。


 少女の頬は、血が無く真っ白で、雪みたいだった。閉じられた瞼は夢見るように軽く、睫毛は今にも震えそうだ。口元には笑みすら浮かんでいた。


 恍惚とした、これ以上ない幸福を噛み締めるような、その表情。この世界が生まれてから今まで、こんなに美しいと感じたことはなかった。


 しかしそれは、どうしようもなく、物だった。


 一度では切り落とせなかったのだろう。切り口の断面が汚いせいか、少女の首はトレイの動きに合わせて、ぐらぐらと揺れた。


 がたがたと言うことを聞かない手を伸ばして、首を抱え上げる。


 メリザンドが、満足そうに、言った。



「これなら、あたしの所に来てくれるよね?」



 その瞬間、腕の中の首を通して、ロズの身体に衝撃が走り抜けた。



「……ミ、シェル……?」



 零れ落ちた声はひしゃげていた。


 失われていた神としての力、そして記憶が、稲妻のように押し寄せてくる。何があったのか。何が起きたのか。


 少女と、ミシェルと重ねた時間。気が遠くなるほど長い時間を生きているのに、そのすべてが霞むくらいに、輝いている思い出たち。


 そして、ミシェルが必死に考えて、実行したのであろう策にも、気が付いてしまった。



「ぁあ……、ミシェル、ミシェル……!」



 神官見習いとしての仮の体を脱ぎ捨てて、ミシェルを抱える手は大きな青年のものに変わっていた。


 そっと彼女を持ち上げて、日の光に翳す。ぽたりと、首の傷口からまた血が落ちた。



「……かわいいね」



 もう、周囲の声など何も聞こえない。メリザンドが何事か自慢げに話しているのも、ティムが蒼白な表情で叫んでいるのも、神官長がへたり込んでぶつぶつと呟いているのも。


 混乱の渦に叩き落とされた民衆たちが上げる、悲鳴と怒号も。



「僕のミシェル……、かわいいよ」



 冷たく、青くなったその唇に、そっとキスをした。


 かさついていて、少し固くて、微動だにしない。感じるのは、隙間から流れ込んできた、涙のしょっぱさだけ。


 唇を離して、ミシェルを大事に腕の中に閉じ込めた。


 ロズのために死んでしまった。力の器になっていたメリザンドに、伴侶であるミシェル自身を生贄として差し出させることで、確実に神を呼び出せるように。


 誰の助けも求めず、たった一人で考え、耐え抜き、そしてやり遂げた。


 ロズを置き去りにして。


 胸が苦しい。足元が頼りない。腹の底に大きな穴が開いていて、その中へ延々と落ちていくような、そんな錯覚を覚える。


 もう、這い上がることは、できない。



「――殺したな」


「えっ?」



 メリザンドを睨みつけた。


 儀式の前に感じていた怒りなど、些細なものだった。


 今この瞬間、メリザンドを抹消するためだけに世界を終わらせてもいいと、本気でそう思った。



「僕の伴侶を、殺したな」


「なん、で。だって伴侶はあたしでしょ!?」



 血相を変えて喚き始めたメリザンドを、時の神官たちが四方八方から押さえつけた。彼らはこの場の誰よりも早く、状況を理解していた。



「ロズノアテム様……」



 まっさらな神官服を土で汚しながら、神官長が這いずって来る。ロズの足元で頭を下げ、両手を組んで泣きながら祈っていた。



「どうか、ご慈悲を……。ミシェル様に、どうか、どうか……」



 神官たちは繰り返した時間のことなど、何も覚えていないのに。ミシェルに父親のように接していた神官長だって、その記憶は失われているのに。



「そうだね」



 ロズは頷いた。



「やり直そう」



 死んでしまったのなら、やり直せばいい。だってロズには、ロズだけには、それができる。


 ミシェルの首に、優しく頬ずりした。



「全部なかったことにして、最初から。壊れた時間はどこかに捨てて、一から始めよう」


「おいロズ、冷静になれ!」



 飛び出してきたティムに肩を掴まれたが、払い除けた。



「僕は冷静だよ」


「でもお前……、そんな、そんな顔して……」



 ティムの方こそ、ぐしゃぐしゃに泣きそうな顔をしているのに。どうしてそんなことを言うのだろうと、首を傾げた。



「だって、ミシェルがいないなら、もう意味がないから」



 天に向かって手を伸ばし、ぐるりとかき混ぜる。


 時間が戻る。今ある世界が崩れて、積み上げたものがすべて無かったことになる。今日の後に、昨日が来る。


 そんなことが無いように、ロズはこれまで時間を守って来たけれど。


 世界が端っこから、黒い欠片となって飛び散っていく。足元の血だまりも、投げ捨てられたトレイも、すべてが。


 黒い花びらとなって、消えていく。


 ロズはもう一度、ミシェルの首にキスをした。






 壁に咲いていた九つの黒薔薇が、すべて枯れ落ちた。

読者の皆さんの阿鼻叫喚をとても楽しみにしているので、よろしければ感想をいただけると作者が興奮します。

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もし気が向きましたら星も入れてください。作者が普通に喜びます。

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