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生贄侍女ミシェルと9の黒薔薇 ~死に戻り令嬢に虐げられる侍女が、洗脳から抜け出して時の神(曇らせ好き)に愛されるまで~  作者: 神野咲音


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第54話 夢渡

「いつか生まれた 黒い薔薇の」



 歌声は、この牢に入れられた頃よりも綺麗になった。


 見張りはミシェルと話をしない。だから、歌で口を動かす練習をしている。


 唯一の例外はあのフットマンで、彼が見張りについたときは暖かい食事や毛布、怪我を手当てするための薬などを持ってきてくれた。


 罪悪感なのだろうとは思う。ありがたいが、やはりここから出してはくれない。それはもう仕方のないことだ。


 他の使用人はそれを見て見ぬふりして、メリザンドが来るときだけ毛布や薬を隠し、折檻が終わると返してくれた。


 もうとっくに日付の感覚などないが、メリザンドが来る回数からすれば、時訪祭の時期は徐々に近づいてきているはずだ。


 ミシェルが待っているのは、夜。いや、本当の夜でなくてもいい。打開のきっかけとして、眠っている時間に賭けた。


 ずっと歌っていれば、いつかロズの所に届くのではと思っていた。


 彼のことを想い続けていれば、夢の神が連れて行ってくれないかと。


 だから、ロズの歌を口ずさみながら目を閉じる。現実で会えなくともいい。夢の中で言葉を交わせたら、それだけでいい。


 ミシェルは今日も、ロズを想いながら眠りに落ちた。







 ぱちりと目を開くと、そこは一面の暗闇だった。


 何度も来たことがある場所だ。時の神ロズノアテムの領域。ミシェルは喜びのあまり飛び跳ねた。



(繋がった!)



 夢渡りが成功する時を、ミシェルはずっと待っていた。


 本当にできるかどうかは分からない。今のロズは、ミシェルのことを覚えていない。こちらがどれだけ願ったとしても、夢の神が来てくれる保証などなかった。


 だから、何度か時間を繰り返すことも覚悟していた。ロズと夢が繋がるまで、待ち続けるつもりで。


 思った以上に早くその機会が来て、ミシェルはほっとした。


 足場を伝って下に降りていけば、星屑の海が見えてくる。ここは酷く安心できた。ロズの腕に抱きしめられているみたいで。


 ロズは前と同じように、渦を巻く星屑を眺めていた。ミシェルが傍まで降りていくと、長い髪を翻して振り返る。



「……君は」



 青年姿のロズは、目を見開いてミシェルを見下ろす。赤い瞳が、困惑で揺れていた。



「ロズ」


「分かるよ」



 戸惑ってはいるが、ロズはミシェルに手を差し出してくれた。



「君が誰かは分からないけど、僕の大事な人だって……、分かる」



 ミシェルはその手を握り返した。



「ロズ、聞いて欲しいの」



 あまり時間はない。



「メリザンドお嬢様が死ぬと、時間が戻るの。だから、お嬢様を殺さないように、ティムに伝えて欲しい」


「ティムがメリザンドを殺してるの? 生き延びさせてどうする?」


「時訪祭でロズを呼び出す儀式をするの。そのための場は、私が整える」



 ミシェルが儀式を行うだけでは、ロズの封印を解くことは叶わなかった。足りないものを揃えて、もう一度儀式をやり直す必要がある。


 ロズはすぐに理解をしたようで、大きく頷いた。



「ティムに会うために、西の外路集落にいる情報屋と繋ぎをつけて。依頼の報酬も……、どうにかする」



 とにかく、ロズに必要な情報を渡さなければ。


 再会を喜ぶのは、すべてが終わった後だ。


 メリザンド殺害を阻止するのは、『前』よりも簡単なはずだ。ミシェルが居なければ、第三王子との謁見にメリザンドの邪魔は入らない。



「それで、君はどうするの?」



 ミシェルは微笑んだ。


 牢から出るには、メリザンドをどうにか言いくるめるしかない。


 そして、メリザンドの意識を、ロズに向けさせてもいけない。


 だからできる限り焦らしている。メリザンドが、ミシェルの口を開かせることに夢中になるよう、時々反抗的な態度を取りつつ、ずっとだんまりを続けている。


 メリザンドは、『前』の儀式で顔を合わせたロズのことを、まだ重要視していない。儀式を担当する神官だとしか思っていないだろう。その証拠に、ロズのことを全く聞かれなかった。


 興味があるのは、ミシェルから伴侶の立場を奪うことだけ。


 ロズが本物の時の神だと、メリザンドが知れば、直接ロズに会いに行くだろう。


 それだけは駄目だ。メリザンドを、ロズに近づけたくない。



「私は大丈夫。心配しないで」


「でも、」


「ロズ」



 繋いでいたロズの手を両手で包み込み、そっと額に押し当てる。



「私が、ロズを助ける。封印から解放してあげる。命に代えてでも」


「……それは、約束?」


「うん、約束」



 ロズが自分の役目を果たせるように。伴侶であるミシェルは、そのために力を尽くす。


 ロズは何度も瞬きをしていた。端正な顔立ちに似合わない、幼い表情だ。


 一緒に過ごした記憶が無くても、ミシェルのことを大事だと言ってくれた。それだけで、ミシェルは幸せな気持ちになれる。


 十分だと思った。



「あのね」


「うん?」



 いつものように優しく聞き返してくれたロズの首に、腕を回した。ぎゅっと抱き着くと、思った以上に強い力でしっかりと背中を引き寄せてくれる。



「ロズ、愛してる」


「えっ……」



 唖然とした声を上げるロズから離れると、ふわりと体が浮きあがった。どうやら目が覚めるらしい。



「ちょっと、待って。君、せめて名前を……」



 ロズがそう言いかけたのは聞こえたけれど。


 ああそうだった、と名前を伝える前に、ミシェルの意識は溶けて消えた。






「ミシェルさん、目が覚めましたか?」



 フットマンが、鉄格子の隙間からこちらを見ていた。


 毛布にくるまったまま、ミシェルは体を起こす。



「朝食を持ってきま……、なにか怒ってますか?」


「……べつに」



 彼が起こしたから夢が途切れたのかと、ミシェルは唇を尖らせる。善意からだとは分かっているので、文句は言わないけれど。



「お嬢様が来るまでに、食べてしまってください」


「わかりました。ありがとうございます」



 本当ならゆっくりと食べたいところだが、メリザンドは思いついた時にミシェルの元へ来るのだ。まともな食事を摂っているところを見られたら、ミシェルはともかくフットマンが罰を受けてしまう。


 パンをできる限り急いで口に詰め込み、その上からスープを流し込む。空になった食器を、フットマンがそそくさと布に包んで隠したところで。



「あの、おねがいが、あります」


「えっ」



 彼がミシェルの頼みを聞いてくれるか、半分は賭けだった。今より危険な橋を渡ることになるし、バレた時の罰は軽い折檻などでは済まない。


 だがもう半分では、きっと助けてくれるだろうと思った。


 じぃっと見上げると、フットマンは恐る恐る周囲を見渡してから、元々小さかった声を更に潜めた。



「……なんでしょうか」


「わたしのもちものを、ひとつ、ある人にとどけてほしい」



 フットマンはかなり長く悩んでいた。そして、ミシェルの目は見ないままだったが、確かに頷いた。


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