第42話 羞恥
ロズは最初に案内された客室で待っていた。
ソファーで座ったまま寝ている彼の肩を揺さぶると、すっと瞼が上がって赤い瞳が現れる。深く寝入っていたわけではないらしい。
ロズはヴェールだけ上げたドレス姿のミシェルを見て、小さく息を呑んだ。
「えっと、ミシェル……」
それだけ言って口を噤んだロズを見て、小さな不安が降り積もっていく。
ぎゅっとスカートを握り締めそうになったが、これはコラリーのドレスだ。代わりに、両手の指をきつく絡めた。
「ロズ……、あの……」
ハッと目を瞬いたロズは、立ち上がってミシェルの前まで歩いてきた。
そして、黒い花飾りに指先でそっと触れる。
「似合ってるよ、これ。……ちゃんと綺麗にしてもらったね」
それから、指の背で白粉の塗られた頬を。
「顔色が良くなって見える。ミシェルはもっと食べれるようにならないとね」
化粧が無くてもいいように、と笑うロズの頬も、ほんのりと赤い。
彼の真似をして手を伸ばすと、好きに頬を触らせてくれた。すり、すりと赤みを帯びた肌を撫でると、柔らかい産毛が爪の根元をくすぐる。
ロズは少しだけ恥ずかしそうに俯いた。
「見違えたから、びっくりしちゃったよ」
「変装は、うまく、いきそう?」
大切なのはそこだ。全知の神殿に入るために、メリザンドの目を欺けるかどうか。
「うん。これならばっちり」
改めて、ロズは上から下まで、ミシェルの姿を確認した。
「良いと思うけど……、ドレスは気に入らない?」
そう言ってにんまりと目を細めた顔は、いつものロズだ。
「……だって、これはコラリー様のだもの」
「人のは嫌?」
「人のは、というか……」
言葉に詰まってしまって、ミシェルは手を引っ込めた。
ただ、これを着ていてはいけないと思う。これは、コラリーのためのドレスだから。
そう感じる心が、一体どこから来るのか。
「うーん? コラリーの服を着るのが、申し訳ないってこと?」
ミシェル自身にも分からない感情を、ロズも一緒に考えてくれている。
「たぶん……」
「それにしては、すごく嫌そうな顔してるけど」
「いやそう……?」
そう言われても、ミシェルには自分の表情など見えない。
「嫌だったのは、ドレス? それともコラリーの方かな」
ミシェル自身にも見えない心の内を、ロズは見透かしているように尋ねてくる。
「ドレスは……、ドレスは、嫌じゃ、ない。でも……」
「ああ。後ろめたい?」
うしろめたい。それかもしれない。
君のせいじゃないって言っているのに、と、ロズはいつもの微笑みを見せた。
「……これはきっと、コラリー様の、だいじなもの」
そして、コラリーだけでなく、男爵家の人たちの気持ちも籠っている。
「わかるの。……わたしも、侍女だったから」
どうやって、主人の魅力を引き立てるか。いかに輝かせるか。
それを考えるのが、侍女の役目だ。本来なら。
ミシェルはメリザンドの言うがままに働いていたから、侍女の仕事も、そうでない仕事もこなしていた。だから、主人を着飾る方の気持ちなら、理解できる。
このドレスをミシェルが着るのは、『後ろめたい』。
「……そっか。じゃあミシェル、今度はミシェルのための服を買いに行こう。また綺麗にしてよ。僕が選んであげる」
「ほんとう?」
「……アクセサリーも贈るよ」
このドレスには気が引けるが、ロズが綺麗だと褒めてくれるのは嬉しい。思わず笑みを浮かべると、ロズは一瞬だけ目を逸らした。
「そ、れじゃあ、嫌なのはコラリー?」
「……コラリー様、は……」
あの人は、良い人だと思う。メリザンドとそっくりな顔は胸をざわつかせるが、性格は真逆だ。こうして、ミシェルたちの手伝いもしてくれている。
嫌いではない、と思う。少なくとも。
「嫌じゃないなら……、それじゃ、もやっとしたことは何?」
「……もやっ」
「そう」
「……」
もやっとする、というのは、胸の中でふわふわと漂っているこれのことだろうか。
コラリーと会話していた時に生まれたこれを、胸の上から撫でる。
「……ロズが、わたしに……、ドレスを着て欲しかったのは、」
「うん?」
「せっかくの機会、だったから……?」
「……え、なんで?」
ロズがきょとんとした。
その反応に、ミシェルも首を傾げてしまう。
「ドレスを着て戸惑うミシェルは見たかったけど、それだけかな。だって、動きやすい服の方が好きでしょ?」
「うん。……でも」
あの時は。
「コラリー様が……、そう言ったの」
それを聞いた時に、このふわふわしたものが生まれたのだ。
ロズ曰くの、もやっとしたものが。
「……ロズのことを、よく、わかってるみたいに」
「あー……、なるほど?」
何故か、ロズは口ごもった。いつもは迷いなくミシェルに言葉をくれるのに、どこか困っているようにも見える。
「ロズ?」
「えっとー……、コラリーが、僕の話をしたのが嫌だったの?」
「……だって」
この気持ちをなんと呼ぶのか、分からないけれど。
「だって、ロズの隣にいるのは、わたし、なのに」
「……うん、うん。分かった。この話、また今度にしよう」
「え……?」
「ちょっと今は……、僕が耐えられないかも……」
ロズがミシェルの肩を掴んだ。顔全体が真っ赤に染まっていた。




