第41話 変装
「ミシェル、良い顔をするようになりましたね」
ミシェルがメイドたちにあれやこれやと着せ替えされている間、のんびりとベッドでそれを眺めていたコラリーがそう言った。
女性の着替えだからと、ロズはかなり前に追い出されてしまった。「綺麗にしてもらうんだよ」と手を振って去っていったロズは、随分と上機嫌だったように思う。
そこからは、コラリーの指示でドレス選びが始まった。湧くように増えたメイドに囲まれ、ああでもない、こうでもないと頭上で言葉が飛び交っている。
「細すぎるのでコルセットは緩くても」「鍔の広い帽子を」「この黄色は髪色と近すぎて」「先ほどの神官様から、アクセサリーは黒で、と」「目元を隠すヴェールならたくさんございます」「やはり青! 青です!」「パニエも抑えめに」
言っていることは分かるが、言われているのがミシェルだということがどうにもむず痒い。逃げ出したいが、ロズがドレス姿を望んでいる。
居心地が悪くもぞもぞしていると、微笑んだコラリーにああ言われたのだ。
「……そう、でしょうか」
「ええ。以前はそんな風に、表情を変えることなどなかったでしょう」
思わず頬を押さえようとしたら、「白粉の色を選ぶので隠さないでください」と怒られてしまった。
外からどのように見えているのか、ミシェルには分からない。以前も、今も。
誰もが、今のミシェルが好ましいと言う。ミシェル自身もそうだ。今の方がずっといい。
その変化は、確実にロズの影響だ。
「あの神官様は、ミシェルにとっては良い方なのですね。その……、少し引っかかる点はありますが」
言葉を濁すコラリー。ミシェルは首を傾げた。
「……ロズは、本当に、やさしいです」
「ふふ。それは、見ていれば分かります」
「?」
「少しも躊躇わずに、あなたを庇っていた。誰だって、メリザンド様相手には怖気づくものなのに」
次に笑うのは、ミシェルの番だった。
吐息に乗せて笑い声を漏らせば、コラリーが丸く目を見開く。
「ロズは……、私の、かみさまです」
彼の本当の姿は関係ない。ただ、ミシェルにとってのロズが、そうだというだけ。
「……わたくしにも、そのような方がいれば良かった」
ため息をついたコラリーは、軽く身じろぎをして顔を歪めた。
背中の傷が痛むのだろうか。ミシェルがじっと見つめると、コラリーは弱々しく眉を下げた。
「……あの方には、誰も逆らえません。王族の方々とて同じことです。メリザンド様の立場がそうさせている。他にキャステン家の直系はいませんから」
「……王族、も」
「ええ。明確に意見できるのは、全知の伴侶である第三王子殿下のみでしょう。しかし、殿下はまだ幼く、滅多に人前に出ることのないお方。実質この国には、メリザンド様を止められる者がいないのです」
時の伴侶は本来、エンテ神聖国のみならず、この世界にとって大切な存在だ。だからこそ、尊ばれ、敬われる。
先代であった母親のように、メリザンドもそうなれたはずなのに。
「どうして、お嬢様は……」
今もなお神官たちに惜しまれている先代と、違う道に進んでしまったのだろう。
「……先代は、ロズノアテム様の立派な伴侶でした」
コラリーの声は、なんだか呆れているようだった。
「ですが、良い母親ではなかったのだと、思います。わたくしには、そう見えました」
「……」
「だからこそ、メリザンド様の腐った性根に、気づかなかったのでしょうね」
まともな教育を受けていれば、あるいは、と。コラリーが囁くように吐き出したその願いが、どうしたって幻でしかないことを、ミシェルはもう知っていた。
メリザンドの本質は、ミシェルと初めて出会った七歳の頃から、きっと何も変わっていなかった。
「メリザンド様は、時の伴侶として相応しくない。現キャステン公爵もそうだと、誰もが知っています。……神の伴侶としてのキャステン家は、もうおしまいです」
以前のミシェルは、それをちっとも分かっていなかった。メリザンドに対して、あまりに盲目的だった。
「だからこそ王家は、あのような……」
ふつ、と言葉を切ったコラリーは、軽く頭を振った。
「無駄話が過ぎましたわ。ミシェル、ドレスはどうかしら? あまり華やかでなくて申し訳ないのだけれど」
話をしている間に、ミシェルの着替えは終わっていた。
メイドの一人が大きな鏡を運んでくる。
鏡を見るように促され、恐る恐る近づいたミシェルは、そこに映る知らない人物に困惑した。
着せられているのは淡い水色のドレスだ。装飾は少なく大人しいデザインだが、ローブの前面から覗く白いスカートは、レースとフリルでさりげなく飾り付けられている。
メリザンドに目を付けられないよう、一見地味に。けれどコラリーの女性らしさは、失われないように。
これは、コラリーのために考え抜かれたドレスだ。
丈は問題ないが、やはり肉付きの違いか、あちこちの布が余ってしまっている。コルセットはウエストラインを補強するためではなく、詰めた端切れを固定するために使われていた。
貧相な胸元と袖口は、大きめのショールを羽織ることで隠されている。
化粧は色を確認するために軽く乗せてあるだけだが、それでも血色が良くなって見えた。
あまりにも普段とかけ離れた姿に、ミシェルは視線を落とした。
「……私には、にあいません」
「そんなことはありません。とても綺麗ですよ」
コラリーの顔には嘘の気配などなかったが、ミシェルにとっては、ただただ居心地が悪いだけだった。
思わず俯くと、揺れるドレスの裾が目に入る。少し汚れた質素な布の靴とは、やはり似合っていない。
靴も借りなければいけない、とぼんやり考えていると、続けて言われた。
「きっと神官様も、お喜びになりますよ」
ミシェルは顔を上げた。
「……ロズが?」
訳知り顔のコラリーが、何度も頷く。
「せっかくの機会に着飾ってほしいという、神官様の優しさでしょうから」
どうしてコラリーに、そんなことが分かるのだろう。
ロズと話した時間など、ほんの僅かでしかなかったというのに。
ふわりと心に浮かんだ気持ちが、明確な形を持って着地する前に。
メイドが黒い薔薇を模した髪飾りと、同じ色のヴェールを持って来た。
「神官様ご要望の黒いアクセサリーがありませんでしたので、リボンで形を作ったのですが……。これでよろしいでしょうか」
ベッド上のコラリーはメイドが見せた飾りを確認して、頷いた。
またミシェルの周りに人が集まってきて、いつも一纏めにしている髪を解き始める。腰までの長さがあるが、貴族の令嬢のように手入れが行き届いているわけではない。
最近はロズが楽しそうに櫛で梳いているので、その成果が出ていることを祈るばかりだ。
薔薇の髪飾りとヴェールが固定され、ミシェルの視界はうっすらと暗くなった。
顔の上半分を隠す短いヴェールだが、それだけでも人相はほぼ分からなくなる。ミシェル自身、鏡に映っているのが自分だとは到底思えなかった。
まるでどこぞのご令嬢。ドレスに着られていなければ。
「少し歩いてみてください」
けれど、楽しそうなコラリーに「やっぱり無理です」と言うのは気が引けて、ミシェルは言われるがままに部屋の端まで歩いて見せた。
「まあ! とても美しい所作ですね。これなら誰も疑いませんよ」
「そう……、でしょうか」
メイドたちも満足げにする中、鏡に映るミシェルだけが、沈んだ顔で佇んでいた。
ロズがどんな反応をするのか、そればかりが気になって仕方なかった。




