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生贄侍女ミシェルと9の黒薔薇 ~死に戻り令嬢に虐げられる侍女が、洗脳から抜け出して時の神に愛されるまで~  作者: 神野咲音


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第41話 変装

「ミシェル、良い顔をするようになりましたね」



 ミシェルがメイドたちにあれやこれやと着せ替えされている間、のんびりとベッドでそれを眺めていたコラリーがそう言った。


 女性の着替えだからと、ロズはかなり前に追い出されてしまった。「綺麗にしてもらうんだよ」と手を振って去っていったロズは、随分と上機嫌だったように思う。


 そこからは、コラリーの指示でドレス選びが始まった。湧くように増えたメイドに囲まれ、ああでもない、こうでもないと頭上で言葉が飛び交っている。



 「細すぎるのでコルセットは緩くても」「鍔の広い帽子を」「この黄色は髪色と近すぎて」「先ほどの神官様から、アクセサリーは黒で、と」「目元を隠すヴェールならたくさんございます」「やはり青! 青です!」「パニエも抑えめに」



 言っていることは分かるが、言われているのがミシェルだということがどうにもむず痒い。逃げ出したいが、ロズがドレス姿を望んでいる。


 居心地が悪くもぞもぞしていると、微笑んだコラリーにああ言われたのだ。



「……そう、でしょうか」


「ええ。以前はそんな風に、表情を変えることなどなかったでしょう」



 思わず頬を押さえようとしたら、「白粉の色を選ぶので隠さないでください」と怒られてしまった。


 外からどのように見えているのか、ミシェルには分からない。以前も、今も。


 誰もが、今のミシェルが好ましいと言う。ミシェル自身もそうだ。今の方がずっといい。


 その変化は、確実にロズの影響だ。



「あの神官様は、ミシェルにとっては良い方なのですね。その……、少し引っかかる点はありますが」



 言葉を濁すコラリー。ミシェルは首を傾げた。



「……ロズは、本当に、やさしいです」


「ふふ。それは、見ていれば分かります」


「?」


「少しも躊躇わずに、あなたを庇っていた。誰だって、メリザンド様相手には怖気づくものなのに」



 次に笑うのは、ミシェルの番だった。


 吐息に乗せて笑い声を漏らせば、コラリーが丸く目を見開く。



「ロズは……、私の、かみさまです」



 彼の本当の姿は関係ない。ただ、ミシェルにとってのロズが、そうだというだけ。



「……わたくしにも、そのような方がいれば良かった」



 ため息をついたコラリーは、軽く身じろぎをして顔を歪めた。


 背中の傷が痛むのだろうか。ミシェルがじっと見つめると、コラリーは弱々しく眉を下げた。



「……あの方には、誰も逆らえません。王族の方々とて同じことです。メリザンド様の立場がそうさせている。他にキャステン家の直系はいませんから」


「……王族、も」


「ええ。明確に意見できるのは、全知の伴侶である第三王子殿下のみでしょう。しかし、殿下はまだ幼く、滅多に人前に出ることのないお方。実質この国には、メリザンド様を止められる者がいないのです」



 時の伴侶は本来、エンテ神聖国のみならず、この世界にとって大切な存在だ。だからこそ、尊ばれ、敬われる。


 先代であった母親のように、メリザンドもそうなれたはずなのに。



「どうして、お嬢様は……」



 今もなお神官たちに惜しまれている先代と、違う道に進んでしまったのだろう。



「……先代は、ロズノアテム様の立派な伴侶でした」



 コラリーの声は、なんだか呆れているようだった。



「ですが、良い母親ではなかったのだと、思います。わたくしには、そう見えました」


「……」


「だからこそ、メリザンド様の腐った性根に、気づかなかったのでしょうね」



 まともな教育を受けていれば、あるいは、と。コラリーが囁くように吐き出したその願いが、どうしたって幻でしかないことを、ミシェルはもう知っていた。


 メリザンドの本質は、ミシェルと初めて出会った七歳の頃から、きっと何も変わっていなかった。



「メリザンド様は、時の伴侶として相応しくない。現キャステン公爵もそうだと、誰もが知っています。……神の伴侶としてのキャステン家は、もうおしまいです」



 以前のミシェルは、それをちっとも分かっていなかった。メリザンドに対して、あまりに盲目的だった。



「だからこそ王家は、あのような……」



 ふつ、と言葉を切ったコラリーは、軽く頭を振った。



「無駄話が過ぎましたわ。ミシェル、ドレスはどうかしら? あまり華やかでなくて申し訳ないのだけれど」



 話をしている間に、ミシェルの着替えは終わっていた。


 メイドの一人が大きな鏡を運んでくる。


 鏡を見るように促され、恐る恐る近づいたミシェルは、そこに映る知らない人物に困惑した。


 着せられているのは淡い水色のドレスだ。装飾は少なく大人しいデザインだが、ローブの前面から覗く白いスカートは、レースとフリルでさりげなく飾り付けられている。


 メリザンドに目を付けられないよう、一見地味に。けれどコラリーの女性らしさは、失われないように。


 これは、コラリーのために考え抜かれたドレスだ。


 丈は問題ないが、やはり肉付きの違いか、あちこちの布が余ってしまっている。コルセットはウエストラインを補強するためではなく、詰めた端切れを固定するために使われていた。


 貧相な胸元と袖口は、大きめのショールを羽織ることで隠されている。


 化粧は色を確認するために軽く乗せてあるだけだが、それでも血色が良くなって見えた。


 あまりにも普段とかけ離れた姿に、ミシェルは視線を落とした。



「……私には、にあいません」


「そんなことはありません。とても綺麗ですよ」



 コラリーの顔には嘘の気配などなかったが、ミシェルにとっては、ただただ居心地が悪いだけだった。


 思わず俯くと、揺れるドレスの裾が目に入る。少し汚れた質素な布の靴とは、やはり似合っていない。


 靴も借りなければいけない、とぼんやり考えていると、続けて言われた。



「きっと神官様も、お喜びになりますよ」



 ミシェルは顔を上げた。



「……ロズが?」



 訳知り顔のコラリーが、何度も頷く。



「せっかくの機会に着飾ってほしいという、神官様の優しさでしょうから」



 どうしてコラリーに、そんなことが分かるのだろう。


 ロズと話した時間など、ほんの僅かでしかなかったというのに。


 ふわりと心に浮かんだ気持ちが、明確な形を持って着地する前に。


 メイドが黒い薔薇を模した髪飾りと、同じ色のヴェールを持って来た。



「神官様ご要望の黒いアクセサリーがありませんでしたので、リボンで形を作ったのですが……。これでよろしいでしょうか」



 ベッド上のコラリーはメイドが見せた飾りを確認して、頷いた。


 またミシェルの周りに人が集まってきて、いつも一纏めにしている髪を解き始める。腰までの長さがあるが、貴族の令嬢のように手入れが行き届いているわけではない。


 最近はロズが楽しそうに櫛で梳いているので、その成果が出ていることを祈るばかりだ。


 薔薇の髪飾りとヴェールが固定され、ミシェルの視界はうっすらと暗くなった。


 顔の上半分を隠す短いヴェールだが、それだけでも人相はほぼ分からなくなる。ミシェル自身、鏡に映っているのが自分だとは到底思えなかった。


 まるでどこぞのご令嬢。ドレスに着られていなければ。



「少し歩いてみてください」



 けれど、楽しそうなコラリーに「やっぱり無理です」と言うのは気が引けて、ミシェルは言われるがままに部屋の端まで歩いて見せた。



「まあ! とても美しい所作ですね。これなら誰も疑いませんよ」


「そう……、でしょうか」



 メイドたちも満足げにする中、鏡に映るミシェルだけが、沈んだ顔で佇んでいた。


 ロズがどんな反応をするのか、そればかりが気になって仕方なかった。


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