第40話 作戦
コラリーは傷の治療を終えて、ベッドにうつ伏せになって休んでいた。
メイドの案内で入室したミシェルたちを見て、コラリーは少しだけ上体を起こした。
「このような姿で、申し訳ありません。わたくしが、どうしても礼を言いたいからと我が儘を言ったのです。助けていただいて、本当にありがとうございました。……もう一人の神官様は、まだ父と話をされているのですね」
あの方にも後で礼をしなければ、とか細い息を吐く。
顔はメリザンドにそっくりだが、その表情や所作は似ても似つかない。少しだけ緊張していたミシェルは、ひっそりと胸を撫で下ろした。
コラリーはそんなミシェルと、話に興味のなさそうなロズを見比べて、ふふ、と淡く微笑んだ。
「メリザンド様から、解放されたのですね、ミシェル。……良かった」
「コラリーさま……」
まさか、彼女がミシェルのことを、認識しているとは思わなかった。顔を合わせたことなど、片手で数えるほどなのに。
「二人は、全知の神殿に用があったのですよね? わたくしのせいで……、厄介なことになって、申し訳ありません」
コラリーは貴族でもないミシェルとロズに向かって、あっさりと頭を下げた。
「いいよ、別に。明日にでも出直すから」
対するロズの砕けた物言いに、壁際で控えていたメイドがぎょっとした顔をする。けれどコラリーは特に咎めたりせず、ただ静かに首を振った。
「恐らく、難しいと思います」
「どうして?」
「時の神殿の方にお伝えするのは、非常に心苦しいのですが……。メリザンド様は、毎日のように全知の神殿に入り浸っておられます。何年も前からのことで……」
ロズと顔を見合わせる。「知ってた?」と小さく問われたが、ミシェルには否定することしかできない。
「おじょうさまは、外出に、わたしを連れていかなかった……」
「見栄えが良くなかったからだと思います。ミシェルをそうしていたのは、メリザンド様本人なのに……」
コラリーは落ちてきた横の髪を、少し鬱陶しそうに指先で払った。
不思議な気分だった。こんなにも、コラリーがミシェルのことを気にかけてくれていたなんて。
ますますコラリーに対する申し訳なさが募る。でもそれは違うのだと、ロズが教えてくれた。ミシェルは喉に詰まりそうになった塊を、ぐっと飲み下した。
「お嬢様は、なぜ、そんなことを……」
「ご本人は、婚約者探しのつもりのようです。全知の神殿ならば、王族のどなたかに会えますから。……結婚や婚約者というものを、よく分かっておられないのでしょう」
言葉を濁してはいるが、それは明確な非難だった。
幼少期に少し教育を受けただけのミシェルでも、貴族の結婚が家同士の契約であることは知っている。キャステン公爵家ともなれば、その結婚相手は慎重に選ばなければならない。それは王族とて同じこと。
好き勝手に声をかけて良い訳はない。
コラリーが遠い目をした。
「あの方は、良いものであればあるほど、自分の手元に置きたがります。誰かが大切にしているところを見れば、なおさら。第一王子殿下や第二王子殿下に声を掛けるのも、その程度の理由でしょう」
ミシェルは、もう手元にない手鏡のことを思い出した。盗まれた手鏡。それから、それを探していたという情報屋の話を。
夜会で、婚約者がいる男性に何度も声を掛けていたメリザンド。
ロズが「じゃあ、」と難しい顔で口を開いた。
「メリザンドの目を掻い潜って、神殿に入らないといけないってこと?」
「そうなります。メリザンド様は、いつ来られて、いつ帰られるか分からないのです。気まぐれな方ですから」
「呆れた。時の神殿より、こっちにいる時間の方が長いんじゃない?」
そうだろうと思う。メリザンドが時の神殿に滞在する時間は、お茶を一杯飲み干すよりも短かった。
毎日の祈りが面倒だったのかもしれないなと、ミシェルは頭の隅で考える。
「困ったね。中に入ってさえしまえば、なんとかなると思うんだけど」
情報屋からは、全知の神官に声をかけるよう言われている。その時の合言葉も「黒薔薇」だ。
「……ロズだけ、行く?」
「ミシェルがいないと話が長引くだけだよ。どのみち一緒に行かないと」
どうしようかと、ロズと二人で顔を見合わせる。
「……では」
そっと声を上げたのはコラリーだ。
「服を、変えるのはいかがでしょう?」
「服?」
「はい」
コラリーはメイドを手招いて、そっと何事か囁いた。得心したように頷いたメイドは、寝室に隣接する小部屋へ入っていく。
「服や髪型、お化粧でも人の印象はガラリと変わります。ミシェルにはわたくしのドレスを。神官様には、そうですね……。従者の服をお貸ししましょう。変装とまではいきませんが、メリザンド様の目を誤魔化すには十分ではないでしょうか」
すぐに戻ってきたメイドは、色とりどりのドレスを両手に抱えていた。
ミシェルは言葉を失う。
コラリーの案は悪くないと思う。要するに、メリザンドに見つかりさえしなければいいのだ。
だがそのためにドレスを着るというのは、あまりにも恥ずかしいし、気後れする。生家にいた頃でさえ、ドレスなど与えられたことが無かったのに。
「変装か……」
顎に手を添えて考えているロズの服を引っ張る。ん? とこちらを見た彼に、ミシェルはふるふると首を振った。
見た目を変えるなら、普通に平民の格好でいい。帽子か何かで顔を隠せば、メリザンドだって気にも留めないだろう。
だからドレスだけは。
そんな思いが通じたらしい。
ロズはパッと咲き誇るような笑みを浮かべた。
――いつもミシェルに、「かわいそうだね」と言ってくれる時の笑顔だった。
「じゃあ、ドレスと従者服、借りることにするよ!」
項垂れるしかなかった。




