第37話 従姉
「えっ。あいつ、いとこなんていたの?」
ロズがびっくりした顔をしている。反対に、御者台にいる神官は頷いていた。
「モラン子爵家の、コラリー様ですか。いつも帽子とベールで頭を完全に隠しておられるので、分かりませんでした」
ミシェルも、顔を隠したコラリーなら何度か見たことがあった。その素顔を知ったのは、メリザンドの死に戻りが始まってからだ。
メリザンドから見れば、父方の従姉であるコラリー。
驚いたことに、二人はよく似ていた。隣に立って見比べれば違って見えるが、そうでなければ良く知らない人間は間違えるだろう。
そんなコラリーの容姿を利用して、モラン家は第三王子の襲撃計画を立てた。すべては、メリザンドに冤罪を被せて、処刑させるため。コラリーは見事にメリザンドを演じ、儀式の最中だった第三王子に掴みかかってから逃げ出した。
第三王子は、彼女を「メリザンドだ」と証言した。
たとえキャステン公爵家の娘であろうが、ロズノアテムの伴侶役であろうが、決して許されることではない。襲った相手は王族であり、同じく神の伴侶だ。それも、第三王子にはメリザンドと違い、伴侶としても実績が既にある。
結果として、毒殺を警戒して数日前から部屋に籠っていたメリザンドは、犯人として拘束されたのだ。使用人たちは誰一人として、「屋敷にいた」と証言しなかった。
それから処刑までは早かった。何故神の伴侶をと、その時は疑問に思っていたが、今なら納得できる。
モラン家の計画を、王家も知っていたのだろう。第三王子も本当の犯人が誰なのか、分かっていたのかもしれない。
(コラリー様がここにいるなら、お嬢様が計画を止めに来るはず)
モラン家の策略でメリザンドが死んだのは、ミシェルが知る限り二周目のことだ。それ以降は、この計画を阻止している。
メリザンドは外出する時、ミシェルを伴わなかった。屋敷から連れ出すことがあっても、必ず馬車の中で待機させられていた。だから、どうやって計画を阻止していたのか、ミシェルは知らない。
普段と違い、素顔を晒したコラリーは、馬車から降りて城門へ進んでいく。その歩調にはどこか固さが見えた。
「……キャステン家の馬車が来ました。今度は本物ですね」
神官がぼそりと呟いた。彼の言う通り、四頭立ての豪華な馬車が、大通りを進んでくる。間違いなく、メリザンドが普段使っているものだ。
ミシェルたちが潜む馬車の横を通り過ぎたキャステン家の馬車は、コラリーの行く手を塞ぐような位置で止まった。
コラリーがびくりと肩を震わせ、後退るのが見える。
ミシェルは思わず、身を乗り出した。
モラン家の計画は、メリザンド本人がここに来た時点で失敗している。だから、これで終わりのはずなのだ。
なのに、嫌な予感がするのは何故だろう。
「ねぇ、コラリー。あたし言ったよね? 人前で顔を出すなって。もう命令を忘れちゃったの?」
馬車からメリザンドが降りてくる。ゆっくりとした足取りで、コラリーを追い詰める。
よく似た顔の二人が相対するが、その表情は対照的だった。
「め、メリザンド様……」
「あたしとあんたが、間違われでもしたらどうするの? 同じ顔なんて、ただでさえ気味が悪いのに」
メリザンドの声は、平然としている。午後のおやつに好物のベリータルトを要求するのと、まったく同じ調子だ。
その声でメリザンドは、震えるコラリーに向けて言い放った。
「悪い子には、お仕置きしないと」
御者が前に進み出た。その手に、馬用の鞭を握っている。
コラリーは身を翻して逃げようとした。しかしその背に、容赦なく鞭が振り下ろされる。高い悲鳴を上げたコラリーは、その場に蹲った。
「……っ」
鞭がしなり、空を切る音を立てる。コラリーのドレスが裂けて、背中に滲む血が増える。
そして、コラリーの悲鳴と嗚咽が上がる程に、ミシェルの体は震えて止まらなくなる。
既に遠く過ぎ去ったはずの痛みが、纏わりついている。幻だと分かっているのに、どうしても振り払えない。
ロズには、「覚えていない」なんて言ったのに。幼い頃の記憶など、もう思い出すこともなかったのに。
そっと背中を撫でられた。
「大丈夫だよ」
ロズが馬車の外から目を離さないまま、腕を回してミシェルを抱え込んでいる。
「ろ、ロズ……」
「外には出ない方がいいよ。このままやり過ごす」
それが、ミシェルを守るための言葉であることは分かる。ずっと、メリザンドから遠ざけようとしてくれていた。
でもそうしたら、コラリーはどうなるのだろう。
道行く人々は、誰もコラリーを助けようとはしない。メリザンドに逆らえる身分の人間は、限られている。
誰も彼もが、ひきつった悲鳴から逃れるために耳を塞ぎ、足早に通り過ぎていく。
馬車を操っていたモラン家の使用人だけが、コラリーを庇おうとして一緒に鞭打たれ、蹴り倒されていた。
「……とめ、なきゃ」
止めなければいけない。だって、こうなったのはミシェルのせいだ。
メリザンドに冤罪をかけて処刑に導いた、その犯人を調べた。コラリーがメリザンドに成りすます計画の裏を取って、メリザンドに報告した。
ミシェルがそうしたから、メリザンドは今ここで、コラリーを襲わせている。
ぐっと唇を噛み締めた。体の震えはまだ止まらない。それでも。
「ミシェル!?」
ロズの手を振り切って、ミシェルは馬車の中から飛び出した。
転がるように大通りを横切り、メリザンドの足元に滑り込む。両手両膝を地面について見上げる彼女の顔は、これまでにもよく見た光景だった。
「は? ミシェル?」
くりくりとした可愛らしいメリザンドの目が、丸く見開かれていたのは一瞬だった。
「……取り次ぎはしないって言ったよね? なんでミシェルがここにいるの!?」
何か言わなければと、口を開いた。それなのに、舌が張り付いてしまったように動かない。
コラリーを見逃してもらわなければ。痛めつける必要などない。
ここにいる理由を、どうにか誤魔化さないと。
声を出すのが怖い。またメリザンドの怒りを買って、折檻される。
――もう、怒らせてしまっているのに?
色んな感情が喉の奥に詰め込まれて、呼吸ごと固まってしまう。
凍り付いたように動けなくなったミシェルを、メリザンドがじろりと見下ろした。
「なんなの? どいつもこいつも、あたしの言うことをきかないなんて!」
癇癪を起こしたメリザンドは、御者から鞭を奪い取った。視界の端に、コラリーを抱えた使用人の男が這うように逃げ出すのが映るが、注意を向ける余裕もない。
振り上げられた鞭から、目が逸らせない。
「ミシェル!」
身を守ることも、逃げることもできなかったミシェルの眼前に、白い神官服が飛び込んできた。
バシンッ、と破裂するような音に次いで、「ぐっ」と小さく呻く声。
ミシェルを前から抱き締めたロズが、その背で代わりに鞭を受けていた。
「ーーッ、ろ、」
声が出ない。体が動かない。頭の芯が縛り上げられたみたいに痺れている。
ロズが、ミシェルを、庇ったのだ。庇って、鞭で打たれた。
「何、あんた? 突然出て来るなんて!」
メリザンドは喚き立てて、再び鞭を振り上げてロズを打ち据えようとする。ロズはミシェルを庇ったまま、何故だかふっと微笑んだ。
「メリザンドお嬢様!!」
神官の叫び声が割って入って、ロズが二度打たれることはなかった。
「なんということを! 神の伴侶役ともあろうお方が、このような罪深いことを!」
「うるさいなあ、あたしが何をしようと勝手でしょ!?」
「いいえ、なりません! ロズノアテム様の名を汚すおつもりですか!?」
露骨に鬱陶しそうな顔をしたメリザンドが、詰め寄る神官から逃げるように踵を返す。鞭を御者に投げ返して、さっさと馬車に乗り込んだ。
「飽きた。もう行くよ」
たった今までのやりとりがすべて無かったように、メリザンドはあっさりと立ち去ろうとする。コラリーを一瞥することすらなかった。
しかし、ミシェルのことまで忘れた訳ではなかったようだ。
「ミシェル、神殿の仕事でも、王城に来るのは許さないから! いい?」
ミシェルの反応も見ずにメリザンドは去っていった。
「コラリーを殺し損ねちゃった。まあ、大丈夫だよね」
そんな呟きを落として。




