第36話 城門
情報屋から連絡が来たのは、依頼から二日後のことだった。
「第三王子から謁見の許可が下りた」と、随分驚いた様子だった。「こちらの神殿まで来てくれれば、いつでも時間を取る」とのことだった。
「まあ、当たり前だよね。多分ティムに話が通ったんだよ」
「そう、なの?」
「うん。ロズノアテムの象徴って薔薇だけど、本来は黒薔薇なんだよね。だからティムか、その伴侶なら伝わると思ったんだ」
ミシェルとロズは、時の神官が操る馬車に乗って王都に向かっていた。
全知の神殿は、王城の敷地内にある。ミシェルは行ったことがないが、時の神殿と同じく、参拝する人々が絶えないと聞いたことがある。
王都はロズノア市の隣にある。馬車を使えばすぐの距離だ。
神官長から、王家についての基本的な話も聞いてきた。
今の国王夫妻には、四人の子供がいる。王子が三人と、王女が一人。一番年下の第三王子が、全知の神サクスピエンティムの伴侶に選ばれた。
全知の伴侶は、王城ではなく神殿で暮らす。だから第三王子だけは、他の家族と離れて暮らしているのだという。
「ティムはいつもそうなんだよ。前の伴侶が亡くなると、その時一番若い王族の男を伴侶に選ぶ。で、いつでも好きに会えるように、神殿に住まわせる」
「そうなんだ」
「『ちっちゃい男の子が一番可愛いんだよな』とか言ってたかな」
「ちっちゃい……」
ミシェルは首を傾げた。
「第三王子、って、いま何歳……?」
「確か八歳だよ」
「……ちいさい、ね」
この間神殿の炊き出しで触れ合った、子どもたちを思い出す。八歳くらいの子もいたはずだ。あの子達には、ちゃんと親がついていた。
それなのに第三王子は、一人で神殿に住んでいるのだろうか。
「まあ、神殿に住んでるっていっても、王族は好きに行き来できるから。城と神殿はすぐ近くだしね」
寂しい思いは、あんまりしてないんじゃないかな。と言うロズは、口で言うほど興味があるわけではないようだ。
ミシェルの手を取って弄び始めるのはいいが、指の間を撫でられるとくすぐったい。
「ミシェルは優しいね」
「……どうして?」
「第三王子なんて、生まれてからずっと恵まれた暮らしをしてるんだよ。ミシェルよりもずっと」
指を絡ませてぎゅっと握り込み、ロズはふふっと笑う。
「かわいそうなミシェル。そんな風に優しいから、僕みたいなのに付け入られるんだよ」
頬がじんわりと熱くなった。繋がれた手のひらも、なんだか脈打っている気がする。
最近体がおかしい。ロズが口癖のように「かわいそうに」と言う度に、胸が暖かくなる。そわそわして落ち着かなくなるけれど、不快な感覚ではない。
(もう一回、言ってほしいな)
そう思ったけれど、口に出せずにいるうちに馬車が止まってしまった。
「どうしたの? まだ王城に入ってないけど」
ロズが御者台に声をかける。すると、御者を務めてくれている神官が切羽詰まった声で返してきた。
「ロズ、あれはメリザンドお嬢様では?」
「え」
ミシェルが息を呑むのと、ロズが腰を浮かせたのは同時だった。
「ミシェル、カーテン閉めて」
「う、うん」
言われた通り、自分に近い方のカーテンを閉めて、姿を隠す。ロズも反対側のカーテンを引いて、少しだけ隙間を作った。
「ミシェル、見える?」
「……うん」
「あれ、キャステン家の家紋だよね」
ロズに促され、ミシェルも細い隙間から目を凝らす。
王城の正門と思われる、大きな柱が見切れている。いくつもの大通りが集まる場所だからか、人通りはとても多い。
馬車が何台もすれ違えるほどに広い、城門前の大通り。ミシェルたちは、城門があるのとは反対側の路傍に馬車を寄せていた。
城門のすぐ近くには、ロズたちの言う通り小さな馬車が停まっている。車体には見慣れた紋章が描かれていた。
「……家紋はそう、だけど……」
「だけど?」
「キャステンの、馬車じゃない」
「どういうこと?」
ロズだけでなく、神官も振り返ってミシェルの方を見た。
「馬の、かず」
小さく声を上げたのは神官だった。
「そういえば、二頭立てですね……!」
「え、なに、馬?」
ロズは分かっていないようだった。それもそうだろう。神には人の身分や、その見分け方など関係のないことだ。
「爵位によって、馬車を引かせる馬の数が違うんですよ。公爵家なら、少なくても四頭立てです。でもあの馬車は、馬が二頭しかいない」
「ちいさいし……。装飾も、すくない。子爵くらいだとおもう……」
「あっ、誰か降りてきましたよ」
全員の頭が、一斉にちょっとだけ下がった。
「……あの髪の色は、メリザンドお嬢様ではないですか?」
「確かに珍しい色だよね」
「でも……」
赤みがかった金色の髪は、確かにメリザンドと同じものだ。けれど、ミシェルの目には違うように見える。
「……お嬢様より、髪がながい」
侍女としてずっと傍にいたのだ。見分けられないわけがない。
あれはメリザンドではない。
なら、あそこにいるのは一体誰だ?
「ロズ、きょう、神託のぎしき、ある?」
「え、知らない。あれはティムが必要だと思った時にやるんだ」
ロズの代わりに、神官が答えてくれる。
「城門の塔に、旗が上がっています。あれは儀式があるという印ですよ」
儀式が行われるのが今日だということは、メリザンドが毒殺されたパーティーは明日だ。
ああ、忘れていた。いや、忘れていたというよりは、気にしていなかった。だって死を回避するために立ち回っていたのは、ミシェルではなくメリザンド本人だったから。
あの令嬢は、メリザンドが二回目に殺された時の、原因だ。
――第三王子に襲いかかったという罪で、処刑された時の。
「あれは、お嬢様じゃ、ない」
コラリー・モラン。モラン子爵家の令嬢であり。
「お嬢様の、いとこ」




