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生贄侍女ミシェルと9の黒薔薇 ~死に戻り令嬢に虐げられる侍女が、洗脳から抜け出して時の神に愛されるまで~  作者: 神野咲音


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第35話 依頼

「……大丈夫ですよ、ロズ、ミシェル。メリザンドお嬢様は帰られました」



 そう神官長が言いに来たのは、神殿の居住区にある物置部屋だ。


 ミシェルはホッと息をついた。


 昨日、炊き出しが終わった後。祈りのために神殿に来たメリザンドに、第三王子への取次を頼む手紙を渡した。


 今日はその返事があるはずだったが、ロズが「隠れておいた方が良い」と言うから、絶対にメリザンドが来ないであろう物置にいたのだ。


 そして、ついさっきまで、神殿の廊下で怒り狂って怒鳴り散らすメリザンドの声が、扉越しに聞こえていた。


 つくづく思う。今までメリザンドのこういった言動を見なかったのは、ただミシェルが都合の良い人形でありつづけていたからなのだと。


 ほんの少し、メリザンドの意に沿わないことをしただけで、こんなにも怒らせるなんて。


 ミシェルの代わりにメリザンドの怒りを受け止めてくれた神官長に、深く頭を下げる。



「神官長様……、ごめん、なさい」



「ミシェルが謝ることではありませんよ。私なら怒鳴られるだけですが、ミシェルには手を上げるでしょうからね。お嬢様にも困ったものです」



 口調とは裏腹に、柔く微笑む神官長。



「言われたとおりに誤魔化しておきました。馬車は街の方へ行ったので、しばらくは戻ってこないでしょう」


「助かるよ」



 果物の入った箱に座り、足をぶらぶらさせていたロズが、ひょいっと飛び降りた。



「さて、それじゃあどうしよっか。また作戦会議だね」


「……うん」



 メリザンドの殺害命令を止めるため、全知の神サクスピエンティムに会う。そのためには、伴侶である第三王子に話を通してもらわなければならない。


 王族に謁見するための伝手など、他にあっただろうか。


 悩むミシェルをよそに、ロズは紙の束を懐から取り出してぺらぺらとめくっている。あれは、ミシェルが彼のために書いたものだ。これまでに得た情報を、できるかぎり分かりやすくまとめた。耳にした会話なども、すべて。


 その中の一部を、ロズは指で指し示した。



「ねえ、こいつに頼むのは駄目なの?」


「こいつ?」



 ロズに身を寄せるようにして、ミシェルも紙束を覗き込む。


 そこに書かれているのは、ロズノア市西の外路集落にいる、情報屋のことだった。



「ユキノシタの情報屋でしょ。王家の直轄なんだから、繋がりはあるんじゃない? 直接王子と会えなくても、要は僕がティムに会いたがってるって、伝わればいいんだし」


「それは……、そう、かも?」



 確かに彼なら、ミシェルとも顔見知りだ。メリザンドの命令で、これまでにも何度か依頼をしている。


 だが、情報屋は味方になってくれるのだろうか。



「依頼料……、はらえない、けど……」



 個人的に頼みをするとなると、その依頼料が必要になる。『前』は何故か手伝ってくれたが、今回もそう上手くいくとは限らない。


 すると、ロズがおかしそうに笑った。



「ミシェルは、『前』の情報屋が、どうして手助けしてくれたと思うの?」


「え……? て、かがみで、しはらいをしたから……?」


「ざんねん。間違いだよ」


「えぇ……」


「ちゃんと他の理由があるよ。よく考えて」



 またロズの意地悪が始まった。ミシェルにはよく分からないことを、口に出して答えさせようとする。


 困り果てているミシェルを見て、ロズは楽しそうに口角を上げた。



「じゃあ、ヒントね。情報屋は、この時どう思った?」


「情報屋、が……?」



 『前』に依頼をした時、ミシェルは金の代わりに、手鏡を渡した。受け取った情報屋は、盗まれた手鏡を持ち主に返せると言っていた。


 だから、ミシェルにサービスをしてくれると。


 あの手鏡は、メリザンドが誰かから盗んだもの。そして、背面にはユキノシタの意匠が彫り込まれていた。


 つまり、あれは王族から盗まれたものなのだ。そして、それを王家直轄の諜報機関に返したことになる。



「えっと……、感謝して、そのお礼、とか?」



 答えに自信はなかったが、小さく答えると、ロズがパチパチと手を叩いてくれた。



「正解。ミシェルはいい子だね」



 黙って話を聞いている神官長まで、なぜか微笑みながら頷いている。


 なんとなく居心地が悪くて、ミシェルはワンピースの裾を意味もなく揺らした。



「この会話からすると、だけど。多分ユキノシタの探り屋たちは、メリザンドの悪行の証拠集めをしてるんだと思うよ。ミシェルが持ち込んだ盗品なんて、まさにあいつらが欲しがってた証拠そのものだよ」



 ロズがさらに詳しく説明をしてくれて、ミシェルもようやく腑に落ちた。


 情報屋が、あんなにも親身になってくれたのには、ちゃんと理由があったのだ。



「だから、今回も手鏡を渡せば、確実に手を貸してくれる。大丈夫だよ」







 果たして、ロズの言う通りだった。



「これは……!」



 ミシェルとロズの二人で西の外路集落へ向かい、情報屋に手鏡を見せると、とても驚いた顔をした。


 やんごとない人物の持ち物だったのだと、『前』と同じように手鏡を丁寧に受け取る。そして、情報屋はミシェルに頭を下げた。



「俺はこれを、ずっと探してたんだ。嬢ちゃんにはちゃんとお礼をしないとな」



 なんでも依頼を受けるぜ、と胸を叩く情報屋に、ミシェルはロズと視線を合わせる。



「あの……」


「なんだ? 難しいことでも頼みたいのか?」


「その、……はい」



 上手く言葉が選べず、口ごもってしまったミシェルの代わりに、ロズがすぱっと言い放った。



「第三王子に会わせてほしいんだけど」


「おま……。そんな簡単そうに言うことかよ」



 あまりにもあっさりした口調だからか、情報屋は呆れた顔をしている。



「簡単じゃないから困ってるんだけどね」


「そりゃそうだろうがよ。第三王子殿下は、基本的に謁見できないんだから」



 だがまあ、と情報屋は頭を掻いた。



「伝言することはできるぜ。殿下が了承なされば、可能性はある」



 それでいいかい、と確認され、ミシェルは頷いた。



「じゃあ、『黒薔薇が咲いてるよ』って言っといて」


「なんだそれ? まあいいが」



 あまり期待しないでくれよ、と情報屋には念を押されたが、ロズの顔を見るに問題はないのだろう。


 安心して方の力を抜くと、情報屋がミシェルをじっと見つめてきた。



「しかし嬢ちゃん、あんた、キャステン嬢から逃げられたんだなあ」



 彼がしみじみとそう言うものだから、思わず苦笑してしまう。以前のミシェルは、彼の目にも異常な状態に見えたのだろう。



「ま、そちらの神官さんがまともな相方かどうかは疑問だが」


「なにそれどういう意味?」


「いやだって、あんた、嬢ちゃんを見る目がなぁ」


「ミシェル! かなり失礼なんだけど、こいつ!」



 この二人の仲はあまり良くないのかもしれない。

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