第34話 手紙
王都へ向かう馬車に揺られるメリザンドは、皺のついた手紙をぐしゃりと握り潰した。つい昨日、時の神殿の神官長から渡されたものだった。
ミシェルからの手紙だと聞いたから、なにか進展があったのかと思えば、「行き詰まっている」という報せ。「だから全知の神殿に助力を請いたい。ついては伴侶である第三王子への取次を」と。
「バカにしないでよ!」
ミシェルなんかが全知の力を借りられるわけがない。
このメリザンドが直々に頼んで、既に断られているのだから。「個人的な願いは聞けない」などという理由で。
手紙を床に落として、ガシガシと踏みつける。出過ぎた真似をしたミシェル本人を躾けてやろうと思って時の神殿に行ったのに、彼女は不在だった。
メリザンドの為だと、朝から出かけているらしい。いない人間をどうこうすることはできない。
まったくもって腹立たしい。
「全知の神殿になんて、絶対に行かせないんだから!」
自分の手元にないと、ミシェルの使い勝手はすこぶる悪い。これではまた殺されるのではないか。そんな不安が頭を過ぎる。
死ぬ時の記憶は残らないとはいえ、何度も殺されるのは気分の良いものではない。早くこの繰り返しを終わらせて、その先に進みたい。
未来に待つのは、ロズノアテムの伴侶という栄光だ。
伴侶として時訪祭の儀式を終わらせれば、世界中の誰もがメリザンドを崇めるだろう。先代である母のように。王族だって、メリザンドを無視することなどできやしない。
すべてが思いのままだ。
素敵なドレス、輝く宝石、メリザンドを褒め称える人々。全部を独り占めできる。
他の誰かが、メリザンドにないものを持っているなんて冗談じゃない。
(王子たちだって、そう)
いくらメリザンドが声をかけても、つれない態度で立ち去ってしまう王子たち。キャステン家の娘に相応しい地位の男など彼ら以外にいないのに、一向に親睦を深めようとしてくれない。
その割に、たった一人の王女のことは随分と甘やかしているのだ。お茶会のとき、王女にそれを自慢されたことがある。腹が立って、祖母の形見だとかいう手鏡をメリザンドのものにしてやった。
(あの手鏡、どこにやったっけ?)
どうでもいいことだけど。
お茶会やパーティーで他の令嬢たちが自慢する婚約者たちだって、メリザンドが水を向けてやってもニコリともしない。
誰も彼も、メリザンドの価値を分からない節穴ばかり。
「本当に嫌になる!」
手紙を足で踏みにじり、真っ二つに破いたときだった。
突然馬車が大きく揺れて、ガタン、と停止した。壁の向こうで、馬が悲鳴のように嘶いているのが聞こえる。
小窓を開けて、メリザンドは怒鳴った。
「なんなのいきなり! お尻が痛いじゃない!」
窓を開けたことで、通りの騒がしい声が馬車の中まで聞こえてくる。なにやら騒ぎになりつつあるようだ。
「申し訳ありません、メリザお嬢様」
御者がのんびりとした口調で謝ってくる。
「子供が飛び出してきまして」
「轢き殺しなさいよ!」
「そうは言いますけど」
御者は馬を宥めながら、なおも能天気な口調を崩さない。
「人なんか轢いたら馬が興奮しますし、馬車の汚れを落とすのだって大変なんですよ、メリザお嬢様。そのせいで前は、数日の間、好きに出歩けなかったじゃありませんか」
「そうだけど!」
「それに、王城に行って王子様に会うんでしょう? 血で汚れた馬車を乗り降りしたら、お嬢様のドレスまで汚れます。せっかくの美しい顔が台無しですよ」
「……分かったよ!」
勢いよく小窓を閉め、足を組んで座り直す。
今日こそは、王子たちに振り向いて貰わなくてはならない。第一王子か第二王子、どちらかの婚約者になれば、メリザンドも王族だ。
たかが公爵家の令嬢などではない、もっと高い地位を得られる。
それに、全知の神だってメリザンドに力を貸してくれるようになるだろう。
だから、それまで頑張らなければ。




