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生贄侍女ミシェルと9の黒薔薇 ~死に戻り令嬢に虐げられる侍女が、洗脳から抜け出して時の神に愛されるまで~  作者: 神野咲音


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第30話 黒幕

 ミシェルが神殿の仕事をする許可をもらったのは、熱が下がって数日後のことだった。


 それも、野菜の皮むきや鍋の番、食事の配膳など簡単なものだけだ。


 もっと働きたい、と思うのだが、ロズにそれを言うと部屋に閉じ込められそうなので黙っている。


 今は、明日の朝に神殿の前で行う炊き出しの為、大量の野菜を下処理しているところだった。


 隣にいるロズは、なんと「ミシェルがやるなら」と言ってやる気を出し、自らナイフを手にした。しかし、すぐさま神官長に取り上げられた。曰く、「調理場が血の海になりそうで」とのこと。


 そのため今は、ふてくされた顔でミシェルの手元を見ている。


 ミシェルは、季節外れのリンゴをそっとロズに差し出した。



「……ありがと」



 神官服の袖でリンゴを軽く拭いて、皮ごと齧り付くロズ。しゃくしゃくと噛み締める音がする。


 その音を聞きながらナイフを動かしていると、ロズがふっと真剣な声を出した。



「あの女、ミシェルの見舞いに来なくなったね」


「てがみ……、わたしてから」



 あの女とはもちろん、メリザンドのことだ。


 ミシェルが部屋で療養している間、メリザンドは何度も会いたいと言って来た。神官長が療養を理由に断っていても、だ。


 ミシェルを心配して来ていたのではないと、もう分かっている。彼女はただ、自分の死因を調査してほしいだけだ。繰り返される死に戻りから、逃れるために。


 キャステンの屋敷を出る前に、調べておくように命令された。メリザンドに忠実だった頃のミシェルなら、自分の体調など一切気にせず、なんとしてもその命令に従おうとしただろう。


 だから、「すべて順調だ」との旨を手紙に認め、神官長を通して渡してもらった。



「あれだけの内容で納得するなんて、驚いたよ」



 ロズの言葉に、ミシェルは肩をすくめた。


 確かに、手紙にはどう順調なのかは書かなかった。実際には調査などしていないのだから、他に書くことなどない。



「わたしが、何を……、していても」


「メリザンドは興味がない?」



 まともに話せないミシェルの意図を、ロズは簡単に拾い上げてくれる。


 頷くと、ロズは呆れたようにため息をついた。



「とにかく命令通りに動いて、結果が出ればいいってこと? 嫌な主人だね」



 その言葉を、今のミシェルはもう否定できない。


 メリザンドが満足すれば何も問題はない。だが、結果が出せなければ『前回』のようになる。


 あの時、踏みにじられ、怪我をした場所をそっと抑える。時間が戻った今は、当然頭の怪我もない。


 けれど、思い出すだけで体が震えてくる。


 一度、染みついてしまった恐怖は、そう簡単には消えない。



「……大丈夫だよ」



 ロズが半分になったリンゴを、ずい、とミシェルの口元に寄せた。



「ミシェルとあいつを会わせたりしないから。怖がらなくていい」



 差し出されたリンゴを、少し躊躇ってから、しゃくり、と齧り取る。


 口、小さいねえ、とロズが笑った。



「おいしい?」


「……おいしい」


「なら、良かった」


 なんだか体が、ぽかぽか、ふわふわする。


 また熱でも出たかなと額を触ってみたが、どうやらそういう訳ではなさそうだ。



「メリザンドが殺されるのを止めようとしてるんだ。癪だけどね。あいつとやり方が違うからって、文句を言われる筋合いはない。助けてやるんだから」


「……うん」



 その先が、メリザンドにとっては望む未来ではないことなど、ミシェルもロズも分かっている。



「あんまり油断はできないけど、多分、もう少し祭りが近くなるまでは、あいつが勝手に生き残ると思う。これまでの経験でね」



 ロズは右手にリンゴを持ったまま、空いた方の手で神官服の懐から、紙の束を引っ張り出した。ミシェルがちまちまと書き溜めていたものだ。



「だからその間に僕たちは、暗殺計画自体を止めないといけない」



 ミシェルは頷いた。


 メリザンドの殺害を企んでいるのは、国内の貴族たちだ。その計画のほとんどを、ミシェルは既に知っている。



「『前』の僕は、この計画に絡んでる奴に心当たりがあるって言った。そうだよね?」


「うん」


「今の僕にも分かるよ。貴族のほとんどに働きかけることができて、公爵家の令嬢を処刑する権限を持っているのは?」



 ミシェルは玉ねぎを取り落とした。床にコロコロと転がっていくそれを、ロズは拾うこともせずに眺めている。



「考えてもみなかった? そんな訳がないって、思い込んでた? ……王家が、僕の伴侶役を殺すなんて」



 キャステン公爵家は、特別な家系だ。


 建国に携わった二柱の神。全知の神を王家が祀り、時の神をキャステン家が祀る。


 王家は全知の神からの導きを得て、国全体を治める。そしてキャステン家は、時の神と共に世界の時間を守っている。


 そういった役目があるから、公爵家といえど、キャステン家は王家と対等と言っていい立場を持つ。双方の結びつきは強い。少なくとも、ミシェルはそう教わった。



「どちらも、神の伴侶を輩出する家だ。重要度はさほど変わらない。まあ、キャステン家は伴侶『役』なんだけど」



 食べ終わったリンゴの芯を弄びながら、ロズは続ける。



「本来は、ここが敵対するなんてありえない。でも、メリザンドが後継になったことで、話は変わった。実際、ここ数年は王家の人間がこっちに来てるのを見かけない」


「……じゃあ」



 本当に王家が、メリザンドを狙って、殺しているのなら。


 それを成してしまったのなら。



「メリザンドを暗殺しているのは、王家だ」



 世界の時間を健全に保つために選ばれる、神の伴侶役。メリザンドの性格がどんなものであれ、重要な立場であることに変わりはない。



「それは……、ゆるされる、こと?」


「いいや?」



 ロズは薄く笑った。



「僕が選んだ伴侶ではないにせよ、役目が重要なことに変わりはない。キャステン家から伴侶役を出すのは、昔に取り決めた神との誓約だ。それを、たかが人間が好き勝手に冒せるものか」



 だからね、ミシェル、と囁く声は、どこか楽しげに響く。



「王家に、それを指示した神がいるんだ」



 ロズの赤い瞳が光るのを、ミシェルは息を呑んで見つめた。



「全知の神、サクスピエンティム。……僕の友達だよ」

 


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