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生贄侍女ミシェルと9の黒薔薇 ~死に戻り令嬢に虐げられる侍女が、洗脳から抜け出して時の神(曇らせ好き)に愛されるまで~  作者: 神野咲音


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第29話 子守

 誰かが歌っている。


 ミシェルはその歌を、聞いたことがあった。


 ずっと昔のことだ。ミシェルは今と同じように、柔らかいベッドに寝かされていた。体はもっと小さかった気がするけれど。


 毛布の上から、少しぎこちない手つきで、ぽん、ぽん、と腹の辺りを叩かれている。合わせるように、少し低い声がゆったりと歌っている。


 花と一緒に星を数え、月を見上げて眠る歌。とても優しい響きで、耳に心地よい。


 ずっと聞いていたい。そう思って、眠りから覚めた後も目を閉じて、ゆらゆらと微睡みに身を委ねていた。なのに。



「……ミシェル、起きてるでしょ?」



 歌が止まってしまった。残念に思いながらゆっくり目を開けると、ロズがこちらを覗き込んでいる。口元に仄かな笑みが浮かんでいた。



「……うた」


「聞いてた? あんまり上手じゃなくてごめんね」



 ミシェルは首を振った。


 こんなに穏やかな気持ちで眠ったのは、初めてだ。


 いや、もしかすれば、ずっと昔にも同じように寝かしつけられたことがあるかもしれない。



「しってる……」



 ロズの赤い瞳が、丸くぱちぱちと瞬いた。少しだけ照れが見え隠れしている気がする。



「覚えてるの?」



 それほどはっきりした記憶ではない。ミシェルのその戸惑いを見て取ったのか、ロズは昔話を始めた。



「……ミシェルをこの神殿で拾った時」



 幼い頃、行き倒れていたミシェルを、ロズが拾ってくれた。それは『前』のロズからも聞いている。


 けれどミシェルは、その時のことをほとんど覚えていない。



「あちこち怪我をしてて、痩せてボロボロで……。今のミシェルみたいに、すぐ熱を出したんだ。何日も熱が下がらなくて、ずっと苦しそうにしてた」



 毛布の上から、手慰みのように何度も、ミシェルを撫でるロズ。



「かわいそうだなって、思って、見てたらね。僕の声を聞いた時だけ、辛そうなのが和らぐみたいで。傍でミシェルを眺めながら、歌ってたんだ」



 こうやって、と。


 毛布の上でリズムを取りながら、ロズは小さな声で口ずさむ。




   はじまりは 花咲く時

   終わりなき旅 星がめぐる日々を

   きらめきを眺めて うたうのは

   幾久しく つづく祈り

   いつか生まれた 黒い薔薇の

   花びらが 夜に流れた

   月がわらいかける

   あなたへ 眠るわたしへ

   「星がめぐるのはなぜ?」

   「僕が息をしているから」

   「月がのぼるのはなぜ?」

   「君のとなりに、僕がいるから」




 ロズの歌は、上手ではないけれど暖かい。聞いているうちに瞼が重くなってきて、ミシェルは必死でそれに抗った。


 まだ起きていたい。この歌を聞いていたい。


 それなのに、頭がふわふわとして何も考えられない。目を擦って頑張って力を入れてみても、すぐに視界が暗くなる。


 優しく撫でるような、ロズの笑い声がする。



「昔のミシェルも、そんな風に起きようとしてたなあ」



 ミシェルの記憶にない思い出の断片を、ロズが楽しそうに話すから。



「わたし……」


「うん?」


「ロズを、おぼえてない……」



 共有できたはずのそれを、ミシェルだけが持っていない。


 それが、なんだかどうしようもなく悲しくて。


 目尻にじわりと浮かんだ熱い雫を誤魔化そうと、顔を背けて枕に押し付けた。


 この程度のことで泣いたりなどして、ロズに呆れられたくない。そう思うのに、涙は次から次へと溢れてくる。


 こんなに弱かっただろうか。些細なことで泣いてしまうような、脆い心を持っていただろうか。


 それとも、今まで持っていた心など、すべて偽物だったのだろうか。



「……僕を覚えてないのが、そんなに悲しい?」


「……うん」


「そっかあ……」



 相槌を打ってくれる声が、少し弾んでいる気がする。ロズの手が、濡れたミシェルの頬を拭う。



「仕方ないよ。ミシェルはずっと寝込んでたから」



 あぁ、そうだ。そうだった。


 ミシェルが覚えているのは、優しそうな女性が迎えに来たことだ。先代の伴侶役。メリザンドの母親で、前のキャステン公爵でもあった女性。


 先代はミシェルにとても親切で、倒れていた所を神殿で保護されたのだと教えてくれた。これからはキャステンの屋敷で暮らすのだと、幼いミシェルを抱き上げ、馬車の隣に座らせて。


 そして、その日の夜に亡くなった。


 だからミシェルの立場は宙ぶらりんになって、もう少しで屋敷を追い出されるところだった。そこをメリザンドが、「侍女にする」と言い出して、残ることになった。


 もしあの時、屋敷を出て神殿に戻っていたら、何が違っていたのだろう。



「ロズ……」


「なあに?」


「ずっと、いっしょに、いたいな……」



 昔、もしかしたら、同じ時間を過ごせたかもしれない。無理だったかもしれない。


 あったかもしれないその時間。

 ミシェルの覚えていない時間。


 これからやり直していけたらいい。



「ずっと……、ずっと……」



 ロズの手が、とんとんとミシェルのお腹を叩く。



「……うん、そうだね」



 もう、夢と現実の堺も曖昧だった。




   はじまりは 花咲く時



   幾久しく つづく祈り

          黒い薔薇


     わらいかける

          眠るわたしへ




   「君のとなりに、僕がいるから」




 途切れ途切れの子守歌が柔らかく響く。ミシェルは抗いきれなかった眠りに落ちて行った。


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