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生贄侍女ミシェルと9の黒薔薇 ~死に戻り令嬢に虐げられる侍女が、洗脳から抜け出して時の神に愛されるまで~  作者: 神野咲音


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第21話 報告

 早朝のロズノアテム神殿で、ミシェルとロズ、そしてユキノシタの情報屋が顔を合わせていた。ミシェルが依頼した調査の、結果報告だ。情報屋の希望で、会談場所は庭に続く小部屋となった。


 夜が明けたとはいえ、まだ薄暗い時間だ。ミシェルは神官たちを起こさないように気を付けながら、小部屋にお茶を運んだ。



「こんな時間に悪い。キャステン嬢が祈りに来る前にと思ってな」



 庭仕事の休憩に使われている部屋だ。椅子はいくつもあるが、机はない。ミシェルはティーセットの置き場所に悩み、余った椅子の上に置いた。



「だからって、僕の足を踏み抜くことないだろ……!」


「それは……、悪かったよ……」



 庭を通ってきた情報屋は、その途中、いつもの花壇で寝ていたロズを叩き起こしたらしい。ミシェルがこれまで見た中でも、最高潮にロズの機嫌が悪かった。



「ロズ、また道に、はみ出してたの?」



 むすっと口を尖らせたロズは、何も答えずに蜂蜜入りの紅茶を飲んでいる。


 ここで「庭で寝てるからだ」などと言えば、さらに怒りそうだ。ミシェルはロズのカップに、黙って蜂蜜を追加した。


 それを苦笑しながら見ていた情報屋が、自分のお茶を一口飲んでから、話を切り出した。



「それじゃあ、仕事の話をさせていただこう。まず、こっちがキャステン嬢を狙う家についてまとめたものだ」



 情報屋が擦り切れた上着の中から引っ張り出したのは、くるくると丸められた紙束だった。



「嬢ちゃんが言ってた家は抜いても、貴族家の半数ほどが何かしら企んでるな。ただ、具体的な策を立ててるとはいっても、準備が進んでいなかったり道具が揃っていなかったりで、実際に実行できそうなのは三家ってところだ。赤く印をつけてある」



 ミシェルは生唾を飲み込んだ。報告書を受け取る手は、細かく震えている。


 ほとんど無名の男爵家から、有力な侯爵家まで。これらすべてが、メリザンドを亡き者にしようとしているのだ。


 そして、既に成功した例があるということを、ミシェルはよく知っている。



「次のページからは、その詳細だ。要注意の三家については、特に細かく調べてある」


「……ありがとうございます」



 どうにか、礼の言葉を絞り出す。


 これまではメリザンドの死因が分かっていたから、もっと内容を絞り込んで調査を依頼していた。だから、貴族の半数がメリザンドを狙っているなど、知りもしなかった。


 ぱらぱらとページをめくっていく。三家だけでなく、ほとんどが事故などに見せかける計画を立てているようだ。次点で毒殺が多い。



「こんなに狙われるなんて、やっぱ嫌われてんだね、あいつって」



 横から首を突き出したロズが、報告書を見てやけに嬉しそうな声で言う。


 ロズのメリザンド嫌いはいつものことだ。じろりと睨みつけたが、ニヤニヤと笑うだけで堪えた様子はない。


 情報屋が頭を掻いて、別の紙束を出してくる。



「それに関して、だが……」



 広げられたのは、『メリザンド・キャステンの噂について』と簡潔に題された報告書だ。



「二つ目の依頼だ。キャステン嬢の噂についてまとめたもの。こっちは簡単だった。キャステン嬢は有名だからな」


「キャステン公爵家の、ご令嬢だから……?」



 メリザンドはこのエンテ神聖国でも、最も重要な女性である。有名なのは当然だ。



「……いや」



 だが、情報屋は目を伏せて首を振った。



「キャステン嬢はとにかく悪名高い。貴族にも、平民にもな」


「それは、どういう……」



 ロズが身を引いて、椅子にもたれかかった。自分でポットからお茶を注ぎ足している。



「読んだら分かるんじゃない?」



 まだ笑いの残る声でロズが促してくる。


 ミシェルは手渡された報告書を捲った。


 びっしりと均等に並んだ文字を目で辿る。読み進める程に、全身から血の気が引いていくのを感じていた。


 『情け容赦のない人非人』『キャステン家の娘と思えぬ悪党』『稀代の悪女』『生まれてきたことが間違い』。


 この世のありとあらゆる罵詈雑言を並べた辞書のようだった。


 良い内容などひとつもない。文面から煮詰めきった憎悪が漂ってきそうだ。



「どうして……、どうして、こんなに……」



 ロズの態度だって、貴族たちに命を狙われているのだって、メリザンドが誤解されているのだと思っていた。街の人々がキャステン家を嫌うのも、メリザンドとはまた別の理由なのだと。


 誤解を解いて、メリザンドを救うのだと思っていた。彼女が狙われる理由を暴いて、理不尽に殺される時間を終わらせるのだと。


 けれど、報告書にはメリザンドに対する悪意が詰まっている。



「キャステン嬢の噂……、ってよりは、悪評って言った方が正しいな。ちゃんと、全部裏取りもしてきた。何をして、こんな話が流れているのか」


「お嬢様は……」


「サロンやパーティーでは、令嬢たちを相手に窃盗を繰り返していた。装飾品や小物……、ネックレスや、手鏡なんかを」


「……っ」



 依頼の時、情報屋に渡した手鏡を思い出す。可憐な花が彫られた、美しい鏡だ。あの時も情報屋は、盗品だと言っていた。



「それだけじゃない。キャステン嬢はまだ婚約者がいないことを気にしていて、パーティーでは手当たり次第に男漁りをしてる。その男が婚約してようが、お構いなしにな」


「まさか、そんな……」


「幸い、誘いに応じるような男はいなかったが……。誘われた連中や、その婚約者である令嬢たちの反感を買った」



 公爵令嬢ともあろう者が、自分から男性に声をかけているなど、到底信じられる話ではない。


 しかし、ミシェルの喉から否定の言葉は出てこない。



「嬢ちゃん、確か侍女だったよな。パーティーでキャステン嬢が何やってるか、見てなかったのか?」


「……私は、いつも外の馬車で、待っていたから……」



 だから、メリザンドがパーティーでどんな振る舞いをしていたか、ミシェルは知らない。



(お嬢様は可愛くて美しいから、いろんな男性に声を掛けられて、ほかのご令嬢に嫉妬された……、とか……)



 自分でも、苦しい言い訳であることは分かっている。そんなことがあったとしたら、責められるのは男性の方だ。家の面子に関わる事なのだから。


 令嬢たちの嫉妬がメリザンドに向かったとしても、今のように貴族家全体を巻き込んでの暗殺騒動になどならないはずだ。



「平民たちの間でも、似たようなもんだ。先代の伴侶役が立派な人で、神殿での慈善事業にも熱心だったから余計に、キャステン嬢の悪行が目立ってる。まあ、父親が領地の仕事を一切やらないせいもあるだろうが」



 街に出た時、あんな態度を取られた理由がこれなのだろうか。屋敷にいたというだけで、まるで罪人のように追い払われた。


 あれ以来、ミシェルは一度も街に行っていない。



「そんで多分、嬢ちゃんが一番驚くのが、これだろうな。……キャステン公爵家の元使用人たちから集めた話だ」


「元、使用人……?」



 もう、耳を塞いでしまいたかった。けれど、この調査を依頼したのはミシェルだ。


 横で話を聞いているロズが、お茶をミシェルの手に持たせてくれた。冷めてしまっているけれど、一口だけ飲み込む。



「……話を進めるぜ。あの家は使用人の扱いが悪い。折檻は当たり前、怒鳴り声も日常茶飯事、賃金は当然のようにケチる。だがまあ、大多数にとっては『普通に極悪の雇い主』なんだ」


「普通に極悪、ってすごい矛盾だね」


「茶々入れんな、神官殿よぅ。……極悪ではあるが、使用人の扱いが悪い家なんか、言っちゃ悪いが他にもたくさんある。キャステン家だけが特別じゃない」



 情報屋はミシェルの手から報告書を取り上げ、ページを最後までめくると、それを突き付けてきた。


 ちゃんと読まなくても、分かる。いたるところに、ミシェルの名前がある。



「元使用人たちは、揃ってあんたの名前を口にした。ミシェル嬢ちゃん、とにかくあんたの扱いが酷すぎて、見ていられなかったと」


「どう、いう……」


「他の人間との関わりを制限し、異常な状況が常識だと幼い頃から植え付けて、メリザンド・キャステンの傀儡に仕立て上げる。現にミシェル嬢ちゃんは、自分がどんな扱いを受けていたか、まったく自覚がない」



 細かい皺のある太い指が、報告書の一か所をトントン、と示した。



「『奴隷よりも酷い。ペットですらない。家畜の方が愛情を注がれている』。そう言って泣いた子もいたぜ。キャステン嬢は、とんでもない外道だと」



 目の前に掲げられた紙の束を、両手で掴む。


 指先に力が籠って、紙が曲がり、くしゃりくしゃりと歪んでいく。



「……そんなわけ、ない」


「嬢ちゃん……」


「おじょうさまは、おやさしい、かたです」



 ミシェルが知っているメリザンドは、優しい少女だ。明るくて、愛らしく、活発で、決して外道なんかではない。


 だって、だって。



「本当に?」



 せせら笑うようなロズの声が、頭に突き刺さる。


 その瞬間、少し前に神殿で見たメリザンドの姿が蘇った。使用人が血を流して倒れるまで、顔色も変えずに蹴り続けていた。


 そんな訳がない。メリザンドが、そんな酷い人間であるはずがない。


 でも、それなら、あの時見たものは。


 報告書をぐしゃぐしゃに握りしめて、ミシェルは顔を上げた。


 ロズが少しだけ目を丸くして、そっと手を伸ばしてくる。頬を拭われて、初めてミシェルは自分がボロボロと泣いていることに気付いた。



「……ミシェル」


「おじょうさまは、わたしを、救ってくださったんです……」



 呆然とそう口にすると、ロズは一度目を閉じて、そして開いた。



「ねえ、ミシェル。今聞いたこと、信じられない? それとも、信じたくない?」



 頬を撫でていたロズの手が、今度はミシェルの手に触れる。力を込めすぎて強張ってしまった拳が、ゆっくりと解かれていった。



「どっち?」



 さすってくれるロズの手のひらは、とても温かい。



「それは」



 どちらだろう。何か違いがあるのだろうか。


 ロズはいつも、ミシェルには難しいことばかり聞いてくる。意地悪だ。


 意地悪なのに、こんなに優しい声を、こんなに温かい手をしているのが、不思議だ。



「わたしは、」


「うん」


「……しんじたく、ない」



 提示された中から、選んで答えた。二つにどんな違いがあるかも、分からないけれど。


 だけどロズが満足げな顔をしたから、きっと正解だったのだろう。


 ロズはミシェルの頭を撫でて、二つの報告書を取り上げた。



「それでいいんだよ、ミシェル。じゃあ、どうすれば良いと思う?」


「え……」


「信じたくないなら、信じられるように行動しなきゃ。ミシェルは、何をすれば良い?」



 ミシェルは目をいっぱいに見開いた。


 そうだ、こんなところで泣いている場合ではないのだ。どうしてこんな簡単なことが分からなかったのだろう。


 ミシェルが自分から行動すればいいのだ。こんな報告書はすべて事実ではないと、メリザンドなら言ってくれるはず。



(お嬢様は、これを知ったら傷ついてしまわれるかもしれないけれど)



 きっと、こんな悪評のことは何も知らないだろう。


 だが、命を狙われる理由がメリザンドに伝われば、死に戻りを終わらせるきっかけになるかもしれない。



「……きいてみます、お嬢様に」



 それが、今できる最良の行動だと信じて。


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