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可愛い可愛いつがいから、「『練習』の相手になって」と言われてキスをされた。「本番」はだれとするつもりなんだ?  作者: やなぎ怜


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中編

 獣の時代からある家系に連なる者が、本能から求める相手――つがい。つがいとなるべき相手はひと目でわかると言い、またこの国の人間であれば、つがいはその名の通りに添い遂げるのが相応しいと考える。


 ウォルターは「つがい」という言葉に夢を見ていたわけではなかったものの、マリーと出会ってみて「なるほど」と思った。なにを投げ出してでも――それこそ、地位や名誉、名声を捧げてでも、使ってでも、つがいのそばにいたいという欲求に襲われたからだ。


 ウォルターは、獣の時代からある旧家の人間ではあったものの、理性の時代を生きる者だという自負があった。ゆえに当初はそのような感情の奔流に戸惑ったし、この理性の時代には相応しくない欲求だとも思った。


 それでも、「ウォルター」とたどたどしいながらにつがいの名を呼ぶマリーと接しているうちに、その葛藤はやがて春に接した雪のように溶けていった。


 それは喜ばしいことなのか、悩ましいことなのか。ウォルターでさえ、定かではなかったものの、しかしマリーと共に過ごしていると穏やかな気持ちになれた。


 無垢で、純粋で、まだ庇護を必要とする愛らしい存在……。無論、ウォルターの伴侶となるのならば、そのままでいいわけではなかったが、しかしまだ少女時代の今だけは、無遠慮に無垢な存在でいて欲しいとも思う。それはウォルターのわがままでもあった。


 マリーが乾いたスポンジのごとく知識を吸収するかたわら、彼女とウォルターの婚約はつつがなく進んだ。


 無垢で――裏を返せば無知なマリーと、急ぐように婚約を交わすことにウォルターは悩んだ。けれども彼の内に流れる獣の本能は、マリーを早く伴侶にしたいと求め続けた。


「ウォルターといっしょにいたい」


 ウォルターの背中を押したのはマリーだった。


 婚約や、その先にある結婚すること。ウォルターの伴侶となることについて付け焼刃ながら知識を得たマリー自らの意思で選んだのだ。


 ウォルターの屋敷に来ておよそ一年が経とうとしていた。


 出会いの日をマリーの誕生日と定めて、その祝いの贈り物をたずねたウォルターに対し、答えたマリーの言葉がそれだった。


 ……そのように、誘導した自覚はウォルターにあった。間違いなく、マリーに一番愛情を注いでいるのはウォルターだからだ。当初は戸惑った様子だったマリーも、今ではウォルターに対して心を開き、無垢にその愛情を享受している。


 ウォルターは、優しいだけの男ではない。獣の本能に従って、狩りをするがごとくつがいのマリーを手に入れんとする、狡猾な一面だってある。そして己のその一面に対し、罪悪感を抱くことだってある。


 それでも一応、獣の本能を抑え込んで、決してマリーに無体など働きはしなかったが。……ウォルターとマリーはまったく清い関係だった。マリーの頬へ口づけを贈ることすらためらうほどに、ウォルターはマリーを大切にしていた。


 けれども、マリーのそのひとことでウォルターは、もう彼女を手放せないと悟った。


「マリーがそう望むなら……私はいつまでも君と共にあるよ」


 華奢なマリーの肩をそっと抱き寄せて、頬と頬をすり合わせる。マリーのまろい頬を伝って、彼女が一瞬息を詰めたのがわかった。


 ウォルターは、この日を境に悩むことをすっぱりとやめた。


 己と出会わなければ、マリーには他の人間と生きる道があったかもしれないだとか。その道のほうが彼女にとって幸せではなかったかだとか……そういうことを考えるのは、真摯にウォルターの思いに応えようとするマリーに対し、礼を失していると感じたのだ。


 ウォルターは代わりに、いっそうマリーに愛情を注いだ。彼女が幸せであるように、その生を終えるときにウォルターとの日々が幸せだったと感じるように。


 もちろん無制限に甘やかしたわけではなかった。マリーには必要な教育を与えて、際限なく物を与えるというような不健全な愛情を示すこともなかった。……心中では、そうしたい気持ちは山とあったのだが、理性で抑え込んだ。そもそもマリーは物欲に薄かったので、なにかを求めることはほとんどなかったのだが。


 ウォルターはマリーを溺愛していた。だれがどう見ても溺愛していた。それでもマリーにはでれでれとした顔は見せなかった。


 理由は単純で、愛するマリーの前ではカッコつけをしていただけだ。頼りがいがあって、包容力があって、カッコイイ大人の男でありたかったがゆえである。


 それでも内心までそうとはいかず、ウォルターは知識を得て成長したマリーが、ウォルター以外に恋をしてしまう可能性については悩ましく思っていた。


 人間が、他者との比較や嫉妬と無縁でいるというのは難しい。ウォルターもそうだ。同じ人間どころか、しまいにはマリーになつくオスの番犬にすら嫉妬の視線を向けてしまうほどだった。


「――『おねがい』?」


 先に述べたとおり、マリーは物欲に薄い。あれが欲しいこれが欲しいとは滅多なことでは言わない。言うにしても、それは生活をする上で必要なものだとか、本当にちょっとした物品に限られていた。


 そんなマリーが、真剣な顔をしてウォルターに「おねがい」をしてきたのだ。ウォルターはたちまちのうちに上機嫌になって、あっという間に浮ついた気持ちになった。……もちろん、そんな心情は表には出さない。マリーの前では「カッコイイ男」でいたいからだ。ウォルターの考える「カッコイイ男」はだらしのない顔をしないのである。


「難しいおねがいじゃないといいけど」

「……難しくないよ」

「それじゃあどんな『おねがい』なんだい?」

「えっとね……『練習台』になってほしくて」

「『練習台』……? いったい、なんの」


 マリーからの珍しい「おねがい」に、内心ででれでれとしていたウォルターに、そして稲妻のごとき衝撃が落とされた。


「……キス、の練習がしたいの……」

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