夏の夜
三題噺もどき―さんびゃくにじゅうはち。
※久しぶりの「吸血鬼さん」のお話。直近の話→「梅雨の夜(リンクhttps://ncode.syosetu.com/n4932ih/)※
むき出しの肌を、これでもかと刺しながら。
植物には、陽の温かさまたは熱を与える太陽は。
何時間か前に西に沈んでいった―はずなんだが。
「…なんだ、この暑さは」
時刻は深夜。
今日は新月なので、暗い空にあの黄色い丸は浮かんでいない。
個人的には、こっちの方がありがたいので何とも思わないが。
極限まで光がない方が好き、という個人的嗜好から来るものなのだが……他の同類からは変な目で見られたりする。基本は月の光を好むから。
―ま、その同類ももう居ないかもしれないが。
「いや……」
せっかくの、新月だからと思って、こうやって外に出たはいいもの、暑すぎて動く気にすらならなくなった。
あの忌々しき……という程でも正直ないが。天敵も同然の太陽が、未だにそこにいるような気がして、いい気分はしない。
「ん―……」
ここ数ヶ月程、らしくもなく……年だろうか。ばててしまったので。
ようやく治まった今日。
少し体を動かすついでに、散歩と買い物でもしようと思っていたんだが。
だめだなこりゃ……。
暑すぎて逆にぶり返しそうだ。
「あれ、ご主人、行かないんです?」
玄関を開けてすぐに、熱にやられ、そこで逡巡していると、後ろから声がかかった。
まぁ、そりゃ供をするために、色々準備をしてきて玄関までやってきてみると、あからさまに嫌そうな顔をしていたら、さすがに察しが付く。
そうでなくても、こんな所で、玄関を押し開いたままの姿勢で固まっていれば、気にはなるしそういう声掛けになるだろう。
「ん……あぁ……」
曖昧に返事をしながら、声の主を視界に入れようと、後ろを振り返る。
ついでい、これ以上熱気が入ってこないように玄関の扉を閉める。
鍵もかけた。
もう、今日は出ていかん。
「お……今日はそれで行くのか?」
振り向いた先に居たのは、小さな黒猫だ。
ゆらりと細い尻尾を揺らしながら、チョコンと大人しく座っている。
瞳は金色。暗闇で、煌々と光るその目は、猫らしからぬ何かをたたえて居る。
本来、この姿になるときは、毛色は元の色に寄るはずなので、白猫に近い色になるはずなんだが。いつからか、獣に成るときは黒になるよう統一している。
目立つからだろうが……あの美しい銀を見れないのは少々残念だ。
「いや…行くも何も、もう閉めてるじゃないですか」
ガチャリと言う鍵の施錠音を聞き逃すわけもなく。
そういいながら、しゅるりと、人の姿に成る。
……なんだもったいない。
閉めるタイミング早まったなぁ……。
コイツ基本、人か蝙蝠でいるから、猫の姿そのものは久しぶりに見たのに……
「……なんです?」
「いや、何も?」
ごまかしはしたが、大抵バレているので、問われた時点で無駄な抵抗となる。
それでも、気づかないようなふりをしてくれるか……従者としてできているんだか、主人としてできていないんだか。
ま、後者だろうけど。
「さすがに暑すぎるからな、散歩は今度にしよう」
「……そうですか」
何かを言いたそうに、一瞬の沈黙があったが、これ以上は無意味と悟ってか呆れてか、くるりと踵を返した。
……実は楽しみにしていたりしたんだろうか。なんだかんだ久しぶりだからなぁ。悪いことをしたかもしれない。
「……朝ごはんでも食べますか?」
少々の申し訳なさを感じつつ。
履物を脱ぎ、なれば、羽織っていた薄手のコートをハンガーにかけ、さてどうしたものかと考えはじめていたとき。
いつの間に着替えまですましてきたのか、玄関へと戻ってきた。
…なんだ?珍しくしおらしいと言うか、らしくないと言うか。
「……熱でもあるのか?」
「……いりませんか、ご飯」
「いやいる。ありがとう」
「……手を洗ったりしたら、プランターのシソをとってきてください」
呆れつつもお使いを下して、キッチンの方へと戻っていく。
危ない危ない。機嫌をそこねて、抜きになるところだった。
んん……夏バテ明けで思考が回っていないのかこれ。
「……さて」
あまり時間をかけて、これ以上機嫌を損ねると、本格的にごはんがぬきになるので、さっさと動くことにしよう。
なんだったか……プランターからシソをとって来いと言っていたな。
はて……そんなものいつの間に始めていたんだろう。
最近、何かよくベランダに出ていると思ったら、家庭菜園でもこさえるつもりなんだろうか。
「……」
外出はしていないが、言われた通り、念の為手を洗いに洗面台へと向かう。
ついでに、こっそりとキッチンの方を覗いてみたのだが……何を作るつもりなんだ?
シソをとって来いと言ったということが、ある程度決まっていると思っていたんだが。
なぜか冷蔵庫の前で、何かを考えこんでいる。
「……」
まぁ、口を出す事ではないからな。
さっさと手を洗って、鋏をもって、収穫に行くとしよう。
辿り着いた洗面台で、きゅ―と蛇口をひねる。
「……」
ヒンヤリとした、冷たい水が手のひらを濡らしていく。
外の熱気に触れたのは、数分かそこらだと言うのに。
酷く心地よく思えた。
「……ふぅ」
蛇口をしめ、水をとめる。
タオルで軽く水けをとり、そのままの脚でベランダへと向かう。
鋏をとも思ったが、シソは手でちぎれるからいいだろう。
…せっかく洗った手が汚れるかもしれないが、シソを洗うついでに洗えばいいか。
「……ぅ」
ガラ―とベランダへの窓を開けると、熱気が一気に押し寄せてきた。
これ以上さらされるのは勘弁なので、パッとみてよさそうなものをさっさと取っていく。
「……?」
それを持ち、キッチンへと向かうと。
未だ悩んでいるようだ。
「どうした?」
「いや……そうめんでもゆでようと思ってたんですけど」
冷蔵庫の中を見つめながら、つぶやく。
よくみれば、水の入った鍋が火にかけられていた。
そうめんなら、何を悩んで……
「薬味、なにがいいですか?」
珍しく、困った顔をしながら、こちらを見やったので。
何かと思い、冷蔵庫を覗く。
「あ~……なるほどな」
こえは、どちらにせよ買い物には行かないといけないようだ。
とりあえず、今は、シソのみでしのぐとしよう。
お題:黒猫・シソ・新