祈らないクロ
デンバー王国にとって魔力とは、人間や獣人の赤い血液と同じだ。剣で斬られたら傷口から血が噴き出し、みんなが慌てて包帯やら何やらを押しつけて止血しようと必死になるが、その傷が重いものなら死に至る。
いまやデンバーの天井知らずな経済の内実は、ほとんどが天然魔力によるもの。この大魔法時代においては、ちまちまと穴を掘って金の鉱石を見つけるより、はるかに手頃で莫大な利益を生むものなのだ。
つまり、それを失うということは、この国にとっての死を意味していた。
「そんな無茶苦茶は到底、受け入れられるものではありません」
シャルンは他の家臣一同を抑えながら抗議してきたが、オリも全く同じ意見だし、みんなが顔を真っ赤にしたり、逆に血の気が引いたように真っ青になるのも当然だった。
だが、これは全てモモエの意思なのである。
エルフは耳が長いだけで聞く耳など微塵も持ち合わせてはいない。他人の言うことなど全て無視。自分が言うべきことはオリに代弁させた後は、あたかも、はじめから存在していなかったかのように姿を消し、責められるのはオリというわけだ。
こんなことが死ぬまで続くと知れば、エルフの夫とされた男の十人に九人が魔力を搾り尽くされて血を吐く前に、自ら生命を絶つというのも本当なのだろう。
どうせ、生きていてもろくでもない。来る日も来る日も平民出の下級官僚みたいに、エルフという他人の尻拭いをして殴られたり蹴飛ばされたり、罵声と唾を浴びせられた後で部屋に戻れば、朝まで玉袋を握られて魔力を奪われる。
男になっても真面目だけが取り柄のお人好しや力のない弱者は、いつまでもエルフに黙って搾られていればいい。オリは真面目でも弱者でもないから、そういう無難な生き方をする権利すら与えられていないのだ。
それもこれも毎度のことだけれど、だからといって怒らないわけじゃない。エルフと夫婦の男なんて言われること自体が屈辱だし、実際にモモエの奴隷として踏みにじられている。
オリはそれに対する抗議と反抗の意を明確に示し続けるために、今夜もモモエではない他の子宮を探していた。
「神様、神様はいるか」
オリはそう言って教会の扉を叩いた。
といっても、ここは物理的には教会ではない。中に修道服を着た女が入っているから、教会と呼べるだけのこと。騎士の国は教会を魔王の手先として弾圧しており、デンバーもそれに倣って宗教には否定的な姿勢を貫いている。
まあ、大陸全土で広く信仰されている搾精教は、そもそも魔族が打ち立てたものだ。魔族は魔王が降臨する前から大陸にいたし、それが亡き後は、魔王の復活と魔族の暮らしのために男の信者を集めるという本来の機能を果たしていた。
教会が魔王の手先というのは、本当のことなのである。
「あらあら。こんな遅くにどこのどなた?」
「なんてことはない、ただの毛玉だよ」
別に、合言葉も何もないのだが。魔族は誰に何をされても死なないし、それはオリの力をもってしても同じこと。不老不死という魔族の種族柄は、この世にオリが生まれるよりもずうっと前からあった理であり、エルフと同じぐらい古いものだ。
だから、夜中に誰が来ても人並みに心配して警戒する必要もなければ、玄関にカギをかけるという気すらないだろう。
オリが律儀に扉を叩いたのは、世俗で生きる定命の毛玉の習慣というのもあるが、魔族だって感情のある生き物だし、こっちから頼み事をする上での礼儀であった。
「あらあら、まあまあ。本当に毛玉でしたか。そろそろ来るんじゃないかと思って、お茶とお菓子を用意しておきましたよ。さあどうぞ」
そうして出てきたのは、一見すると金髪の人間娘が修道服をかぶり込んでいるだけのように見えるのだが。師匠の弟子をやっていたころからの付き合いを含めれば、相当に長い間柄の魔族にして愛人のリリスである。
とりあえず、路地裏をずうっと歩いた先の下水の中にある仮教会、ここで糞尿や流れ着いた死体のニオイに包まれて立ち話をするのもなんだし、オリはリリスの招きに応じてさっさと毛玉姿を教会の中に入れたのだった。




