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世俗染まりのクロ

 そうして元魔王のリリスが導き出した答えとは。当のモモエとオリがより完成された夫婦としての形に収まれば、問題が自然と収束に向かうという簡潔にして謎めいた史上最も困難な課題を突きつけられることになった。


 でも、リリスの言うことは当たるのだ。オリも頭の上の獣耳で聞いたばかりのときは半信半疑だったが、交尾にふける間もなくリリスに連れられて下水を出れば、モモエが夜空の下で大きな腹を抱えてオリを待ち伏せていたのである。


 夫婦らしくあれというのは、つまり交尾なのだろう。モモエも相手がリリスということで斬り捨てる気も起きずに、じーっと睨みつけるだけで大人しくしていたから、オリもローブを脱いで畳んで毛玉姿になり、目の前のボテ腹をしたエルフ娘の裾をまくる余裕があった。


「何のつもり?」


「別に。そろそろ、お前も魔力が必要だと思って」


「気持ち悪い」


 モモエは吐き捨てるようにそう言ってオリのことも睨みつけたが、もったらもったらと重たい身体で不器用に自分から服を脱ぐあたり、このエルフも立派な魔法使いなのである。


 だが、オリがモモエの骨しかない痩せた臀部を掴むなり、たったひとりの野次馬であるリリスが強い声で止めに入った。


「ちょっと待ち」


 オリもモモエも業界人として慣れきってしまっているから、交尾のひとつやふたつ、顔見知りの性女に見せつけるぐらい何とも思わない。


 これは、魔法使いとして平凡でありきたりの当たり前のことなのだ。


 だから、思わず夫婦揃って振り返ってしまったのだが。この思わぬ反射的行動の一致もリリスが仕組んだことなのだろうか。


 たしかに、少なくともエルフの夫婦は、生死さえも共にして寄り添うものだと師匠からも言われたけれど、こういう些細なことも夫婦の一環だとリリスは言いたいのかもしれない。


 さすがは、元魔王の魔族である。そんなリリスとも夫婦でいるオリは、自信と優越感で鼻づらの先が高かった。


「あのですね、あなた様。そういうことじゃないのです。わたくしが言いましたのは、いわゆる世俗の一般社会における夫婦のお話。たとえ、大魔法時代であっても、世の中は魔力だけが全てではありません。魔女としての野心を持たない女が男と純粋な愛を育む。そういう夫婦の形もあるのですよ」


「むー?」


 はて。それはつまり、もはや魔法や魔力の話ではないということか。オリも正統な魔法使いとして力を隠し、探求に重きを置いているから理解できなくもないのだが。


 生まれてから常に子宮を持った女たちに征服され、魔力を搾られるのが男の役割として現実でもそういう日々だったわけで、それ以外のことには興味を持たない鼻づらの作りになってしまったのだ。


 世俗の普通や常識、男女が魔力ではなく愛情に価値を見出すなど、魔法学の歴史には一度も出てこないし、オリ自身も聞いたことがない。


 しかし、リリスが言うからには一考の価値はあるのだろう。


 どのみち、いまのモモエは手に負えない。オリの知る知識では、とっくに冷めきった年頃の複雑なエルフ妻とすることなんて交尾しかないし、いつもと同じやり方では意味がないと鼻づらでは分かっているが、どうすることもできないのだ。


 モモエの夫として見守るのが恩人の師匠から託された最後の願いである。むしろ、どちらかといえば、オリはモモエではなく師匠との契りに縛られていた。


「フン。あたしは魔族の言うことなんて聞かないから」


 そんなモモエの一言により、さっそく和解の道が閉ざされたわけだけれど、不安なオリと違ってリリスは余裕の口裂け顔であった。


「わたくしもエルフなんて分からず屋の頑固な子供ぐらいにしか思っておりませんが、安心してください。エルフと違って、わたくしが何か偉そうに命令したりはしません。あなた方が本当に夫婦たりえるのならば、すべては遅いか早いか、それだけのこと」


 そう言ってリリスは何も言わずに、細長い紙きれをオリの手の肉球に握らせ、露骨に嫌がるモモエには無理矢理に押しつけてポケットにねじ込んでいた。


「世俗では、こういうのをデートというのですよ。愛で結ばれる男女が互いの気持ちを高め合うために行う儀式のようなものです」


 よく分からないけれど、そういうことなのだろう。


 モモエは相当に不満そうだったが、オリがリリスに礼を言って別れると何事もなかったかのようについてきて、腹を大事そうに守りながらオリの横を並んで歩きはじめたのだった。

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