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生存者クロ

 魔法という圧倒的な力が大陸を支配し、あらゆる手段で人々が魔力を生み出そうとする大魔法時代。


 オスの玉袋から生成される魔力を巡って絶え間ない戦乱が吹き荒れ、搾り取った魔力を子宮に蓄えたメスがより強く賢く美しくなって君臨する、暴力と肉欲にまみれた魔女の時代でもあった。


 *


 そんなころ、この世で最も偉大なエルフ族の中でも、特に高名な魔女がオリたちのような卑しい奴隷種族が蠢く下界に降り立ち、百人の弟子を集めた。


 魔女の弟子というからには、とびっきりの才能や魔力に長けていて、さぞ有望な若者が集結したと思われるかもしれないが、そうではない。魔法のマの字も知らない毛玉のオリが入っていたぐらいだ。そこに魔法使いとして必要な条件は何ひとつ存在せず、そもそも魔法は女のものであり、男は死ぬまで女の巨大な安産型の尻に敷かれて魔力を搾られるだけの動物という世間一般の常識からも逸脱していた。


 それに、弟子を集めたという表現も適切ではない。


 実際のところ、オリは片田舎の故郷と疎遠な母親から逃れて遊び歩いていたところをエルフの師匠に誘惑され、騙され、そして誘拐されたのが事実である。おそらくは、他の九十九人も同じような成り行きで連れてこられたのだろう。


 オリたちは恐ろしい魔物が徘徊する深い森の中、あるいは猛吹雪に包まれた断崖の絶壁の上にちょこんと建っている城、はたまた単純に小さな無人島に取り残されていたのかもしれないが、とにかく自分の意志で抜け出ることを許されない空間に閉じ込められた。


 だが、魔女の弟子になったというのは本当だった。


 それは、師匠にとって壮大な実験のひとつに過ぎなかったのかもしれないけれど、オリたち百人は魔法の素質なんて何も持っていなかったにも関わらず、みんな師匠と同じぐらい立派な魔法使いになっていたのである。


 百五十の魔法属性を完全に使いこなし、かつて一度は大陸を征服した古代帝国の末裔であるエルフ族だけが知る秘伝の究極魔法を残らず覚え、誰もが師匠に感謝と畏敬をもって最大限に崇め奉った。


 百人の弟子にして最高の助手を揃えた師匠は、実力からくるカリスマと猫なで声の甘言で哀れな弟子たちをまとめて未知なる研究や実験にのめり込んでいった。


 そして師匠は殺され、敬虔な弟子たちもエルフ族の刺客によって切り刻まれた。


 何年も共に暮らした寝室や教室、研究室は赤い血で塗りたくられ、誰のものとも知れなくなった肉片がそこかしこに散らばる惨状と化したのだ。


 とっくに没落しながら未だ強大なエルフ族は帝国の復活という野望を燃やし、大陸全土に恐ろしく巧妙で緻密な情報網と暗殺者を常に展開させており、徹底した秘密主義を貫きながら異種族の諸帝国に対する影響力を維持している。


 そうした種族柄に漏れず、師匠もまたエルフとして秘密を好んだ。


 門外不出のエルフの知識をよりにもよって異種族のオリたちに分け与えた師匠の罪は明らかであり、遅かれ早かれ、同胞たるエルフ族が裁きに訪れることは分かっていただろう。


 それでも師匠は全てを極秘とし、自分と弟子たちの死によって、ささやかな実験がひそかに幕を引くよう整えていた。


 師匠と百人の弟子がどこで何をしてどんな最期を遂げたのか。それを知るのは、血も涙もない残酷なエルフの暗殺者と、いわゆる神のほかには誰もいない。


 しかし、オリはまだ生きているのだ。


 というより、オリは何者かの意志によって故意に生かされているのだろう。


 あの日、あの運命づけられた粛清を生き延びたのはオリだけではない。死ぬはずだった百人の弟子のうち、オリを含む三人が生き延びた。


 ひとりは師匠の愛娘にして北のエルフの里から送り込まれた密偵としての義務を果たし、魔法の刃で何の躊躇いもなく全員を抹殺したエルフの魔女。


 もうひとりは、もはや師匠の仕込みとしか思えないが、かつて突如として襲来して大陸中の玉袋を狩り尽くした魔王に率いられたという不老不死の魔族の娘である。


 その二人に比べれば、オリなんて巨大な毛玉姿と、股ぐらにそびえ立つ性剣だけが取り柄のイヌ獣人でしかないのだが。ある日突然、師匠の娘が師匠を殺し、あっという間に百人前後をバラバラにした殺人劇を五体満足で逃げ帰ったのは、それはそれで才能には違いない。


 まあ、どうでもいい。


 もともと、オリは獣人であって魔法は不得意とする種族だし、おまけに玉袋付きのオスだから持てる魔力も少なくある。


 オリが魔法に少なからず興味を抱いたのは、それが大金に繋がると冷静に考えたからだ。そこらの飢えた魔女のなり損ないみたいに、力を振りかざして若い男を強姦したり、魔法使いとして大成しようなどと不相応な夢幻を抱いたわけではなかった。


 股ぐらに玉袋の付いた男のオリにとっては、魔法なんぞ贅沢すぎる力だったのだ。師匠のおかげで男のオリでも少しは魔法を使えるようになっただけで良しとする。


 しょせん、男は女の顔色を窺って生きなければならないのだ。


 男を誘惑して魔力を搾り、子宮に溜めた魔力を魔法として解き放つ女の強さは圧倒的で凄まじいものがある。わざわざ、魔法を使わなくとも魔力によって肉体が強化され、訓練された魔女には腕っぷしでも敵わない。路地裏に連れ込まれて凌辱されて殺されないうちに、故郷に帰って大人しく子供でも作っていた方が幸せというものだろう。


 そこらの雑多なオスはともかく、そんな人生、オリはまっぴら御免だが。


 オリはこの滑らかで繊細でツヤのある毛皮もあってか、子供のころから股ぐらを濡らして発情したメスどものいやらしい視線を受けて育ったし、そういうのが嫌で故郷を出た。


 オリの村は、百年前に魔王軍とエルフが戦った最前線というのもあり、戦争が残した爪痕は深く、年頃の若くて健康な玉袋持ちはオリだけだった。


 あのまま残っていれば、確実に村中の子宮持ちと結婚させられて朝から晩まで子作りさせられていただろうし、そうでなくとも、夜中に辛抱堪らなくなったメスどもが寝込みを襲ってきたに違いない。


 そこんとこ、獣人のメスというのは繁殖欲が非常に旺盛であり、大振りの乳が胸から腹まで並んでいる全身が安産型のような肉感的な作りでいて、いざ孕んで産むとなれば、三千五百グラムの活きの良い寄生虫を最低でも一ダースはひねり出してくる。


 獣人社会は人間やエルフ以上に女が強くあり、たくさん強い子供を産んで戦士にすることを最大の誉れとする母権的な文化が根強い種族なのだった。


 *


 そういうわけで、エルフに殺されかけた後、オリは何事もなかったかのように放浪の旅に戻り、町から町へ気ままにその日暮らしを続けるついでに自分探しもしている。


 たまに、仕事をしてまとまった金がもらえたら、それを握りしめて娼館に繰り出したり、酒場に寄って魔女の小便を混ぜた安物とは違う本物のオレンジジュースを飲んで恍惚にふける毎日。


 きょうもきょうとて、いつものように世間を恨み辛みながら飲んだくれていると、他でもないエルフの刺客がオリの横に腰を下ろした。


 頭から魔女のローブをかぶり込んで魔力を隠してはいるが、そんなもの、オリには最初から見えない。オリは獣人である。よく手入れの行き届いた毛並みの細長い鼻づらをやり、くんくんと嗅ぎ分けて確かめてもいいが、エルフが身の内に秘める膨大な魔力からくる甘いニオイは隠しようがないだろう。


 そいつが一瞬前まで隣人だった百人近い同僚を斬殺し、産み育て教えた母親も手にかけ、今度はオリの毛深い生命までをも奪おうとしている。


 エルフの並々ならぬ執念、完璧主義を例えて初恋と憎しみは死んでも忘れない、とはよく言ったものだが。実際、こうして地の果てまで追われているのだから、あながち間違いではない。


 このエルフ娘、その名をモモエという冷徹な魔女は、オリを殺せと言われて二つ返事で請け負ってやってきたのだった。

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