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怪盗ラパン

作者: 十一橋P助

 その泥棒にはいくつかの特徴があった。

 まずは犯行の前に必ず予告状を出すこと。そこには共通してウサギのマークが添えられていること。さらにはその文面がすべて同じであること。

『次の満月の夜、あなたが一番大切にしているモノを頂戴にあがります』

 これはもちろん命は別にしての話だ。これまで何度も犯行が繰り返されているが、人の命が奪われたことはただの一度もない。

 だが盗まれたものはさまざまだった。お金、美術品、骨董品、車、腕時計、貴金属、時には飼い犬まで盗まれることもあった。

 予告状に満月という言葉とウサギのマークが記されていることに加え、警察をあざ笑うかのような鮮やかな犯行の手口から、その泥棒はいつしか世界一有名な泥棒になぞらえて、怪盗ラパンと呼ばれるようになっていた。

 


「ねえ、あなた。こんなものが届いていたわよ」

 慌てた様子の妻から受け取ったものを見て夫は目を丸めた。

 一枚のはがき。宛名はない。書面にはかわいいウサギのマークと、こんな一文が。

『次の満月の夜、あなたが一番大切にしているモノを頂戴にあがります』

「え?なんで俺に?」

 確かに人様よりは裕福な暮らしをしているかもしれない。それは父から譲り受けた病院を経営しているおかげだ。だが怪盗ラパンに狙われるほどのものかといえば疑問符がつく。

 彼は首をひねりつつも、

「と、とにかく、警察だ。警察に通報しよう」

 携帯電話を取ろうとする夫の肩に妻が手をかけた。

「ちょっと待って。警察はどうかしら」

「え?どうして」

「だって、今まで何人もの人たちが怪盗ラパンに狙われたけど、警察は捕まえるどころか阻止すら全然できなかったじゃない」

 彼の脳裏を数々の新聞記事が通り過ぎた。確かにラパン関連のニュースには失敗の文字が付き物だった。

「だったら、どうする?このまま黙って盗まれるのを見てるだけか?」

「違うわよ。警察は当てにならないから、私たちの手で守るってことよ」

「俺たちで?って……できるか?警察でも無理なことを」

「やってみないとわからないでしょ」

 引っ込み思案の子供を諭すように、彼女は夫の顔を覗き込んでから、人差し指を鼻先に突きつけた。

「それにはまず、今あなたが一番大切にしているものが何かってことが重要よ」

「一番大切なもの?」

 彼が真っ先に思い浮かべたのは浮気相手の顔だった。妻でもなく子供でもなく、今は愛人が一番大切だった。だがそれを馬鹿正直に言えるはずがない。そもそも彼女は人間だ。怪盗ラパンが狙う対象になるとは思えなかった。だったら一番大切なのは彼女に与えたマンションだろうか?忙しい毎日を送る中であそこが一番心の安らぐ場所なのだ。だが、マンションを盗む?そんなことできるのか?それならやはり、結局はお金ということになりはしないか。金がなければ愛人を囲うこともマンションを借りることもできないのだから。

「やっぱ、お金かな……」

 ひねり出すようにようやく答えた夫の顔を眺めていた妻は、直感でそれが嘘だと思った。一番大切なものを答えるのにそれほど熟考するということは、複数の候補があるからじゃないのか?確かにお金も大切だけど、それと肩を並べるほどのものが他にもあるのだ。きっとそれは私には言えないもの。なにか隠し事があるのかもしれない。ならば少し探りを入れる必要がある。

「ほんとに?」

 妻が問いかけると夫は表情をこわばらせ、

「なんだよ。疑うのか」

「違うわよ。ほら、前にもあったじゃない。予告状を受け取った人が、警察にはお金だって言って金庫を見張らせたくせに、実際は限定モノの高級腕時計のコレクションが盗まれたってことが」

 確かにそんなことがあったなと、夫の脳裏にその記事を読んだ当時の思いが甦った。きっとこの被害者は妻に内緒で時計のコレクションをしていたのだ。それを妻に知られたくないものだからお金が一番大切だと言ったのだろう。それを買うのにもお金が必要なのだから……。

そこで夫は自分の考えの甘さに気づいた。これは丸々自分のことに当てはまるではないか。高級時計は浮気相手に置き換えられる。先の一件では実際に時計が盗まれた。それが一番大切だと被害者が思っていたからだ。そうなるときっと怪盗ラパンは今回もお金ではなく愛人を狙うのではないのか?

 それなら人間を盗むとはどういうことなのか。誘拐か?いやそれは結局金目当てってことになる。だとしたら……まさか殺すのか?いやいやいや、これまでラパンは人の命を奪ったことはないはずだ。でも、今までがそうだからといって、この先もそれに当てはまるという保証はどこにもないではないか……。

「ああ、どうしよう……」

 唐突に頭を抱えた夫に妻は思わず身を引いた。彼は小刻みに体を揺らしながら、震える声で「どうすればいいんだ」と何度もつぶやいている。

 恐る恐る妻は夫の前にひざを着いた。

「あなた、大丈夫?」

 彼はゆっくりと顔を上げると、

「やっぱり警察に相談しよう」

 口早に言って携帯電話に手を伸ばす。

「だめよ。警察はあてにならないって言ったでしょ」

 妻はその手を引いて自分のほうを向かせた。

「ねぇ。なにがあったの?事の次第では通報してもいいけど、その前にちゃんと説明して」

 その眼差しに、夫は観念したようにうなだれた

「すまん。俺、浮気してるんだ。今は、彼女が一番大切で……。だから彼女のことを守ろうと思って……」

 夫の頭頂部を冷ややかに睨みながら、妻は心の中でほくそえんだ。SNSで見た通りだった。お金をかけず、簡単に夫の隠し事を暴くにはこれが一番だって。

 そう思いつつ彼女はテーブルの上に視線を移した。そこには怪盗ラパンの予告状があった。不器用な自分にしてはよくできた贋作だ。

 

 全国同時多発的に怪盗ラパンの偽物が現れる。これもまたこの泥棒の特徴のひとつだった。




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