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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

桜のごとく咲き乱れば ~桜嫌いの少年と人の寿命が見える少女

作者: 雄野ひよこ

 桜なんて嫌いだ。

 春しか咲かないで、しかも一瞬で散る。大量の花びらというゴミを巻き散らかして。その癖我が物顔で日本のいたるところを占拠している。

 そんな桜が俺は嫌いだった。

 勿論(もちろん)そんなことを人前で言ったら異常者扱いだ。まるで非国民な扱いを受ける。だからこそ余計桜が嫌いだった。

 そういう性格だからか俺には友達がいない。部活もやってないしやる気もない。今日も空が夕日に染まるよりずっと前から一人下校していた。それを寂しいと感傷に(ひた)る心は生憎(あいにく)持ち合わせていない。俺は人より(ひね)くれているらしい。

 ちょうど桜並木道を通っていた。この時期はどこでもこの忌まわしい淡いピンクの花が咲いている。今が満開、見頃だろう。あと数日もすればみっともない姿になるのだが……。

 俺は桜なんか見たくもないので携帯電話(スマホ)を弄りながら歩いていたが、ふと目に留まった。携帯で桜の写真を撮っている少女が。そのあまりにも周囲から隔絶された美貌(びぼう)に見とれてしまった。その子と比べたら桜などかすんでしまう。

 同い年くらいか。近づくだけで心臓が高鳴る。俺は視線が合うのが怖くて携帯越しにチラチラ見ていたが本当に可愛い。こんな時間に私服だけど、学生でなくアイドルでもやっているのだろうか。でも通り過ぎたらしまいだ。俺は緊張しながらも歩を進める。すると思いがけず、その子が俺の方に手を振りながら歩いてきた!


「ちょっとお兄さん、ええか?」

「えっ俺?」


 ドキドキする。まさか声を掛けられるとは。少女ははにかんで、自分の携帯を手渡してくる。


「ウチと桜のツーショット、撮ってくれへん?」


 意外、それは関西弁。この辺の人間ではなく観光客らしかった。先に携帯を渡されてしまったので俺に拒否権はなく、彼女は桜の木をバックにポーズを取る。仕方なく携帯のカメラのシャッターを押した。何度か彼女はポーズを変えたのでその都度撮った。

 気が済んだのか、この美少女は再び俺の方に近づいて携帯をひったくった。


「よう撮れとるなぁ。おおきに!」

「そりゃどうも……でもなんでその辺の桜なんか撮って、地元にも咲いているんじゃないですか?」


 俺はどうにも桜が気に食わないので観光客らしい少女に不躾(ぶしつけ)な質問をした。彼女はハキハキと答える。


「せやけど今しかあらへんからな。桜が咲いてるんわ。それに何よりも綺麗やろ」

「桜なんかちょっと綺麗なだけのクソですよ。一体何がそんなにいいんだか」


 しまった。つい本音が出てしまった。しかし見ず知らずの少女だ、同じ高校の生徒というわけでもない。ここはひとまず退散して……。


「じゃ、用が済んだなら俺はこの辺で……」

「なんやあんた桜嫌いなんか?」

「別に……」

「面白いやっちゃな。あんた名前は? ウチは桜子(さくらこ)や。よろしゅう」


 面白い? そんな風に言われたのは初めてだ。その少女――桜子は俺に興味が引かれたみたいだったが、逆に俺も彼女に興味が湧いた。だから名乗ることにした。


若葉(わかば)、だよ」

「ほな若葉、せっかくやしウチの秘密も教えたるわ」


 いきなりタメ口か。それよりも彼女の秘密とやらが気になった。会っていきなり教えるようなことだろうか。だからそんなたいしたものじゃないかもしれないが。


「知りたい? 知りたいやろ。どうしてもというなら教えたるで」

「じゃあ知りたくない」


 しかし俺は意に反してそっけなく返した。知りたくないと言ったらどう反応するかつい確かめたくなってしまった。俺は生粋(きっすい)の捻くれ者らしいな。


「じゃ、じゃあ、これはウチの独り言やけど……」


 そう来たか。結局桜子は秘密とやらを明かす。しかしその内容がとんでもなかった。


「ウチ、人間の寿命がわかるねん」

「人間の、寿命が、わかる?」

「そ、理屈はわからんけど感覚的にわかるしきっぱりと当てられる。ちなみに若葉の寿命は残り七十年と八か月と五日。結構なご長寿やで」

「なっ……!」


 なんだそれは。馬鹿馬鹿しい。人の寿命がわかる? そんな超能力の(たぐい)信じられない。この世界には魔法もなければ宇宙人もいないんだぞ。俺の寿命を言われたところでオカルトすぎて信用に値しない。


「若葉、信じてへんって顔してんなぁ。信じる信じないは自由やけど」

「当たり前だろ流石に。じゃあ桜子はどうなんだよ、寿命。他人のしかわからないとかじゃないよな?」

「ウチ? ウチの寿命は……残り五分」

「五分!?」


 どうなってるんだ一体。人間の寿命がわかるという少女本人の寿命が五分しかないなんてことあるか? なのになんで平然とそれを告げたんだコイツは。


「どうしてそんな大事なことを先に言わないんだよ! 五分って! あっという間に死んじまうぞ」

「せやけど人はいつか死ぬ。それが残り五分やからって慌てたってしゃあないで」

「そうかもしれないけどさぁ……」

「ちなみに後五分やったけど今は後四分な」


 桜子は妙に達観しているが俺は焦る。残り四分で彼女が死ぬだなんて。絶対になんとかしないと。

 俺はじろりと()めるように桜子を見る。何か病気を抱えているという風には見えない。なら死因は病気じゃないか。いや突然の心臓発作とかなら俺にはどうすることもできない。俺は嫌な考えを頭から追い出し、病死ではなく事故死の可能性を考えて周囲を警戒する。

 車だ。一番可能性が高いのは交通事故だ。しかし車道に出なければ大丈夫なのでは。俺は桜子の手を取り、桜並木道の木陰(こかげ)の方に引っ込む。


「なぁ桜子、寿命がわかるってことはどうやって死ぬかとかまでわかるのか?」

「いやウチにわかるのは寿命だけや。死因はわからへん」

「そうか……でも死ぬってわかってたら対策を取りようもあるよな」

「若葉……」

「俺が行動することで桜子の死の運命が変わったんじゃないか?」

「いいや、残り一分やで」


 そんな! 俺はまだ桜子の運命を変えられていないことに絶望しそうになる。だが諦めず注意深く周囲を観察する。すると怪しい動きをするトラックを見つけた。目の前の信号を無視して、歩道のこっちに突っ込んでくる!


「桜子危ない!」


 俺は慌てて桜子を連れて木陰から出た。すると俺達が隠れていた桜の木にトラックが衝突した。間一髪だった。とっさの判断がなければ死んでいた。桜子だけじゃない、俺まで……。


「あー吃驚(びっくり)したなぁ」


 桜子が気が抜けたような声を出す。


「吃驚どころじゃないだろ、大惨事だよ……」

「でもありがとう若葉。おかげで寿命がちょっぴり延びたわ」

「ちょっぴり? どれくらい?」

「残り二十分」

「二十分……たった二十分か!?」


 俺は驚き、(あき)れた。この少女はどんだけ不幸体質なのだろう。そんなにも残り寿命が少ないなんて、何か(ばち)でも当てられたのだろうか、神様に。

 俺は残酷な死神からこの可憐(かれん)で哀れな美少女を救うために行動することにした。なぁに、目の前で死ぬとわかっている人間をそのまま放置して死なれるのは後味が悪いだけである。下心? ないね。




「その寿命がわかるっての、いつからなんだ?」

「ウチが幼い頃ちょっと死にかけてな、一家惨殺って目に遭いそうやったけどウチだけ助かったんや。そん時から人間の寿命が透けて視えるようになった。死神に()りつかれたんかもしれへんなぁ」

「へぇ」


 俺と桜子は話をしながら住宅街を彷徨(さまよ)っていた。交通量の多い大通りは避けようということで、細い道が蜘蛛の巣のように張り巡らされたこの周辺に誘い込まれたのだが、高校からの帰り道しか知らない俺は正直なところ迷っていた。そのことを気取(けど)られないように俺は話を続ける。


「その能力今まで誰かに教えたりとかは?」

「んーとなぁ……ああその道さっきも通ったで」

「えっ?」

「なんや若葉、迷子かいな」


 くそ、悟られた。俺は恥じて顔を赤くする。桜子は悪戯(いたずら)っぽく笑う。


「まぁええけどな。でもそろそろ時間やで。残り一分」

「ちょ、ちょっと待った、まだ寿命を延ばせていないのか!? この辺は車も来ないのに」

「ウチもそう思うんやけど、なんでやろな」


 桜子は首を傾げる。その表情には必死さが足らない。なんでそう、眼前に死が迫っているのに落ち着いていられるんだ? それよりも……俺は危険を探す。すると目に留まった。工事現場の資材を運ぶクレーン車が。あれ、落ちてくるんじゃないか?


「桜子、走るぞ!」


 慌てて俺は桜子の手を引いて現場から逃れようとする。と今回も間一髪、先程俺達がいたところにクレーンが資材を落とした。バン、とどでかい音が鳴り響く。


「危なかった……おい桜子、平気か?」

「急に走ったから心臓バクバクや……」

「死ぬよりマシだろ」


 桜子は息を切らし、その場にへたり込んだ。まぁ無理もないか。


「それで……寿命の方はどうだ?」

「一日延びたで。一度ならず二度までも助けてくれてありがとうな若葉。でも若葉ならやってくれるって信じてたで」


 そんな(うる)んだ眼差しを向けられたら、俺は――

 彼女の目の前で手を差し伸べる。


「手を貸すよ。地獄の果てまで付き合うよ、こうなったらもう」

「若葉……」


 桜子が俺の手を掴む。俺は彼女を引っ張り上げて立たせてやった。


「あんたホンマおもろいこと言うなぁ」

「面白いかぁ?」


 俺はちょっとからかわれている感じがして嫌だったが、桜子はおもろいおもろいと()めるように連呼した。勘弁してくれ。

 しかし彼女が笑うとドキッとした。やはり超絶可愛い生命体なのだ。彼女に微笑まれるためなら何だってできる気がした。でも下心とかないから。

 夕焼けの鮮烈な赤が淡いピンクの桜を血の色に染め上げていることには、無関心だった。




 結局俺は桜子をどうするか考えた結果、俺の家で(かくま)うことにした。家の中にずっといれば安全だろう。しかし問題が一つあって……。


「なんや若葉、名字桜木(さくらぎ)っちゅうんか。桜嫌いなのに桜木。プッ」


 家の表札を見るなり、桜子がネタにしてきたことだ。


「そーですね悪うございましたね桜木で」

「別にそないなこと言うとらんで桜木君」


 俺は無言で家の扉に鍵を突っ込んで開け、一人さっさと中に入った後扉を閉めて鍵をかけた。


「ちょっと、家に泊めてくれるんやなかったんか桜木君!」

「若葉、な」

「はいはいわかってるでちょっとからかっただけやん若葉。すまんな」


 桜子の謝罪を聞き入れ、俺は鍵を開けて彼女を招き入れる。玄関でお互い靴を脱いで俺はリビングに案内すると、彼女はうちの一軒家を物珍しそうに見渡した。


「ここが庶民の家かぁ……ええやん、こじんまりとしてて」

「それ褒めてるのか(けな)してるのかどっちだ?」

「褒めてるんやで。ウチ、こういうの憧れやねん」

「へぇ。普段どういう家に住んでるんだよ」

「秘密」


 人間の寿命がわかるなんていう特殊能力はあっさり教えたくせに、こんな他愛のない質問の答えを秘匿(ひとく)するなんて――インチキな能力だけで不思議少女やってるわけじゃないんだなと俺は思う。


「でもええの、ウチが勝手に上がり込んで」

「ああ。俺んち親父が単身赴任でいないから一人暮らしって言ったじゃん」

「あれ、お父さんだけ? お母さんは?」

「だいぶ前に病気で死んだ。だから一人」

「そうなんや……聞いて悪かったな」


 桜子がバツ悪そうにするので俺は別にいいよと答える。


「ともかく誰も邪魔しないからくつろいでいけってことだ」

「若葉一人暮らしってことは飯とかどうしてるん?」

「別に、コンビニ弁当とかだよ」

「それはアカンで、ちゃんとした料理食べな。ウチが作ったるで」

「桜子、料理とかできるのかよ?」

「基本的な生活スキルは幼い頃に叩きこまれたからな。当然やで。得意料理は炒飯(チャーハン)や、パラパラの作ったる」


 意気揚々と桜子は人の家の冷蔵庫を開ける。しかしすぐ意気消沈した顔を俺に見せた。作ろうにも材料が全然ないのである。

 俺は台所を漁りながら彼女に聞いた。


「晩飯、ラーメン醤油(しょうゆ)と豚骨、どっちがいい?」

「……醤油」


 結局俺達はカップ麺を食べて腹ごしらえをした。これには桜子は不満そうで、


「明日はスーパーに買い物に行くで。冷蔵庫に何もあらへんかったからな。アカンでホンマ」


 と言ってはばからなかった。

 食後桜子は二階に上がって俺の部屋に見物に来た。部屋は棚に囲まれ、その棚には漫画本が敷き詰められており、ちょっとした空きスペースにロボットのプラモデルが飾られている。学習机の上にはノートパソコンと携帯型ゲーム機が置いてあって勉強する気を微塵(みじん)も感じさせない。

 桜子はリビングの時と同様に物珍しそうに物色した。


「ええなぁ、若葉。自分の自由にできる部屋があって」

「そんなの普通だろ、あっプラモには触るなよ。倒れたらいけないから」

「はいはいわかってるって。さて……エロ本はどこに仕舞ってるんやろな」

「ブーッ」


 桜子は漫画本を引き出したりしながらその手の本を探し始めたので俺は噴き出してしまった。


「棚にはあらへんなぁ、じゃあベッドの下か?」


 そう言いながら()いつくばってベッドの下を(のぞ)き込む桜子。俺は思わずその背後から彼女の首筋にチョップした。


「なっ何すんねん!」

「アホか。そんなとこ探しても見つかんねーよ」

「わかった。ノートパソコンの中やな。今時なんでもデジタルやもんなぁ」


 桜子は起き上がってノートパソコンに注目する。俺は彼女が勝手に起動しないようにパソコンを(かば)い立てた。


「18歳未満がエロゲ―なんて買えるわけないだろ」

「とか言って、本当はやってるんちゃうんか?」


 鋭い追及が迫る。俺は強引に話題を変えることにした。


「そんなことより寿命はどうだ? あれから伸びたか?」

「残り一日切ったで」


 くそ、変わっていないのか。もしかして……。


「明日スーパーに行くのが危険なのか? だったらスーパーに行くのは俺だけで桜子はお留守番、これでどうだ? 寿命は延びるか?」

「ちょっと待って……アカン、今残り寿命が十分になった」

「十分!? なんで!?」

「嗅ぎつかれたか……」


 そう呟いて桜子は部屋の窓に近づき外を見た。その意味がわからず、ただ俺も彼女と同じように窓の外を見る。すると家の前で夜の暗闇に溶け込んでわかりづらかったが黒塗りの高級車が(いく)つも停車しているのが見えた。


「なんかあったのか?」

海馬組(かいばぐみ)や」

「海馬組?」

「まぁようするにこの辺を仕切ってるヤクザ屋さんってとこやな。若葉。インターホンが鳴っても出たらアカンで」


 今の桜子の発言は俺の理解を超えていた。まるで海馬組とかいうヤクザが俺の家に来るみたいな言い方だがその理由がわからない。なんでだ? 桜子は後十分で死ぬという。それってヤクザに殺されるってことか? でもなんで?


「ウチや。至急応援頼む。場所は……」


 桜子はどこかに電話を掛けていた。警察だろうか。よくわからない。わからないことだらけだ。

 ピンポーン。十分に考える暇もなくインターホンが鳴る。俺は桜子に言われた通り押し黙る。

 ピンポーン。しかし二回目が鳴る。俺は我慢する。

 バン。三回目は銃声だった。家のカギが壊され、扉が倒される音も響いた。賊の足音は複数。一階は(またた)く間に制圧された。

 階段を登る音がして、俺はいよいよ震え上がる。勝手に人の家に上がり込んでいるヤクザに対し、どうすればいいんだ? 子供の俺にできることなんてねぇよ。今更部屋から出られないしどうしようもなかった。しかし桜子の方を見るとなんというか目が座っていた。


「巻き込んですまんかったな若葉。でも大丈夫や。なんとかなるから」


 どうしてこう落ち着いていられるのだろう。死を目前にして。俺は正直に尋ねることにした。


「桜子は死ぬのが怖くないのかよ。なんで平然としてられるんだ?」

「人はいつか死ぬ。遅いか早いかの違いしかないで。それにウチは一度死んだ亡霊みたいなもんやから、生きてる方が不思議なんよ」

「そんな悲しいこと言うなよ……」

「悲しい? どこが?」


 そんな問答も部屋に黒服の男が押し入ってしまえば終わりになった。

 扉を勢い良く開け、中にいる俺と桜子を舐め回すように見ると、黒服のヤクザ者は肩を回しながら言った。


「見ぃーつけた! 全く手間取らせやがって」

堅気(かたぎ)の人間の家に押し掛けるのが海馬組のやり方かいな」

「何を、穏当に事故死していればこんな強硬手段は取らなくて済んだものを、お前のせいだからな!」


 黒服の男は桜子に掴みかかろうとする。俺は慌てて割って入る。すると代わりに俺が胸倉を掴まれた。

 事故死ってまさか、今までのトラックやクレーンはただの事故じゃなくて、こいつらがずっと桜子の命を狙っていたってことなのか? そこまでされる桜子って一体……と俺自身危機的状況にあるにもかかわらず桜子のことが気になった。するとちょうど男が解を与えた。


「おい小僧、そいつが誰だか知ってて庇ってるのか?」

「どういう、意味だ……」

「こいつは山本組(やまもとぐみ)組長山本桜子なんだよ!」


 山本組ってあの山本組? 俺でも知ってるくらいでかいヤクザの組織だ。その組長が桜子……そういえば彼女はこんなことを言っていた。「一家惨殺って目に遭いそうやったけどウチだけ助かったんや」ということは、桜子の両親が死んで桜子が組長を継いだということだったのかと。


「本当かよ桜子……」

「すまんな若葉。それにしてもウチのタマ取るためだけに海馬組が揃いも揃って、なんや意気地ないんか?」

「うっせえぞ山本ォ!」


 俺は黒服の男に放り投げられ、棚に叩きつけられる。ポーズを取っていたプラモデルが衝撃で崩れ落ちた。

 桜子が命を狙われる理由はよくわかった。極道同士の抗争という奴だろう。でもだからといって桜子が死ぬのを黙って見てなどいられない。俺は立ち上がり、桜子を襲おうとする黒服の男に向かって、思いっきりタックルをかました。


「このガキ、調子こいてんじゃねーぞ! まずはてめぇから死にたいらしいな!」


 よろめいた黒服は体勢を立て直しつつ、懐に忍ばせていた銃を取り出して俺に向けた。おいおい、銃刀法違反だろ。しかしヤクザに法律など通用しない。


「ぶち殺されたくなかったら言うことを聞けよクソガキ」


 流石に銃相手には分が悪い。俺は男を(にら)みながらも大人しくする。黒服のヤクザは意地汚い笑みを浮かべながら、


「じゃあお姫様を拘束して服を脱がせ。ひん()いて丸裸にしろ」


 命令した。桜子が凶器を持ってないか警戒してのことだろうが、それにしたって下種(げす)だ。だから俺は言ってやる。捻くれ者の(さが)で。


「断る」

「なっ……! 生意気言いやがってガキがッ!」


 黒服の男は頭に血が上って銃を俺の額に向ける。今にもトリガーを引きそうな気配だ。しかし桜子がこんなことを言った。


「安心して若葉。ウチの能力には実はもう一つ秘密がある。ウチの能力を教えた者は……」


 桜子が言い切る前に、黒服のヤクザは発砲した。迫りくる弾丸。刹那(せつな)、俺は思った。

 ――桜子はとんだ疫病神だ。桜子と俺を引き合わせた桜なんかやっぱり嫌いだ。でもこの後殺されると思うとかわいそうだ。桜子、お前を守れなくてすまんな――

 そこで意識は途絶えた。




 気が付くと白い天井が目に映った。知らない天井だ。俺は死んだのか? 死後の世界があるとは思っていなかったな。

 俺はベッドの上で寝ていたらしかった。上体を起こし辺りを見回す、すると白い服を着た年配の女性が視界に入った。


「良かった! 目が覚めたのね、桜木若葉君」

「あなたは……」

「看護師の田村です」


 なんだ、ナースさんか。ということはここは天国でも地獄でもない、ただの病院ということになる。

 だとしたらおかしい。確かに俺は額を撃たれて致命傷だったのに、助かるだなんて。そんなことあるのか? しかし田村さんは俺の疑問に質問することなく答えてくれた。


「若葉君、確かにあなたは頭部を拳銃で撃たれたけど、銃弾が頭蓋骨上を滑り抜けて脳を損傷しなかったから助かったの。過去にそういった例はなくもないけど極めて(まれ)だから、奇跡的に助かったと言っていいわ」


 奇跡、奇跡か……だが俺はこの時桜子が最後に言っていた言葉の続きを思い出していた。


「ウチの能力を教えた者は、ウチの目の前では死なへん」


 確かに彼女の脳力は本物らしかった。改めて感心する。奇跡をも起こす神の力。しかしその所有者はもう、おそらくこの世にはいない。


「桜子……」


 俺は項垂(うなだ)れる。自分だけ助かって良かったとは到底思えないのだった。

 順調に回復していった俺は入院中の暇な時間を待合室のテレビを見て(つぶ)すことが多くなった。ある時ニュースでやっていた、俺にとって身近すぎる事件について。


「指定暴力団山本組・海馬組の抗争で十人もの死傷者が出た事件ですが警察の見解は……」


 十人もの死傷者? 俺と桜子だけじゃないのか? 俺の頭が混乱する。

 報道はサラッと流れて次のニュースに移ってしまった。わけがわからない。俺はもっと詳しく知りたくなって、誰かから話を聞こうかとも思ったがちょうど待合室には人気がなかった。

 しかしキョロキョロと見回していたら一人だけ、廊下の向こうからやってくる人がいた。そいつはいるはずのない人間だった。だけに俺は驚き仰天する。


「桜子……?」

「久しぶりやな若葉、元気にしとった?」


 あっけらかんとした口調で(ほが)らかな美少女は紛れもなく山本桜子であった。でも信じられない。彼女が生きているなんて……。


「なんや若葉、幽霊でも見たような顔しとるで」

「だってお前、なんで生きて」

「ああ、あの後山本組の若い衆が来て海馬組をボコボコにしてウチを助けてくれたからな」


 そうか、あの時の電話は部下に連絡していたのか。


「それも若葉が時間を稼いでくれたおかげやで。ホンマおおきに」


 桜子はにこっと笑いかける。彼女に微笑まれて俺は悪い気持ちはしなかった。ともかく彼女が助かって良かったじゃないか。そう思えた。


「それでお前、寿命はどうなったんだ?」

「二年後まで延びたで。まぁ海馬組も潰したし、今すぐ命を狙われる心配もなくなったからな」

「それでも二年かよ、短いな」

「この仕事してると危険はつきものやからなぁ、しゃあないと思うで」

「じゃあまた二年後俺がなんとかしてや……」


 と言いかけて、俺は無言ながらも凄まじい圧を桜子から感じて言葉を続けられなくなった。ヤクザの組長とはいえこんな怖い顔をするなんて、俺はゾッとする。やがて桜子は口を開いた。


「若葉、これ以上堅気の人間がウチみたいな極道に関わるのはアカン。自分の問題は自分でなんとかする。今日はな、さよならを言いに来たんや」

「なんだって?」

「やることやったし西に帰ろう思うてな。若葉のことが心残りやったけど、元気そうだったから良かったわ。ほな、さいなら」


 そう言って桜子は(きびす)を返し立ち去ろうとする。慌てて俺は彼女の肩を掴む。すると別方向から俺の肩を叩かれた。見上げればどこからともなく現れた黒服の大男が俺に対して(すご)んでいて、思わず桜子から手を離してしまった。


「あーあ、グズグズしてたらお迎えまで来てしまったやん。すまんな若葉、怖がらせて。だからもうさよならやで。ああ、入院費用のことならウチらで払ってるから心配せんでいいで」


 ああ、そんなことはどうでもよくて。


「桜子!」

「なんや若葉」

「本当に行ってしまうのかよ……」

「ウチは桜の子やからな。桜が咲くのは一瞬や。一瞬で散るからこそ桜は美しい。そうやろ、桜嫌いの桜木若葉」


 それだけを言い残して桜子は大男を連れて嵐のように去っていった。待合室に俺一人残される。つまらない番組をやっていたテレビの電源を落とし、静かになったその場でひとりごちる。


「桜なんか、大嫌いだ」


 桜子はまさに桜のごとく咲き乱れ、今目の前で散った。しかし桜のようにまた来年咲くとは限らない。少なくとも俺には一生目にすることはないのだろう。

 嫌いだ。嫌いだ。桜なんて。でも本当はわかっていたんだ。それが初恋だったなんて――

 病院の中庭に一本植わっている桜の木は、見頃を終えて風に揺られ、ただただ花びらを散らしていた。

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