前編
ざまぁ流行のビッグウェーブもおさまってきてるし……ちょっとくらい書いても、バレへんか……。
「いや……真面目な話な? この国マジで金がねぇんだよ。今日明日で崩壊はしねぇだろうけどさぁ、こんな国乗っ取ってどうする気よ」
「ウッソでしょ……?」
己が野心家であることを自覚する王の姉・アンディーヴァが膝から崩れ落ちる。
ワンチャンス自分の裏切りを止めるためのウソの可能性も考えたが、目の前にいる円卓の騎士のひとり・ダナンは財源管理を成り行きで引き受けている。
赤字の証拠となる様々な数字を見せられ、才能豊かであるが故に彼女はイロイロと理解してしまったのだ。
「ちょっと……ちょっと、どーゆーことッ!? なん、こん! こんなコトなってんのよッ!!」
「なんでって……まぁ、ひと言で済ませるなら“騎士道精神は金がかかる”からだらうな」
「はぁ? そりゃ装備はそれなりのお金かかってるでしょうけど、あの忌々しい騎士どもは一応正賓の誓いっぽいもの立ててるでしょ?」
「いや、連中の行動がな……」
施し、救済、一騎討ち、登用などなど。
騎士道精神に乗っ取った行動というものは、大抵は利害を度外視するパターンが多く、とにかく余計な出費が多い。
「戦闘が起こったときとかさぁ、せっかく有利なのに一騎討ち受けてさぁ……お互いを認めて誉め称えるのはいいけど、それで引き分けにして帰るんだもんよ……」
「……戦争だってタダじゃない。費用をまったく回収できないまま帰ればまるごと大赤字、ね」
完全に想定外。
わざわざ湯浴みを済ませてきたのに。いざとなれば色仕掛けでもなんでもしてダナンを取り込もうと湯浴みを済ませてきたのにコレである。
王である弟へ魔術によるアレだとか式神によるコレだとかを何度も邪魔をされ、苛立ちが昇華してむしろ味方に引き込みたいと考えての行動だったのだが無駄になってしまった。
「ったく、これだから脳ミソまで筋肉で出来てるような騎士どもはキライなのよ……なんなのよコレ……収入、腐ってんじゃないの?」
「アイツら、基本的に精神論で押しきるからな。陛下ですらバカの一つ覚えみたいに“なんとかならないか?”しか言わねぇし」
「仮にも上司の国王にバカってアンタ」
「財政難について何度も何度も口が酸っぱくなりそうなほどに説明しても頑張れしか言わない王様が賢いとでも? そのせいでお前、俺の領地の収入で赤字全部補填してんだからな? 隠密部隊の給料と必要経費なんか100パー俺の支払いだぞ?」
「アタシの愚弟が本当にゴメンナサイ」
「まぁ、そうゆうことだからさ……アンが弟を追い出して玉座ぶんどるのは別に止めねぇけど、その先は普通に地獄だと思うぞ」
「むむむ……ッ!」
アンディーヴァは考える。
とりあえず王位を奪うのはナシの方向。自分は魔術師としてなら超一流であると自信をもって言えるが、この桁違いな赤字をパパッと解決できるほどの政治的手腕は持ち合わせていない。
だからと言ってなにも行動しないワケにもいかない。自分は王城の人間にまったく信用されていないので、どこかで行動を起こさなければ最悪命も危ない。行動を起こした結果がコレなのだが。
唯一の例外が目の前にいるダナンなのだ。国王の姉だからと、他の円卓の騎士たちですら相応の礼節で対応してくるというのに。
でも正直、この馴れ馴れしいのは……アリ、だ。愛称っぽくアンと呼ばれるのも悪くない。だからこそ純潔を対価とすることも考慮したのだ。
ここは、ひとまず――。
◇◇◇
「へぇ……なかなかの活気じゃない。なんとなく辛気臭い城下町よりはずっとステキよ」
「お褒めに預かり光栄でございますアンディーヴァ様。いや、マジでお前なんなの? っていうかよく外出の許可出たな」
「そう何度も使える手段じゃないけど、ちゃんと平和的な方法で説得したわよ?」
考えた結果、アンディーヴァはダナンが統治する領地へと足を運ぶことにした。もちろん領主様の案内付きである。
ちゃっかり同じ馬の後ろを陣取って楽しそうにしている姿に、彼女の正体を知らない領民たちは実に微笑ましいものだと感心していた。
ついに、領主様にも春が来たんだなぁ……と。素直に祝福されるほどに、ダナンは領民たちから慕われている。
「へぇ、あのお店がアナタの実家なのね。パン屋……にしては変わってるわね。外にあるテーブルで食べることもできるなんて」
「オープンカフェ……いや言ってもアレか。両親は――あ~あ。スッゲェ嬉しそうに笑ってらぁ」
店内から満面の笑みで手を振るダナンの両親に微笑みながら応えつつ、しかし彼女の内側には“嫉妬”が確かに存在していた。
なぜ、私の両親はこうじゃなかったのだろう?
国父は自分の魔術の才能を恐れ、国母は弟ばかりを溺愛している。たとえ野心を棄てて会いに行っても、ふたりは彼らのような温かい態度は見せてくれないだろう。
◇◇◇
領主の屋敷は想像通り、過度な装飾を好まない落ち着いた雰囲気で統一されていた。アンディーヴァ自身も着飾ることを面倒だと感じてしまうほうなので、こういう落ち着きはありがたい。
そして、そんな素朴な屋敷とは真逆にディナーの内容は非常に素晴らしい出来栄えであった。
別に高級食材がふんだんに使われていたとか、見た目が派手であったワケではない。とにかく美味しいのだ。
パンひとつですら驚きを覚えるレベルである。豊かなバターの香りと、それでもなお感じる小麦の風味。中が真っ白であることも含め、柔らかな食感は空に浮かぶ雲を連想させた。
食事を済ませ、ダナンの私室にて。
「アタシ、食が細いほうだと自分では思ってたんだけどね。う~ん、お腹も心も満たされた、って気分ね」
「そいつは良かった。……それで? お前さん、なんの意味もなく俺の領地見に来たワケじゃないんだろう? ストレス解消ってんなら、それはそれで信じるけどよ」
「お城にいると息がつまりそうだったのは本当だけどね。さて、それじゃあ、アタシの目的について……だったわね」
スススッ……とダナンに近付き、その胸元に人差し指をトンッと乗せてニヤリと笑うアンディーヴァ。
「……あることないこと言いふらされて白い目で見られるよりも、大勢の人に祝福されるほうが幸せだと思わない? 少なくとも弟は喜んでくれたわよ?」
「はぁ? ――ッ!? ウソだろ、お前……」
1代で国の赤字を埋めることができるほどの財を築き上げる優秀さに、こうして自分の目的を正確に把握できるくらいには空気が読める男。
代替案としては悪くない。間違いなく優良物件だし、安全牌でもある。感情的な部分は……認めたら負けな気がするので保留にしておこう。私はあくまで打算でこの男を愛するのだ。ヨシッ!
翌朝。
不自然な歩き方をしながらも輝かんばかりにツヤツヤで上機嫌なアンディーヴァと、いったいナニで疲れているのかフラフラ状態のダナンを見て、屋敷の使用人たちは大喜びで吉報を領内へと伝えるのであった。
◇◇◇
アンディーヴァとダナンの結婚は滞りなく実行された。
もともと彼女を危険視していた、他の円卓の騎士を含む王の側近たちは堂々と排除できると喜んだ。
貴族たちも王の姉がヤベェ奴ということは知っていたので、トラブルを望んで(?)引き受けたダナンに心からのお祝いの言葉を品々を送り届けた。
一部、パワーバランスを理解してない身の程知らずが嫉妬したりしたものの、そういうアホは大事に発展するまえに他の貴族や騎士たちがしっかりと“説得”をした。
王様? そらもうニコニコでおめでとうと大喜びである。弟として、純粋に姉の幸せを喜んでいる。まぁ、つまり……そういうことである。知らない、気付かないとは幸福なのかもしれない。
ちなみに、外出時の説得は「ダナンとの結婚前に、先方のご両親にご挨拶を」である。姉の野心を理解してない弟はこの言葉を素直に信じたのだ。結果として真実となったので問題はないのだ。
念のため、アンディーヴァは結婚と同時に王族としての全ての権利を放棄することを宣言している。なにかあったときに国と共倒れなどごめん被る。
ならばせめて……と、たぶん弟は本心からの、そして両親は形式として、祝いの品でもと用意しようとしていたが、それらはキッパリと断った。
それらの品物も、それを購入するための財源も、いったい何処からやってくるのかを知っているので当たり前である。というか、文官たちのまとめ役がダナンであるため、下手すれば彼がその命令を実行させられる可能性すらある。新手のギャグなの?
ちなみに披露宴は無しである。アンディーヴァもダナンも面倒だと意見が一致していたし、なにより現国王である弟ですらまだ結婚していないのに……という外交的な見栄もあったからだ。
それでも何もしないのではつまらない、と。領主の屋敷でささやかながら祝いの席は設けられた。ダナンの両親だけでなく、義弟夫婦とふたりの義妹も自分を快く受け入れてくれたことに、アンディーヴァはわりと本気で安心している。
そして翌朝。
早朝の屋敷の前で、今まで見たこともないほどヨロヨロになっているダナンが王城へと向かうのを、宝石すら凌駕するほどの煌めく笑顔で見送るアンディーヴァの姿が目撃される。
その日はダナンの実家のパンが飛ぶように売れ、各地の酒場はかつてないほど賑わったのだとか。
◇◇◇
「アタシのかわいい義妹がこんなに騎士なワケがない」
「ところがドスコイッ!」
「これが現実なんですよ~、お義姉さま~?」
「護衛が付くとは言われたけれど、まさかアナタたちだとは。さすがのアタシでも見抜けなかったわ。あとローゼン、ドスコイだと変な掛け声みたいよ?」
「ところがどっこいッ!」
「びっくりするくらい素直ね? あの兄でこの妹がどうすれば育つのか――いや、よく考えたら女なのに騎士やってる時点で普通じゃなかったわ……」
領主夫人ということで王女を辞めても重要人物は辞められなかったアンディーヴァには、護衛としてふたりの騎士が側に控えるようになっている。
活発なローゼンとお淑やかなラベンドという双子の少女で、自分の義妹でもある。つまりはダナンの妹であり、それは円卓の騎士に抜擢されるほどの実力者に鍛えられた猛者であるという事実につながる。
「女の子が騎士になるなんて……お義父様もお義母様も、よく許してくれたわね」
「んー? いやお兄ちゃんがさぁ、前例が無いってことは、つまりお前らが世界初の女性騎士になるわけだなッ! って言っちゃったからさぁ~」
「基本的にお兄さまは自分が面白そうと思ったことは必ず実行してしまう人ですので。お父さまもお母さまもその時点で諦めましたよ」
「……まぁ、常識に囚われないのは充分に理解したけれど。だからこそのコレだと思えば、むしろ納得ね」
領主としての仕事をするのは初めてだったが、アンディーヴァはパパッと覚えてサクサクと処理を済ませてしまった。
もっとも、彼女が天才であることを除いても、各分野の担当者もバリバリ仕事をこなすタイプである。提出される内容は充分に吟味されており、ほとんどがただ許可を出すだけの簡単なお仕事であった。
そして、時間に余裕ができたアンディーヴァはダナンがこの地で行ってきた政策等々について記された書類に目を通していた。
初手から成功してそのまま使われているモノもあれば、試行錯誤の果てに封印されたモノまで様々である。しかし、アンディーヴァが注目しているのは成否などではない。
そもそもこれらの技術や制度を思い付いたことこそが尊敬に値すると考えている。
ついでに言うなら、当たり前のように領内で紙が使われていることも驚きだ。なるほど、王城で文官たちが普通に紙を使って仕事をしていたのはつまり、ここが出所か。
そして現在、彼女は夫の部屋に残されていた図面の中から“魔術式ハンティングライフル”なるハートを握り潰さんばかりにキャッチしてくれた代物を熱心に読んでいる。
もつひとつの“火薬式”というのもそうだが、これが完成した暁には戦争の常識は全て過去のモノとなるだろう。騎士の強さで有名な国で、その最高峰である円卓に座する人間が、騎士の存在を否定しかねない武器を思い付くとは。なんという皮肉だろうか。
「お兄ちゃんは騎士道精神かな~りキライだもんね。誇りを大切にすることは否定しないけれど、だったら尻拭いを他人に押し付けるなよって」
「そりゃあ……国の赤字をひとりで賄ってたらそうなるわよね……。まぁいいわ。好きにしていいと言われているんだし、これはアタシが研究しても問題ないわね。――さて、そろそろ時間かしら」
「はい。応接間までしっかりと護衛しますからね、お義姉さま♪」
「フフッ、大げさね。――ところで、アタシが代行してるのって、あくまでダナンの普段の仕事なのよね?」
「んー? そうだよ~。どうかしたの?」
「同盟国の外交官との打合せはどう考えても騎士の仕事じゃないと思うんだけど。――オイ、目ェそらすなコッチ視ろ義妹ども」
◇◇◇
「やぁやぁやぁ! キミがダナン君の奥さんか。初めましてこのクソアマ、おかげでボクが結婚しそびれてしまったじゃないか。そして久しぶりだね未来の義妹たち! 相変わらず貧相な胸だね、今晩あたりマッサージをしてあげようか?」
「それじゃあラベンド、私が両足を斬り飛ばすから」
「私が胸を斬り落としますね~♪」
「オイオイ、冗談はほどほどにしてくれよハニーたちいやマジでゴメン心から謝るから抜剣しないでほんとごめんなさいイヤイヤ待て待てそんなひとりでウチの騎士数十人ブッ飛ばすような化物に勝てるワケないだろいい加減にしろ! そこの人ッ! マジで助けてッ!!」
「なんだコイツ」
「はひへまひて。ひょふほゆういひはははひあいひほふひゃないは」
「奥歯折られてたけど大丈夫? 明日にする?」
「らいひょーふら、ほんらいはい。……ふぅ。治癒の魔術を覚えておいてよかったよ。さて、彼の価値を知ることができるぐらいなんだ、前置きをダラダラ展開する必要はないだろう? さっそくビジネスの話といこうじゃないか」
「わりと待たされたけれど。まぁいいわ」
どうしてダナンが外交官の真似事を? と最初こそ疑問であったアンディーヴァであるが、冷静に考えればあの莫大な赤字を国内流通だけでどうにかできるハズがない。他国との貿易による利益も含めてのダナン領の経済力なのだろう。
それはそれで問題だらけである。我が国の文官たちはいったい何をやっているのか。この状況の危うさを国王やほかの円卓の騎士たちは理解してないのだろうか? そういえば文官たちの代表みたいな仕事を夫に押し付けてるのそいつらだわ。理解してるワケねぇわ。
取引品目の内容は特に問題ない物が大半であり、どう考えても普通は貿易の目録に記載されないような問題しかないモノはそれほど多くない。存在することそのものがおかしいのだが。
「戦争起きる。そっちの騎士が他国の騎士を討つ。家族が遺される。そっちの騎士が引き受ける。強敵と書いてマブダチの精神論。もちろん国境を越えて。使用人も含めれば大人数。騎士道精神バンザイ。さぁ楽しい楽しい外交の時間だ! 知ってるかい? 外交官としてのダナン君の評判はとても高い。感情的な部分は徹底的に排除した、実利だけを天秤に乗せる取引は厄介極まりないが信用できるってね。実に素晴らしいことだ! ダナン君に、個人に諸外国全部回らせるとかバカじゃないの?」
「なんも言えねぇ」
「この国の“影”は飛び抜けて優秀みたいでね。内情はサッパリだけど……ウチの上もそうだけど、どの国も薄々思ってるみたいだよ。騎士王の国って、なんかおかしくね? ってさ」
「文官の代表が夫なだけよ。立場のある人間が出向かなければ、誠意も伝わりにくいでしょう?」
「ふむ。そういうことに……しておこうか。彼の場合、薮蛇どころかドラゴンが出てくるかもしれないからね。まぁいいや。とにかく、そちらの騎士様のお情けに預かった人々の移動についてくれぐれも宜しく頼むよ。火種を欲しがる連中には垂涎の的だろうから」
「安心しなさい。夫に指揮権のある騎士たちについては優秀だから。ただ……結局ダナン領で引き受けることになるなら、最初からウチに預けてほしいのだけど」
倒した相手に敬意を表して遺族の後見人となるのはいい。問題なそのあとの行動だ。結局のところ、円卓の騎士たちの最優先事項は王であり、他国の人間はどうしても後回しにされてしまう。
領民たちも事情が事情なので、なんとか彼らの助けになろうと頑張りはするのだが……如何せん、先立つモノがないのである。貴族たちですら治安維持のために抱えている兵士たちの給料をギリギリ払えていたりいなかったりという始末だ。
するとどうなるか。困った時はダナン様の出番である。どうやらこの国の経済的致命傷は民衆レベルで知られているらしい。しかし国王と他の円卓の騎士の耳には入らない。そんなバカな。
「その辺りの流れは我々の知るところじゃないな。なんとなく察しは付くけどね。どうせ派閥争いとかその手の話なんだろう? 別に移り住んだ人々がまっとうに生活できているのなら、どの騎士様のどの領地だろうと関係ないね」
その後、せっかくだから屋敷に1泊させてもらおうかな~などとほざいた外交官を義妹たちが文字通りの意味で蹴り出して1日の業務は終了した。
今日の出来事に限らず、ダナンの妻としての生活の中で、あまり知りたくなかった自国の惨状を次々と知ることになったアンディーヴァ。
もしも時間を遡ることができるのなら、ろくに国の実態も調べずに革命家気取りでいる自分を殴ってでも止めてやりたい気分である。いや、でもそうするとダナンと知り合う機会が無くなって国と心中するハメになる可能性が……?
だがしかし。
考えようでは今の立場は悪くない。なにせ夫はこの国の影の支配者と言っても過言ではないのだ。その妻であり、資金源である領地の運営について任されている自分はまさに黒幕。
だいぶワケのわからない回り道になった気もするが、何気に欲しかったモノを――この国を手に入れたも同然である。
「もう少し……情報を整理したいところね。この国に夫の味方となる人間がどの程度の規模で存在するのか。こんな――ひとつの領地で国全体の延命なんて不健全な状態、いつまでも続くワケがないし。早めになにか考えないと……」
◇◇◇
「代行殿、よろしいですか? どうか、どうか落ち着いて聞いてください」
「その前フリだけでもうイヤな予感しかしないけどわかったわ」
肩書きとしては王国の、実態としては完全にダナン個人に仕えている影たちに依頼して集められた“ダナン派”の貴族たちとの会合は実に重苦しい空気で始まった。
彼らの態度にアンディーヴァを侮るような色は一切含まれていないのだが、その態度がむしろ彼女に不安を抱かせる。自分にとって、ダナンにとって悪い話ではないのだろうが、それはつまり、またひとつ王国の残念な姿を突き付けられることでもあるからだ。
「……例えば、いえ、例えではなく歴とした事実なのですが、その。戦争に関する話なのですが」
「戦争、ね……我が国で1番の出費の話なのかしら?」
「まぁ、そうとも言えます。えー、アレです。円卓の騎士の皆様も、それに近しい者たちも、戦場で果てるのは誉れである……みたいな考え方をなさるでしょう? ですが、軍全体がそんな価値観を持っているワケではないのですよ。誰だって望んで死にたくなどありません」
「当然ね。アタシが騎士とかいう存在を嫌う理由のひとつだもの」
「残念ながら代行殿、貴女だけではないのです。当然の権利のように命を消耗する指揮官になど、誰だって従いたくありません。命令だから、逆らうという選択肢が許されないから従うだけです。兵士にとって良い指揮官とは、自分たちの命を守ってくれる指揮官のことなのです」
「えぇ、もう話の流れがだいたいわかったけど一応続きを聞かせてくれる?」
「じゃあもうぶっちゃけますね。兵士たちはダナン様以外の円卓の騎士たちのこと、メッチャ嫌ってます。逆にダナン様に対しては信仰レベルで敬ってます。そりゃそうだって話ですよ。だってダナン様が出陣なさった戦場、生還率100パーなんですもん」
「我々はまだいいんですよ、貴族だから多少の融通ききますんで。皆、息子の初陣はダナン様の指揮下に配属してもえますから。適当に……なんかこう、子守りを円卓の騎士様に頼むのは~とか言っておけば勝手に納得してくれるんで」
「ウチの旦那も円卓の騎士なんだけど?」
「代行殿、兵士たちの間で流行っているジョークにこんなものがあります。サー・ダナンを円卓に数えるのは名誉か不敬かどちらだろう……と」
◇◇◇
その日の夜。ふたりの義妹に見守られる中、満天の星空の下でアンディーヴァは頭を抱えて今後のことについて考えていた。
父がまだ国父ではなく陛下あるいは騎士王と呼ばれていたころから、玉座が弟の物となり円卓の騎士たちもまた世代交代が成されても。領地を拡大し護り続けてこれたのは、彼らの働きがあってこそなのだと思っていた。
好き嫌いは別として、少なくとも彼女はそう信じていた。自分がこの国の支配者として君臨することになったら、自分だけの騎士団を結成するつもりでいたくらいだ。
それが、この有り様である。貴族たちの話から判断するに、もはや円卓に人々を惹き付けるようやブランドとしての価値は無くなっているのだろう。
「マズい。これはとてもマズいの。ねぇ、アナタたちにもわかるかしら? ライナロットもヴェインもガルフォードもバシバルも皆とても強いのよ。それこそ巨人タイプの魔獣と正面から戦えるくらいには規格外なのよ。でもね? どれほど優れていても戦争は個人の力でどうにかなるようなモノじゃないの。そんなこと、素人のアタシでも知ってんのよ。……ちゃんと理解できたのはダナンに嫁いでからだけど」
「ひとりの兵士が戦うためには、10人の後方支援と100人の民衆の支えが必要なんですね! そうお兄ちゃんが言ってました!」
「素晴らしい回答ねローゼン。ご褒美に金平糖をあげるわ」
「わーい!」
「ハイッお義姉さま! ほかには食料や医薬品など、色んな物資を充分な量確保することも大切ですよね!」
「金平糖欲しいの?」
「フフッ、ありがとうございますお義姉さま」
「いや、別にいいけれど。ともかく、強すぎるが故に下級騎士や一般兵士たちのことがちゃんと見えていないのは大問題よ。名誉の負傷だろうが戦死だろうが、フォローがいい加減じゃあ誰だって不信感を抱くに決まってるじゃない」
「むむむ! フォローがいい加減だなんて、それは聞き捨てならないよお義姉ちゃん!」
「そうですわ! 重症を負った方には秘密裏に取引のある女神教国の見習い聖女の皆様にバッチリ治療して貰えるよう手配しておりますし、遺族の方の生活についても抜け目なく支援しておりますわ!」
「お兄ちゃんが!」
「お兄さまが!」
「知ってんのよそんなこたァ! 国中からの嘆願書が全部アタシんとこ届いてんだから知ってんのよそんなこたァッ! バッカじゃないの!? 円卓の騎士どもバッカじゃないのッ!! 自分の領地も満足に面倒見れてないクセに王城でふんぞり返ってんじゃねぇわよッ!!」
ダンッ! と拳でテーブルを叩く音が響く。
彼女にとって円卓の騎士たちとは“弟を守護する目障りな騎士ども”という評価であったが、それなりに認めてはいた。それが今では“国に巣くう害虫”という認識にすっかり変わってしまった。
いくらなんでも酷すぎる。どうしてこうなった? こんなバカどもが運営する国家がどうして続いている? あまりにも現実が見えていなさすぎる。
そのクセに騎士としての理想については頑なに――あ。もしかしてそういう?
「理想」
「「はい?」」
「たぶん、原因のひとつは愚弟とバカどもが理想を追い求め過ぎたことにあるのかもしれないわ。人々の導き手として、理想の騎士たる振る舞いを求めるうちに――理想を求めることそのものが目的になってしまったかもしれない……」
「あ~、手段と目的が入れ替わっちゃった的な」
「なるほど~。それならお兄さまが嫌われるのも納得ですね~。お兄さまは理想なんてクソ喰らえとか言ってましたし」
「最初はここまで極端じゃなかったハズ――いや、やっぱり自信ないわね……。父が、そして先代の円卓どもがまともなら、ダナンの負担はここまで大きくないでしょうし。つまり、弟が騎士王を継ぐ前から――父の世代から手遅れだった可能性が?」
アンディーヴァの顔から一切の表情が消える。そして。
「…………ウッソでしょ」
両親に疎まれ、いや純粋に私を嫌っていた父親と違い母親のほうは弟を愛するあまり娘のことが見えていなかっただけ……いや、それもそれで充分ムカつくけど。
ともかく、才能を発揮する機会に恵まれなかっただけで、アンディーヴァという人間は――自分で想像していたよりも――優秀な人間であった。故に気が付いてしまう。
記憶の断片から……父親の時代から、すでに色々と破綻していたことに気が付いてしまったのだ。1番わかりやすいのは弟にも見事に受け継がれたキメ台詞「なんとかならないか?」であろう。
そのひと言であらゆる問題を精神論でゴリ押しかましていた姿を、まだ無知であった自分はアレがカリスマというものか、いずれは自分がそれを、などと考えていた。
頭が……痛い……ッ!
あの日から――ダナンに真実を聞かされてから頭を抱える回数が桁違いになってしまった。
「……革命は論外。国父も騎士王も円卓も、個人としての戦闘力は侮れない。仮に成功しても、外交面でのリスクが高過ぎる。ダナンとの繋がりのある同盟国ならワンチャンスあるかもしれないけれど、純粋な敵対国――特に北の魔女モルガナは確実にアウトでしょうね。あの国は昔からコッチを征服する気まんまんらしいし」
「ある意味繋がりあるけどね、モルガナさんとお兄ちゃんは」
「あの人が使う魔術……破壊魔術、でしたっけ? かなり危険な魔術だと言われていますが、お兄さまは技術と善悪と正義は別物って考えの人ですから。なので前に戦ったときにお兄さまが褒めたんですけど……顔を真っ赤にして照れてましたね」
「アレは見てて面白かったよね。たしか『こ、このくらいの魔術どうってことないしッ!? ででででもッ! そ、そ、そんなに気になるっていうならッ! 1度くらい私の国にあそ、あそ、び、遊びに来ても許してやるわよッ! 歓迎してやらなくもなくもないわよッ!?』って感じで」
「よっしそのアバズレはぜってぇブッ飛ばす。……ゴホンッ! とにかく、建前としてだけでも内部で処理しないと複数の国を相手に戦争するハメになるわ。理想としては――弟たちを上に座らせたまま、秘密裏に国家の運営を……お、おぉ……うッ」
「お義姉ちゃん、それ……」
「あまり、いまと……」
「お願い。それ以上、言わないで。……なんというか、野心に燃えていた過去の自分が哀れに思えてきたわ。こんな、まさかこんな形で国の実権を手に入れるなんて」
この国を手に入れたも同然、どころではない。
事実としてこの国の未来が自分の手の上でギリギリのバランスを保っているのだ。
父に、母に、そして弟に対する感情が急速に冷えていく。渇望していたものが思いがけない形で手元に転がり込んできたことによる“燃え尽き症候群”のようなモノなのかもしれない。
たが、彼女に立ち止まっているヒマなどないのだ。国の帳簿が火の車なのは大問題だが、地方の領地ひとつで賄えている程度なのだから完全な手遅れではない。……そう考えたほうが心の健康にいいだろう。
――この国を、民を守護らねば。
保身のために王族であることを棄て、打算の愛(少なくとも本人はそう主張している)を選び生き延びることを優先したというのに。理想しか見えていないアホどもに代わり、私がこの国で生きる人々を導かねばならない。なかなか面白い皮肉だ。
夫は……今まで頑張ってきたんだし、まぁ、その。ここは妻である私がメインとして気合いを入れるところだろう。必要だからね。必要だからそうするだけだからね。仕方ないわね。
ともかく、そのためには生け贄が必要だ。結束力を高めるための標的が、皆が手を取り合って戦うべき共通の敵が必要なのだ。
「……愚か。いや、哀れなのかしら。きっと、アナタたちの理想を信じるだけで疑わなかった者たちにも責任はあるのかもしれない。けれど、彼らは気付いたわ。それが……アノ人に与えられた答えだとしても、よ。そして、アナタたちにもチャンスはあった。何度も、円卓の騎士ダナンは何度も警告をしたというのに」
ほんの数秒。瞳を閉じて祈るアンディーヴァ。
「いいわ。そのままアナタたちには道化になってもらおうじゃない。穏やかに、確実に追い詰めてあげる。幸せな夢の世界を漂い続け、そのまま幻想に埋もれて溺死しなさい」
後編へ続く。