幸せの国
ここは誰もが楽しく、平和に暮らせる楽園だった。皆、毎日おいしい食べ物や寝心地の良いが与えられ、口を揃えて「幸せ」と言うのだ。しかし、そんな楽園に居ても悪行を重ねる人間は後を絶たなかった。そこでこの楽園を創ったF氏はその悪人と話し合う場所を作った。それを作ってから悪人も、皆幸せと言うのであった。
ある時、そんな環境に納得のいかない男がいた。皆が幸せと言えるこの環境こそが、男にとっては苦痛だと思っていたし、男はなんとも言えない違和感を抱えていたのだ。いつかこの国の裏側を暴いてやると、男はたった一人で大きな事件を何度も起こした。強盗、殺人、誘拐。平和に慣れていた人々は、この事件で大きな混乱を招いた。そして男の望み通り捕まり、例の場所へと連れていかれた。
「何でこんな事をするんだい」
男の目の前では優しい顔つきの男、F氏がそう問いかけていた。
「皆幸せなんて幻。ありゃしないってことをあんたたちに見せつけるためさ。俺はさっきしてきたことが幸せなんだ。誰かが幸せになりゃ誰かが不幸せになるのが世の道理ってもんだろ?」
挑発的な態度にも屈しず、F氏は男に話しかけ続けた。
「生まれつきの悪党なんていないのさ。ここは自由、皆を幸せにするものしかないんだよ。じゃあ君も楽しく生きていけるはずだよ」
これ以上は何も進展はなかった。男は一向として話を聞こうとせず、F氏は構わず話続ける。数時間の対談の後、痺れを切らしたのはF氏の方だった。
「…じゃあ分かった。君はとある更正施設に行ってもらう。なあにここと大して変わらない場所だ。むしろここよりも自由の限りを尽くせる」
ほら、結局裏があるんだ。男はその言葉を心に留めながら更正施設とやらに行った。
そこは何も無い平野だった。衣食住は充実しており、人との会話も自由に出来る、だけの平野。それは、ここにあるものだけを使って、何でもしても良いという事を示していた。男はそんな所に早々不快感を覚え、会う人会う人を常に殴っていた。それでも人々は寄ってくる。笑顔で、それも男が嫌いな憎たらしい程の幸せな笑みで。男はストレスが溜まる一方だった。そんなある日、一人の来客が男を尋ねた。また殴ってやろう、そう思い来客に会うと、来客はこんな事を言った。
「こんにちは、あなたに息子を殺されたものです」
腕がピタリと止まった。「そんな事は関係ない」そう心の中で言い聞かせ、来客を殴った。来客は謝り、そして捨て台詞のように
「ありがとう」
と言い帰った。次の日は強盗の被害者が、そして次は誘拐の被害者が、男の前に現れた。生まれつきの悪党はいない、という理念を押し付けられている気分になり、男はその来客全員を殴った。そして来客は
「ありがとう」
この言葉を言い残し帰るのだ。
数ヵ月後、F氏は男の様子を見に行った。
「どうです、調子は」
F氏の問いに男は力なく答えた。
「お願いだ…罪を償わせてくれ!悪行を重ねて感謝されることがこれほど苦痛な事だとは思わなかった…」
F氏は微笑み、「幸せにするもの」を懐から取り出した。
「安心しなさい。今、償わせてあげよう。どうだね、これで皆幸せだろう?」
鈍い音が、辺りに響いた。