92.季節はめぐる
――そろそろ、学園祭の時期がやってくる。
気づけばそれも三回目。
二年に一度の剣術大会は無い年だから、これが終われば卒業に向けての準備となる。
一年前は、特別な年でもあり来賓も錚々たるメンバーだった。
まあ、独断で婚約破棄騒動を起こしたエルネストの尻拭いのせいで、否応無くそうなってしまったのだけど。随分と前の出来事のように感じる。
今年は例年通りの、学園祭とダンスパーティーになりそうだ。平穏な学園生活を送れるている今、気負うものは何もない。
ただ……。
ノアが居なくなってしまったことが、私の気分を重くしていた。
ちょいちょい都合で、存在を消して動くノアだが、何だか今回は胸騒ぎがする。
例の島国の件で動いているため、心配はいらないとカルロスは言うのだけれど……あの緑髪の天族の言葉が、頭から離れない。
「ベアトリーチェ様に選ばれる方が羨ましいですっ」
急に自分の名が耳に入り、ハッととして顔を上げた。隣に座ってケリーを撫でまわしていたアリスが、口を尖らせるようにして言ったのだ。
「ダンスパーティーのエスコートしていただく、パートナーのことですか? ん……? 今、羨ましいって言いましたか?」
コクリと頷いたアリスは「私が男性なら良かったのにっ」と口惜しそうに答えた。
う、うーむ……。
最近のアリスは、確実に変な方向に走っている気がする。エルネストが聞いたら、ガッカリと肩を落とすのではないだろうか?
「アリス様には、エルネスト殿下がいらっしゃるでしょう?」
「それはっ! そうなのですが……」
私の言葉に、ポッと頬を染めるアリス。
なんだかんだ、やはりエルネストが好きで仕方ないのだ。素直なアリスは、とても可愛らしく見える。
あれだけダンスの練習をしていたのだから、きっと上手に踊れるだろう。
「ベアトリーチェ様とダンスしたいのは本当ですから!」とアリスは真剣に言う。
いや。そこ気にしてないし、大丈夫だから。
「ロラン様やキーラン様が有力でしょうか? それとも、公平にオリヴィエ様が?」
アリスは私の相手が気になるのか、まだ食い下がる。
「多分ですけれど、オリヴィエに頼むと思います。それが無難ですから」
一応、学園祭なので、このダンスパーティーは生徒のみ参加資格がある。
本当の社交界ならパートナー有り無し、相手次第では醜聞に関わる場合があるが。あくまでも今回は学園行事。
昨年みたいな騒動でもない限り、さして心配するような問題は起こらないだろうが。
パートナー無しで参加することも可能ではあるが、やはりそこは貴族社会。見栄え的にも、相手がいるに越したことはないのだ。
婚約者のいなくなった私は……。
第二王子との婚約白紙は、多少の枷にはなるが、公爵令嬢という立場に大きな変化はない。
そのせいか、それなりの爵位がある令息などは親から後押しされたのだろうか、私の地位狙いだけで寄ってくる者が多くなった。
私宛に何通も届く手紙は、片っ端から断りの返事を出している。
面倒だから、婚約者のいないロランやキーランに頼んでも良いのだけれど。後々、周囲が騒がしくなるに決まっている。
まあ、一番の問題は生徒ではないカルロスなんだけどね。絶対、エスコートをやりたがる気がする。納得してもらうには、親族がベストだ。
ノアが居ない今、カルロスが暴走したら誰もが止められないもの。
アリスに撫でられながら、ケリーは片目を開けて「ニャ〜」と鳴いた。訳すなら「だよね〜」だろう。
「アリス様のドレスは、エルネスト殿下が?」
「はい。楽しみにしていてほしいと言われました」
アリスには、去年の記憶がない。そのあたりも考慮して……エルネストは今のアリスに似合う物をセレクトするだろう。
さて、私はドレスをどうしようかしら?
◇◇◇◇◇
「私がビーチェに贈るに決まっているだろう」
ジゼルが紅茶を足してくれ、ミルクを入れようとしていた手を思わず止める。
何を当たり前なことをとばかりに、カルロスは言った。
魔王城でのティータイム。
その中にノアの姿がないのは、寂しいが。
「エスコートはオリヴィエに頼むつもりですし、新しいドレスは必要ありません。手持ちのドレスで良いかと思っているのです」
公爵邸には、まだ公で着ていないドレスが沢山ある。昨年は、お父様から贈られた赤いドレスだったが。
あれには、ノアが一枚噛んでいた気がしてならない。
「何を言う。ビーチェのパートナーは私だ。エスコートも当然私だろう」
「……あのですね、ダンスパーティーは生徒のみ参加ですが?」
「ならば、私が生徒になればよかろう? それとも、教師も参加にルールごと変えるか?」
………はい、嫌な予感的中です。
「魔王様。僭越ではございますが、少々よろしいでしょうか?」
ジゼルはカルロスに向かい、物怖じしないで言った。
「構わん。話せ、ジゼル」
「ありがとう存じます。生徒としてお嬢様のパートナーになりますと、周りから注目され噂の的となるでしょう。その際、公爵家で身元をお調べする事態になります。それでしたら、端から公爵様に認められていらっしゃるカルロス先生として、パートナーに申し込まれた方がよろしいかと」
「うむ。では、学園の規則を変えよと?」
「はい」と、ジゼルはお辞儀した。
「ちょっと、そんな勝手にっ!」
慌てて止めようとするが、二人は視線を合わせ口角を上げる。
あー、この顔は何を言っても聞かなそうだ。
「うん、ヒナ諦めよう!」とキーラン。
「そうだ、魔王様はノア以外には止められん」
ロランも、諦めろとばかりにポンポンと私の肩を叩いた。
「……ロランはどうするの?」と、恨みがましく聞いてみた。
「俺はダンスは踊らないから、誰とも組むつもりはない」
キッパリとロランは言いきる。
ん? 確かに、ダンスパーティーでロランが踊るのは見たことがない。
けれど、この城でみんなで踊ったのだのだから――踊れないじゃなくて、踊らない?
ああ!? もしかして!
チラリと横目で見れば、ちょっとだけジゼル口元が緩んでいる。なるほど。ロランが踊りたい相手は一人だけなのね。
「では、キーランは?」
「俺は、ミレーヌ嬢を誘ったよ〜」
「えっ!?」
まさか、もうパートナーを決めているとは思わなかった。
「あはは! 驚いた? ミレーヌ嬢とは利害が一致してるからね」
「……利害って」
「ミレーヌ嬢も偽りだし、俺もそうだから後腐れないでしょ。あ、もちろん正体はバラしてないからね。ちょっとだけ、知ってることを話しただけだから」
キーランは、ニコニコとお菓子を口に放り込む。なんだろう、そのちょっとだけが気になるわ。
監視者のミレーヌがそれを受けたのなら、問題はないのだろうが。キーランに想いを寄せる令嬢達が、大騒ぎしそうだわ。
一波乱起きないといいのだけれど……。




