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90.デートのはずが

 ――義兄がこの世界を去ってから、暫く経ったある日。


 学園の連休を利用して、公爵邸へ帰省していた。

 べつに用事があった訳ではない。ただ、無性に今の家族に会いたくなったのだ。ホームシックに近い感情。それだけ義兄の存在は、私の中で大きくなっていたのかもしれない。


 久しぶりの家族揃っての晩餐。

 私とオリヴィエが帰って来たのを喜んだ料理長が、腕を振るったメイン料理にナイフを入れた時だった。


「ベアトリーチェ。学園での生活は楽しいか?」

「はい。とても充実した日々を過ごしております」

「その……なんだ。素晴らしく優秀な保健医が、いるらしいじゃないか?」


 ――んん?


「ええ、カルロス先生ですね」

「ああ、そんな名だったな」


 はて? お父様は、何故そんな白々しく尋ねてきたのかしら?


 勇者レンの帰還の日に一緒に会っているし。

 そもそも、カルロスが他国のお忍び王太子だと知っているではないか。……設定だけど。


 首を傾げていると、コホンッとお父様は咳払いをする。


「ベアトリーチェ。私達は、お前が望むなら……精一杯応援するつもりだ。それが教師でも、他国の者であっても、だ」


 お父様の言葉に、お母様もオリヴィエもうんうんと頷いている。

 そこでやっと、カルロスと私の間に何かがあるのだろうと考えていると気がついた。お父様はずっと、私がエルネストと婚約解消した事を、気に病んでいたのかもしれない。


「お父様、ありがとう存じます」


 私の幸せを願ってくれる家族という存在が有り難く、とても嬉しかった。流石に、カルロスが魔王だとは言えないけれどね。



 ――その翌日。


 まさか、カルロスが公爵家にやってくるとは、想像もしていなかった。


 ええ、ええ、デートの約束はちゃんと覚えてましたよっ。でも、またなんでこんな突然にっ!


 にこやかに迎えにやって来たカルロスは、お父様とお母様に丁寧に挨拶をした。お母様は、初めて会ったカルロスの美貌に、少女みたいに瞳を輝かせている。


 貴族としての手順をまるで無視の流れに、呆気にとられたが……どうやら、私以外は全員知っていたようだ。

 道理で。朝からの身支度に、いつにも増して侍女達の気合いの入りようが凄かった。


 完全に、やられたわ。



 ◇◇◇◇◇



 馬車を見送った公爵夫妻は、使用人らを下がらせて、二人きりの時間をゆるりと過ごしていた。


「ベアトリーチェが、国外に行ってしまったら淋しくなりますわね」

「娘の……あんな表情を見せられたらな」


 魔塔で、ベアトリーチェの涙を愛おしそうに拭う、王太子カルロスを目撃した。

 それを、見詰め返すベアトリーチェもまた……。


 自国の王子や貴族に嫁ぐのとは訳が違う。だからこそ、妻に伝えた。

 やはり、社交界を掌握しておかなければならない公爵夫人としても、ベアトリーチェの母としても……この事実は、話しておくべきだと思ったのだ。

 

「私たちも、子離れしないとですわ」

「ああ、そうだな」


 しみじみと言ったドルレアン公爵の手に、白く綺麗な手を重ねた妻は優しく微笑んだ。



 ◇◇◇◇◇



 ミュレー男爵領まで、てっきり転移で行くのだと思っていたが。


「……珍しいですね、馬車で向かうだなんて」


 嫌味のひとつでも言いたくて、わざとそんな風に言ってみた。


「デートだからな。馬車での移動も悪くない」


 まるで気にも止めないカルロスは、私の髪に触れる。表情は変わらなくとも、どことなく楽しそうだ。

 まあ、確かにカルロスにとったら、馬車での移動は新鮮なのかもしれない。

 そもそも、魔王が馬車に乗っているイメージなんて全くない。必要がないのだから、当たり前だ。

 

 ふと視線を感じると、向かい合わせではなく隣に座るカルロスが私をジッと見詰めていた。

 目が合うと、破壊力抜群の美しい笑顔を見せる。


 ……くっ!


 白衣姿でも、魔王っぽい服装でもなく、ましてやガウン姿でもない。上流貴族らしい気品ある服に身を包んだカルロスは、正直カッコ良すぎて直視出来なかった。

 ん……いや、ガウン姿は別の意味で直視出来ないのだけど。


 とにかく! 揺れる馬車の中で普段とは違う距離感に、私はどぎまぎしっぱなしだった。

 



「到着したようだ」

 

 馬車が停止し、先に降りたカルロスは私に手を差し出した。

 とてもスマートなエスコートに、見惚れてしまいそうになるが……悟られるのはシャクなので、私自身も優雅な仕草で手を乗せ、馬車から降りた。

 

「……すごいっ!」


 息を呑む光景に、つい感嘆の声が出てしまう。


 男爵領の外れのその場所は、全く予想だにしない風景が広がっていたのだ。

 そこは、まるで金色の海原のようだった。日の光で輝く黄色い花々が、風が吹くたび波打っているみたいに見える。

 

 カルロスは、御者に馬車を日陰まで移動させ、待機するように命じた。

 そして、私の手を引き花の海原の中へ進んでいく。


「どうだ? ビーチェ」

「とても、素敵です……。男爵領にこんな美しい所があったなんて」


 私の当初の希望としては、アリスの育ったミュレー邸近くを探ってみたかった。アリスに憑依したのが、そこではないかと踏んでいたからだ。


 けれど、カルロスは純粋にデートで私を楽しませてせてくれようとしている。

 繋がれてた手から感じる温もりに、ドキドキしつつも自然と頬が緩んでしまう。


「ああ、確かこの辺りだった」

「……え?」


 カルロスは足を止めて振り返ると、繋いでいない方の手が私の頬に触れる。


「ここで初めてビーチェを見たのだ」


 熱を帯びた視線を向けられ、ドクンと大きく胸が鳴った。


「私には……過去の記憶はありません。それでも、私でいいのですか?」


 繋いだ手に力が入ってしまう。

 私を本物だと言ってくれるが、私自身にはその確信がないのだ。カルロスを失うのが怖いのに、安心を求めてつい聞いてしまう。


 ギュッと掴んだ手を引かれ、カルロスの胸にすっぽりと収まる。


「其方でなければ、駄目なのだ。何度、誰に生まれ変わろうと、私の気持ちは変わらない。だから、ビーチェに印を……」


 そこまで言ったカルロスの腕に力が入ると、一気に緊迫した雰囲気に変わる。


「ビーチェ、私から離れるな」

「――え?」


 大きな羽音が響くと、ゴォォ――ッと強い突風に見舞われた。


『あはは! 魔族に寵愛される人間だって? なんて滑稽なんだろう』


 そんな言葉が上から降ってくる。

 澄んだ美しい声なのに、私の全身は粟立っていた。


 


 



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