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83.足止めってことね

 ――ここはどこ?


 確かに私は庭園に向かって転移したはずなのに、何故か林の中だった。

 もしかして、転移に失敗した――。いや、そんなことはないわ。

 もう一度、渡り廊下を思い浮かべ、転移しようとしたが……躊躇した。意味もなく、こんな場に着いたとは思えない。


 私自身が場所を誤ったのでなければ、何かの力が働いたとも考えられる。今回は、鎖骨下に熱は感じない。


 取り敢えず、場所を把握しようかしら。


 木の枝や草で制服を傷つけないように、気をつけながら進む。靴が汚れてしまうのは諦めるとしよう。


 ほんの少し歩けば、すぐに宮殿の裏門が見えた。

 いくつかある裏門のうち、聖女の離宮に程近い門だ。門番が二人立ち、出入りするのは使用人のみの閑散とした場所。アリスが使う入り口はここではない。

 

 はぁぁ……ますます転移した理由が解らないわ。

 

 林から出ようと隣の木に手をついて、大きな根っこをまたごうとした時だった。人の気配を感じ、そのまま木の後ろに隠れて息を殺す。


 二人の男女がこそこそとやって来た。耳をすませば会話が聞こえる。

 内容は……使用人同士の逢瀬といったところだ。侍女の方が家柄が良く、色々な障害を乗り越えようとする使用人同士の秘密の恋。


 チラッと覗き見れば、侍女と従僕が見詰め合い、手を握り合っている。


「次はいつ会えますか?」と真剣に尋ねる男。


「明後日には……。ああ、私はもう戻らないと」


 そう言って手を離した女は、名残り惜しそうに何度も男を振り返りながら去って行く。


 ロマンチックだけどねぇ……うぅ〜ん。

 

 ガサガサと遠慮なく前に出ると、取り残された男に向かって声を掛けた。


「ちょっと、レイモン。今のは何?」

「……うわっ! ベ、ベアトリーチェ様!?」

 

 突然、木の後ろから現れた私に、従僕の制服を着たレイモンが後退った。

 慌てて自分の口を押さえたレイモンは、辺りを確認するかの様にキョロキョロする。


「大丈夫よ。結界張ったから」

「……そうですか」と、レイモンは安堵する。


 侍女が見えなくなったのを確認し、声をかける直前に隠蔽魔法付きの結界を張った。レイモンを逃がさない為でもあるが、周りを警戒しての事だ。


「あの侍女は、マルグリートよね?」

「はい」

「で、あなた達は恋人同士……ではないわよね」


 言い切る私に、レイモンは心外だといった顔だ。


「あれ、変だなぁ。そうは見えませんでしたか? 結構な熱演だったんですが」

「相手が、あなたじゃなければねっ」

「あ〜、そうですよね」


 何を納得しているんだか。

 そもそもレイモンが、宮廷の使用人になった話は聞いていない。寧ろ、お父様の下で諜報員として動いているはず。


 つまり……。


「マルグリートは、情報提供者?」

「流石、ベアトリーチェ様!」

 

 混乱して、頭が痛くなってきた。


「ちょっと待って……。じゃあ、監視対象者って」

「アリス様の家庭教師ですよ」

「ねぇ……そんな簡単に、私に教えていいの?」


 諜報員としてはダメだろう。


「僕は、ベアトリーチェ様に誓いを立てたのですから。嘘は申しませんっ」


 当たり前だと言わんばかりに胸を張るレイモンに、苦笑してしまう。さっき、手を握り合っていたのは、小さく折り畳んだメモを渡していたそうだ。


「あの家庭教師は、何者なの?」

「ただの貴族のご令嬢で、数年前に学園を卒業した成績優秀者です。問題は、彼女の推薦人が王妃殿下であること」

「……それは、変ね」


 私の言葉にレイモンは頷いた。

 レイモンは、彼女の外見については知る由もないだろう。


 この国の王妃――三人の息子を持ち、幼い頃からエルネストを溺愛し、甘やかした張本人だ。第一王子を王太子として王太后に取り上げられ、淋しさ故の歪んだ愛情。

 エルネストの側近を国王陛下が総入れ替えをしてから、王妃はエルネストの教育に関わっていないはず。


 ここ数年、持病が悪化したと表舞台に出てこなくなった。私が会ったのも、エルネストと婚約していた時に、宮廷で開かれたお茶会が最後だ。


 それなのに、聖女アリスの家庭教師を推薦したとは……。急にどうしたのだろうか?

 可愛い息子の嫁を、しっかり教育したいから――そんな単純な理由だとは到底思えない。


 だから、レイモンなのね。


「マルグリートは信頼に値する人物ってことね?」


「はい。彼女は、僕が勇者の妹としてダンテス家に行った時、何度か接触しました。かなり、優秀な令嬢です」


 ダンテス伯爵は人が良すぎるので、伯爵家を守る役目は娘達の仕事だったらしい。長女が結婚し婿を迎えたので、マルグリートは外へ目を向けたそうだ。


 お父様から今回の話を受けたレイモンが、もともと宮廷侍女だった彼女を、アリスの侍女にと推薦した。

 そして、マルグリートはお父様とノアに認められたのね。アリスに関しては、ノアが常に関わっている。

 

「今のところ、特に問題は無さそうですよ」

「そう。わかったわ」

「では、僕は仕事に戻ります」


 結界を解除すると、レイモンは従僕らしく挨拶し素早く林を出て行った。自分の身分証明書を門番に見せ、使用人として当たり前のように中へと消えた。


 ――なるほど、そういう事か。


 レイモンとマルグリートの接触を、わざと私に見せたのだ。

 私の性格を良く知っていて、転移先を変えるなんて芸当が出来るのは、魔眼を持つ者だけ。カルロスならこんな回りくどいことはしない。


 考えられるのは……


「キーラン、居るんでしょう?」


 林の中に向かって声をかける。


「ニャア〜」


 木の上からケリーの鳴き声が聞こえた。クルッと回転して着地すると、そのまま私に向かって飛んだ。

 すぽっと、腕の中に入ったケリーにニッコリ微笑む。


「ケリー、訊きたいことが山ほどあるの」


 こうまでして、私を『ビーチェ』そっくりの家庭教師に会わせたくない理由を、しっかり聞かないとね。

 驚くほど冷静になった自分に笑ってしまった。

 

 私が今向き合うべきは、あの家庭教師ではなくて――カルロスなのだと。




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