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82.お悩み相談

「こちらのベンチに居るなんて、珍しいですね?」


 突然声をかけられ顔を上げると、そこにはレンが立っていた。やはり、相変わらず気配がわかりにくい。


「ええ、たまには気分転換で」


 愛想笑いで誤魔化してみる。学園内では他人行儀にしているので、不自然さはないだろう。

 

「何かあったのですね?」

「……え」


 唐突に図星をつかれ、言葉に詰まった。


「隣、いいですか?」

「……はい」


 ――今は昼休み。

 ただ何となく一人になりたくて、ケリーとの癒しの場所ではなく、レンと交換日記に使ったベンチに座っていた。


『遮音結界は張れますか?』


 少しの沈黙の後、周りには聞こえない小さな声でレンはそう言った。


 真剣味を帯びてはいるが、無理強いはしていない。断ろうと思えば断れる、そんな雰囲気だ。


 迷ったが……。

 黙って頷くと結界を張り、ついでに隠蔽魔法も施しておく。姿形が消えるわけではないが、風景と同化するかの如く、他人から意識されなくなる。


「日向。何か辛い事でもあった?」 

「――!?」


 何で分かったのだろうか? それに――。


「その呼び方……」


「やっぱり、見た目がベアトリーチェ嬢だと違和感あるかな? でも、さっきの表情は……何か思い詰めている時の日向に見えたんだ。違う?」


「……日向(わたし)を、よく知っているのですね」


 これは、決して嫌味で言ったのではない。純粋に驚いたのだ。


「そりゃそうさ。いつも見ていた。これでも、妹が出来て嬉しくてしょうがなかったんだから」

「その割には、コミュニケーションとるのは下手でしたね」

「うん。嫌という程、自覚はしてるよ」


 肩をすくめる義兄に、思わずクスリと笑ってしまった。


「やっと笑った」


 義兄はにかむと、優しい眼差しを私に向ける。 

 

「何かあったのなら、一緒に悩ませてほしい」


 ああ、私を本気で心配してくれているのだ。

 それがとても温かくて、甘えてしまいたくなる。言ってしまってもいいものか……悩みつつ、口を開いた。


「義兄さんは、人を好きになった事ありますか?」


「……え? ――えええぇぇっ!?」


 ズササッっと、ベンチから落ちそうな勢いで私から距離をとる。真っ赤になっているところを見ると、どうやら好きな人がいるみたいだ。わかりやすいな。


「な、何で急にそんなこと?」


「私、初めて人を……好きになったみたいで。もしかしたら、速攻で失恋の可能性もあるのですが」


「いやいやいやいや! それ、人じゃないよね?」


 うっ……。どうも、相手がカルロスだとバレているっぽい。


「ん? ちょっと待って。失恋て、意味わかんないんだけど!? どう考えても、両思いでしょうがっ」


「まだ、ハッキリとはしていないんです。ただ、私はビーチェではないのかもって」


 この前のぶっちゃけついでに、正直に話してしまった。せっかく幸せアピールしておいて、悩み相談をしてしまうなんて……本末転倒だわ。

 私は、こんなに弱かったのだろうか?


「ビーチェでなかったら駄目なのか? 日向でもベアトリーチェ嬢でも、むしろ別人だとしても魔王のパートナーは()()だろ?」


 懐かしい口調だ。

 ケンカした時だけやたら兄貴風を吹かして、私を「お前」と呼んでいたっけ。


「それにっ! あの魔王が、人……じゃなくて、魂間違えなんてする訳ないだろ」 


 ……確かに。


「でも、恋は盲目と言いませんか? ビーチェが好きすぎて、似ていた魂を()()と思い込んでしまったとか」


 目を瞑り考えを巡らせた後、義兄はキッパリと言った。


「あの、魔王にかぎってないっ! その上、ノア達がついているんだ。もし、他にビーチェがいるなら、ノアが絶対に知らない筈がないからな」


「ふふっ。義兄さん、ノアを信じているのね」


「いや! あの全てを見透かしていそうな、眼が怖いんだ。魔王より、魔王っぽい」


 至極真面目な顔が、とにかく可笑しかった。


「でもさ。その家庭教師、気をつけた方がいいかもしれないぞ」


「えっ?」


「だって、不自然だろ。血縁者とかで、ビーチェによく似ている――って程度のレベルなら分かるけど。本物と見間違う程そっくりな姿で、アリスに関わってくるなんて」


「まさか……バスチアン?」


 私の呟きに、レンは「そうだ」と頷いた。


「けれど、彼女の魔力を見たところ普通の火属性でした。バスチアンの……魔族の魔力とは異なります」


「そこは、よく分からないけど。だからって、完全に否定するのは危険だよ。その侍女といい、俺達みたいに上手く利用されている可能性だってある。いいか、石橋は叩いて、叩きまくってから渡るんだよ。何なら壊したってかまわない」


「え……そんなに?」

 

「それだけ、俺は日向が心配なのっ」


 きょとんとした私に、照れ臭そうに言った。


「キーランでも、ロランでもいい。何かあるなら、必ず誰かを頼るんだぞ」


「……ありがとう、義兄さん」


 そして、タイミングよく昼休みが終わる鐘が鳴った。



 ◇◇◇◇◇



 ――放課後。


 寮に向かっていた足を止める。

 昼休みに義兄と話して、だいぶ気持ちが軽くなった。


 だけど、やはりもう一度『ビーチェ』そっくりの、あの家庭教師を見てみたかった。このまま寮に戻ってからだと、絶対にジゼルも行くと言い出すだろう。


 一瞬だけ……見るくらいなら構わないわよね?

 

 もう私の足は、寮とは反対の方向に歩き出していた。

 周りに誰も居ないのを確認すると、あの日カルロスに連れて行かれた場所を思い浮かべ転移した――はずだった。


「……ここ、どこよ?」


 目を開けると、そこは宮殿の園庭ではなかった。




おまけ


 

 本当なら、「俺を頼れ!」そう日向に言いたかった。


 だけど、俺はこっちの世界にずっと居られない。ノアからも、時間があまり残されていないと言われてしまったのだ。中途半端に関わって、肝心な時に役に立たなかったら意味がない。

 

 教室に戻れば、キーランに声をかけられた。


「どうしたの、イライラしてる?」

「いや、してない」


 お前の魔王が俺の妹を悩ませてるんだぞっ……なんて言える筈もない。

 イライラしているのは、何も出来ない自分の不甲斐なさが原因だから。


「なあ、キーラン。妹を頼むな」

「もちろん!」


 短い言葉でも、キーランは全てを汲み取ったような表情をした。


 放課後。

 校舎を出たベアトリーチェ嬢の後を、尻尾を揺らした赤茶の猫が軽い足取りで歩いていった。


 ――頼んだぞ。


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