80.色々と気になります
……なっ、何なのよ――この状況っ!?
『ほら、ビーチェ……静かにしていないと見つかってしまうぞ』
背後からまわされたカルロスの腕の中、耳元でそっと囁かれた。物凄いイケボが、吐息と共に私の耳を刺激した。
うきゃぁぁぁー……!!?
全身がぞわぞわして、心臓が口から出てしまいそうなくらい、鼓動が激しくなってくる。
離れようと必死でカルロスの腕を押し返したが、ピクリともしない。寧ろ、さらにギュッと抱えられる。
どうにか振り返れば、満面の笑顔を浮かべたカルロスの顔がそこにあった。
慌ててパッと前を向き直す。カルロスは、完全にこの状況を楽しんでいるようにしか見えない。
くうぅ……。
相談する相手を間違ったぁーー!
◇◇◇◇◇
――遡ること、数十分。
結局、アリスの侍女マルグリートの事が気になり、放課後また保健室に来てしまった。
「ノアは、まだ学園に戻らないのですか?」
「まさか……ノアに会いたいのか?」
「えっ? 会いたいと言うより、訊きたいことがあるのです」
普段とは違う時間帯に、私一人でやって来たせいか、カルロスは殊の外ご機嫌だった。
それが、ノアのことを尋ねた途端……一気に無表情へと変化したのだ。
「……ノアに訊きたいこととは?」
ムスッとした口調のカルロスは、私を見据え話すまで帰してくれなさそうだ。
そんな大層な話ではないのだけれど……。
そういえば――。
先日の、魔王城での二人の様子もおかしかった気がする。
「大したことではないのです。ただ、今日アリスから聞いたのですが……宮廷のアリス付きの侍女が、ダンテス伯爵のご令嬢だと。宮廷内の事情なら、ノアがお父様から詳しく聞いているのではないかと思いまして」
「……ビーチェは、何を気にしているのだ?」
「気にしている……そうですね。ただの偶然なら良いのです。もしも、偶然でなかったら」
……どうなのだろうか?
自分でも、よく分からない。私が考える可能性――取り留めのない話を、カルロスに聞いてもらった。
「ならば、確かめよう」
「はい?」
パチリと、カルロスの指が鳴った。
えっ? と思った瞬間には、保健室が宮殿に変わっていた。
……いや。正確には、宮殿の庭の一角。
向かって左手には、エルネストの婚約者として何度も通った宮殿が。
右手には、私は入ったことのない、華やかさは控えめだが美しく品の良い離宮があった。
幾つかある離宮のうち、あそこは特別な場所だ。
王子妃教育の中で、だいぶ昔に聖女の為に建てられた宮なのだと教えられた。今は、王族のプライベート空間として使われていたはず。
そして、私の正面には……。
本殿と離宮を繋ぐ、庭園を眺めながら通れる広い渡り廊下が見える。手入れの行き届いた、多種多様な花が咲き誇る園庭の中に、私達は立っていた。
「直接見て、確かめた方が早いだろう?」
どうだと言わんばかりのカルロスに、頭を抱えてしまった。
「こんな場所に勝手に入り込んでいるのが見つかれば、捕まってしまいます! 騎士達が常に巡回しているのですからっ」
「私が人間に捕まる訳がなかろう」
「で、でも……」
カルロスと違って、私が誰かに見られたら直ぐに素性がバレてしまう。
しかも、制服でノコノコやって来ていい場所ではないのだ。防犯用の魔道具も、あちらこちらに設置されている。
その上、レン並みに気配が分かり難い王家の影達が居たらアウトだわ。
「人間の目に見えなければ良いのだろう?」
そう言ってカルロスは、またパチリと指を鳴らす。
「……? 何か変わったのですか?」
「空間を少し、な。人間の目では、我々の姿は認識出来ないから安心しろ」
隠蔽魔法のようなものだろうか?
「もしも、人間以外の……例えば、魔族がいたら?」
「気づかれるかもしれんな」
え。だめじゃない、それ。
私の考えが杞憂だったらいいが……もしも、そうでなかったとしたら。
マルグリートがバスチアンと関係があったなら?
「ビーチェ、来いっ!」
「ふぇ!?」
突然カルロスに腰に手を回されて、近くの薔薇の垣根の裏に引き込まれた。
どうやら、目的の人物がやって来たようだ。
跳ね上がる鼓動をどうにか抑えて、薔薇と薔薇の隙間から廊下を歩く人物を凝視した。
一番前を歩く侍女について、アリスと家庭教師らしき女性が楽しそうに歩いている。その後ろには、二人の近衛騎士。
ああ、この二人は……。
勇者一行と共に魔王のもとへ向かい、森を彷徨った騎士達だ。アリスを聖女だと確信している騎士が付けられている。エルネストの配慮がちゃんと感じられた。
あの侍女が、マルグリートね。
視力を強化し、もっと見ようと体を乗り出す。
すると……。
薔薇の棘で私が傷付かないように、カルロスがグイッと引っ張ったのだ。そのままバランスを崩して、カルロスの腕の中にスッポリと収まってしまった。
◇◇◇◇◇
――で、現在この状態。
極力意識をカルロスから離して、マルグリートに集中しようと努力している。
見た目はマルグリートは、二十代前半といったところだろう。姿勢も良く仕事も出来そうな雰囲気だ。
特段、変わったところは無さそうだけど……。
それよりも、アリスの隣を歩く女性が気になった。
一言でいうなら美人。
けれど、キツい印象ではなく穏やかそうな感じだ。アリスも、優しく教えてもらっていると話していた。楽しそうに会話している姿に、なるほどと納得する。
家庭教師は、細い腕の中に数冊の本を抱えていた。きっと、今日の教材だろう。
アリスとマルグリート、そして家庭教師。
不自然な所は見当たらない。首に掛けていたペンダントを取り出して握っても、変な魔力も感じなかった。
ただ――。
まだ、何かが引っかかった。それがハッキリと分からず、モヤモヤとしている。
そっちの方が気になって、いつの間にか胸のドキドキもおさまっていた。
アリス達が見えなくなったった所で、『戻るぞ』とカルロスは呟く。次の瞬間には、保健室に戻って来ていた。
あの時、私は気付かなかった――。
背後にいたカルロスの表情に。




