77.互いの真相
キーランに連れられてやって来たレンは、放課後に会った時とは違い、どことなくスッキリとした表情をしていた。
ジゼルがお辞儀し下がると、部屋には二人きりになった。
いつもは使うことのない部屋に、レンはキョロキョロとして落ち着かない様子だ。
今でこそ見慣れた、この世界の調度品の数々。
この部屋は、私の前の人生……『姫様』と呼ばれていた時に使っていた部屋なのだろう。よくよく見れば、女の子が好みそうな小物が飾り付けられている。
普通に考えてみれば、ベッドのある部屋に男性を呼ぶなんて……令嬢としてあってはならない事だけど。
ま、血の繋がりはないが兄妹だしね。
いや、そもそも……カルロスなんて隣に眠っていたこともあるし、魔族のみんなは平気で出入りする。
うん。魔王城での出来事は、例外としておこう。
私は、あの日――。
この部屋の奥にある天蓋付きのベッドで目が覚めたのだ。
「あの……ベアトリーチェ嬢、こちらの部屋は?」
私が日向だとわかっても、まだベアトリーチェとして接している。まあ、戸惑うのも無理はない。
私だって「レン」と呼ぶか、「義兄さん」と呼ぶべきか決めかねている。
「私が、初めてこの世界にやって来た場所です」
言葉の意味をすぐに理解した義兄は、目を逸らすことなく私を見詰める。
「日向……なんですよね?」
ベアトリーチェと日向では、外見は全くの別人だ。
分かってはいても、確認せずにはいられなかったのかもしれない。
「はい。隠していて申し訳ありませんでした」
私は、座ったまま頭を下げた。この謝り方は、この世界の貴族なら絶対にしない。
「どうか……謝らないでっ! 謝るべきは、母さんと俺なんだから……」
義兄は唇を震わせそう言うと、立ち上がり私の傍までやって来る。そのままバッと膝をつくと、土下座した。
「日向は、俺達を赦す必要なんてない。寧ろ、怨んで当然なんだっ! 俺は日向が望むなら、どんな罰でも受ける覚悟は出来ているから!」
――はい?
「えっ……ちょ、ちょっと待ってください! どうして、私が罰を与えるんですかっ!? 義兄さんは、別に何もしてないじゃないっ」
自然と口調が日向に戻る。
前回のアリスといい、なぜ私に罰を与えさせようとするのか……私はこんなに平和主義なのに。
「何もしなかったからだっ!」
義兄は、珍しく語尾を強くした。
「何もしなかったことが、俺の最大の罪なんだ……」
かの有名な名言……無関心のそれを言っているのだろうか?
それとも、私の知らない何かがあったとか?
確かに私は被害者だ。
けれど、それはもう……前世での、過去の記憶という事でしかない。
ベアトリーチェに転生して十七年。当時の怨みなど持っていないのだから。
そもそも、転生してからはやる事が多くて、それどころじゃなかったしね。
それに、義兄だって辛い思いをしてきたはずだ。
考え方によっては、転生した私より……残された家族の方が、今まで以上に悲惨な状況に陥っていたのではないかしら。
義兄はあの日、私に何か伝えようとしていた。
それが何だったのか、ちゃんと聞かないといけない。そうしなければ、本当の意味で私達は前に進めない気がした。
「わかりました。全てを話してくだい。それから、私がどうすべきかを判断します」
コクリと頷いた義兄は……一瞬だけ迷いを見せたものの、堰を切ったように話し出した。
◇
義兄から包み隠さず伝えられた真実は、衝撃としか言いようがなかった。
――私は、何を見てきたのだろう。
皆それぞれに苦しんでいた。
結果として、私の命が奪われ……伯母は罪を背負い、その家族は世間の目に晒され、肩身の狭い生活を強いられている。
「今、伯母さんは?」
「……病院へ入っているよ」
「そう。伯父さんは、大丈夫?」
「かなり……痩せたかな」
「体を壊さないといいけど」
亡くなった父に、どことなく似ている伯父。
私はずっと誤解していた。呆れてしまう程に、不器用で人が良過ぎたのだ。
「私は、誰も怨んでないので安心してください。それでも、義兄さんが私に負い目を感じ、自分を赦せないのなら……一つだけ、お願いがあります」
「もちろん! 何でも聞く」と頷いた。
「もしも、向こうの世界に戻れたら……伯父さんを支えてあげてくれませんか?」
日向であった私の、唯一血の繋がりのあった人だ。きっと、今もなお……伯母を支えようとしているのだろう。
「義父さんには、本当に感謝してもしきれない。俺に出来る事は、何だってするよ。勝手に召喚されたけど、勇者になるより日向を見つけることが目的だったし。それが叶ったんだから……向こうの世界に帰るつもりだよ。母さんを、義父さんに任せっきりには出来ないから」
義兄は、こんな風に温かい目をする人だったのか。
「……そうですか。では、今度は私自身の話をしますね」
◇
全てを打ち明け、スッキリした。
転生した経緯から、今日に至るまで。
掻い摘んで話すのが難しかったので、洗いざらいぶちまけてみた。
決して、色々考えるのが面倒だったわけではないわ。
おや?
義兄はなぜ、目が点になっているのだろうか?
「すみません。ちょっと混乱してて……。その性格は、日向なのか……ベアトリーチェ嬢なのか……」
「何か問題でもありましたか?」
今まで、日向とバレないように、徹底して公爵令嬢スタイルを貫いてきた。
自分ではよく分からないが、レンの知るベアトリーチェとも、日向とも違う私に戸惑っているらしい。
「えっと……病弱というのは?」
「ウソです。ノアからの提案で、設定でした。剣術も、義兄さんより私やジゼルの方が強いですし」
ふふっと微笑む。
「幼少期から習っていたら……そうですよね」
ははは……と複雑な表情で笑うが、私が健康体であると知ってホッとしたようだ。
――トントン。
と扉がノックされ、ノアが部屋へとやって来た。
「もう、時間も遅いので。ヒナはそろそろ休んでください。レンには少し話があります。よろしいですか?」
「はい」とレンが返事をすると、今夜はこれでお開きになる。
ノアに連れられ、「おやすみ」と言った義兄は部屋を出て行った。
閉められた扉を、しばらく眺める。
久しぶりに「義兄さん」と呼んだわ。
私には終わった過去でも……元の家族にとっては過去ではなく、今も続いている現実なのだ。
私はちゃんと、明るく幸せそうに振る舞えただろうか?
義兄に――少しでも、心の荷を下ろしてほしい。
コトッとテーブルに、ホットミルクが置かれる。
いつの間にか、ジゼルが隣に立っていた。
「お嬢様、頑張りましたね」
甘く柔らかい香りがなんだか懐かしく、ボスッとジゼルのウエストに顔を埋める。
優しく髪を撫でられて、やはり私は幸せなのだと実感した。




