8.学園へ
ザワザワと大きな人集りが出来ていた。
――今日は、入学式。
アイドルが撮影にでも来ているんじゃないかと思う程、同じ制服を着た生徒たちが、噴水を中心に取り囲む様に集まっている。
こんな朝イチから、大きなイベントは無かった筈だ。
公爵令嬢たる者、飛び跳ねて覗くなんて、はしたない真似は絶対に出来ない。
仕方ないので、後ろの方の生徒に声を掛けてみる。
「ちょっと、よろしいかしら?」
「やっぱり、この学園て凄いですよねぇ!」と、世間話的な感覚で振り返りながら言った男子生徒は、私を見てギョッとした。
「何が凄いのかしら?」
「ド……ドルレアン様……?」
「はい、そうですけれど?」
私の名前が出た途端、ズササッ……と人が避けて人集りの中心までの道が出来上がった。
不思議に思って訊いただけなのに。何故だか、その男子生徒も後退りする。
いったい何事?
まだ、悪役的なことなど何もしていない。
正直……意地悪さえしなければ、客観的に見てベアトリーチェの顔立ちは、キツくもなくとても可愛いのだ。
なのに、こんなにビビられるとしたら?
明らかに、私の為に出来上がった噴水までの道。不安がよぎるが、真っ直ぐに進むことにする。
噴水の水音をバックに、数人の目立つ生徒たちが楽しそうにお喋りしていた。
ああ、そういうことか。
中心に立っていたのは、エルネストだった。王族で美しく華やかな王子は、生徒達の憧れの的。
この学園に入学して間近で見れるのだから、人集りもできるわけだ。
さっきの生徒が、私にビビったのは……。
そう、エルネストの正面には、楽しそうに談笑する女生徒が。
第二王子の婚約者は、ドルレアン公爵令嬢の私だと大抵の貴族なら周知の事実だ。
それが、見知らぬ女生徒と仲睦まじくしているのだから、修羅場を予感したのかもしれない。
その女生徒は、ヒロインのアリスだった。
……何で、もう出会っちゃってるのよ。
本来なら、ヒロインと王子の出会いは、この入学式直前。王族として生徒代表の挨拶をする為に、控え室に移動していたエルネスト。
そして、エルネストの居る生徒立ち入り禁止区域に、間違えて迷い込んだアリスと出会うのだ。
やはり、小説とは異なっている。
私の存在に気が付いたエルネストは、アリスを庇うように一歩前に出た。
挨拶しようと、私はいつものようにお辞儀をした。
「ベアトリーチェ、久しぶりだな。この学園は、素晴らしい所だ。宮廷と違い、お互いのびのびと過ごそう。ベアトリーチェも、良い友人をつくるといいぞ」
「エルネスト殿下、ありがとう存じます。私も、素晴らしい学園生活をおくらせていただきます……わ」
顔を上げて、そう言って微笑んだ途端、言葉を失った。
別にエルネストの言葉が、『ここは王宮じゃないから、自分には関わるな。こっちは好きにやるから、お前も勝手にしろ』という意味だからではない。
私が固まってしまったのは、エルネストを取り巻く三人の男子生徒が原因だった。
小説では、最初の方に登場した程度だが、ちゃんとした名のある貴族の令息達。
スラリとスタイルが良く、長い銀髪を束ねた眼鏡は、マルティネス侯爵令息。
ガッシリとした肩幅で、ダークブラウンの短髪がよく似合うミラボー辺境伯令息。
小柄で、少年風のあどけなさが残る、少しカールのある赤茶髪のモレル伯爵令息。
名前……言われなくても、直ぐに分かった。
てか、顔っ!!
普通さ、こっそり私と接触するなら、目立たないモブか何かに成り済ますんじゃないの?
エルネストが霞むほどの美貌の三人の顔は、明らかに魔王城で会った、ノア、ロラン、キーランだった。
目立つことこの上ない。
「……ベアトリーチェ?」
エルネストの呼びかけに、ハッ!とする。
「そ、そちらの皆様は?」
思わず尋ねると、エルネストは怪訝そうな顔をした。
「ベアトリーチェ嬢。何度かパーティーでご一緒しましたが、こうして直接お話しさせていただくのは初めてですね。ノア・マルティネスです。どうぞ、ノアとお呼び下さい」
訊きたいことは山ほどあるが、今はそれどころではない。マルティネス侯爵家なら、王家との関係が近いはず。
だから、王子の婚約者である私と、同じ年で初対面というのは無理がある。
「ノア様、そうでしたね。初めての学園に、私は少し緊張しているみたいです。どうぞ、仲良くしてくださいませ」
パーティーなんかで一度も会っていなかったが、機転を利かせたノアが、自然な話の流れを作ってくれる。
それに次いで、ロランとキーランとも話をすると、最後にアリスが挨拶をした。
「私、アリス・ミュレーと申します。学園で迷ってしまい、エルネスト様に助けて頂いたのです。ベアトリーチェ様、私のような身分の者がエルネスト様と仲良くしてしまい、申し訳ありません。どうか、怒らないで下さい」
アリスは申し訳なさそうに、しゅんっ……とした。
何だろう、モヤモヤする。
今のその言い方は、まるで私がアリスの身分を蔑んで非難しているかのように聞こえた。
「アリス、この学園では身分など関係ないのだから気にする必要はない。そうだろう、ベアトリーチェ?」
エルネストの、温度の下がった視線が私に向いた。
やはり、そうか。
どうやら、このヒロイン……。
「ええ、勿論ですわ。私に謝る必要はありません。共に学園で学ぶのですもの、どうぞ私とも仲良くしてくださいませ」と、柔らかく微笑みかける。
すると、周囲から安堵の空気が漂う。
今のやり取りで、言葉や態度にキツさを出してしまったら、悪役令嬢の一歩を踏み出してしまう所だった。
ヒロインが、王子を殿下ではなく名で呼び合う親しげな感じは、小説では全く気にならなかったが……。転生してこの世界の教育を受けた今、アリスの態度は貴族としては良くないと理解できた。
――私の好きだったヒロインと、このアリスは別人なのだと思わずにはいられなかった。




