73.新たな学園生活の為に
やっと、勇者一行が戻ってきた。
国王陛下や宰相への報告も、無事に済んだとノアから聞いた。
バスチアンの件については、予想だにしない事態として、宮廷内の上層部は慌てふためいたらしいが。
エルネストとレンの報告に加えて、アリスの光属性の力が消えてしまった件……まあ、それについては一時的ではあるのだけれど。
護衛騎士の目の前で、忽然と三人が消え、抜けられない森に閉じ込められたと皆の証言が一致した。
直ぐに、お父様が宮廷騎士団の精鋭を連れ、魔塔へ向かいバスチアンの部屋を捜索した。
すると、ボロボロになった部屋には怪しい魔道具が沢山あり、学園を監視していた証拠が出て来たそうだ。
部屋がボロボロ……?
あ、壁を壊したの私だわ。うん、まぁいいか。
そして、バスチアンの企みが事実だったと決定打になったのは、床に描かれていた大きく複雑な転移陣だった。
当然、もう魔界とは繋がっていないが。キーランが描き換えて、行き先はあの崖になっている。
みんな、仕事が早いわね。
更に、レイモンからの証言や証拠も提出され、魔塔の中でバスチアンに繋がる者は捕らえられた。
監視されていた妹も、無事に保護され一安心だ。
レイモン自身は、勇者の妹になりすまして宮廷をも欺いた。さすがにそれは罪に問われるそうだが、エルネストとレンの口添えもあり、大事には至らないとノアは言っている。
もう存在しない偽ヒナタについては――。
後見人と相談した上、本人から慈善活動をしたいと学園に退学を希望する旨を伝える手筈だ。
その後見人の伯爵は、慈善事業に熱心であっただけで、今回の件には加担していなかったと判明した。
ちなみに、レイモンは能力をかわれて、更に訓練を受ければ、国の諜報員として就職する算段もあるのだとか。
あー……。
それ絶対、お父様とノアが動いている気がする。
そこまで片付くと、勇者ら三人は学園に戻ることになった。いつまでも、留学と偽り学園を休む訳にはいかないからだ。
特に王子であるエルネストは、学ぶべきことが山ほどあるのだから。
――ただ、問題は記憶を消されたアリスだった。
カルロス曰く、一度勉強して覚えたものは、再度学べば直ぐに理解は出来るようになるらしい。
前世の姉が関わったものについては、深層部まで消したらしく戻すことは難しいそうだ……器用と言うか、何というか。
取り敢えず、学園に詳しいノアと画策……コホンッ。ノアと相談したお父様の計らいで、アリスは学園には戻れるらしい。
ただし、内密に宮廷に通い専属の家庭教師をつけてもらって、淑女教育を受け、王族が何たるかを勉強しなければならない。
いずれ王子の婚約者として、王子妃教育を受けさせる予定だったらしいので、それが少し早まっただけだ。
私が、七歳の頃から受けさせられてきたものと同じだろうけど。意外と大変なのよね……あれ。
まあ、今のアリスなら大丈夫だろう。
◇◇◇◇◇
ようやく、三人は短期留学を終えたとして、学園に戻って来た。
そんなある日。
何だか嫌な雰囲気だわ――。
そう感じたのは気のせいではなかった。
記憶を無くしたアリスの学園での生活は、極力エルネストとレンがフォローしてはいるが……。男子と女子では色々と異なるので、中々厳しいものがあった。
今まさに、私が感じている雰囲気の悪さの原因。
それは、おとなしくなったアリスへの周囲の態度にあった。
『アリス男爵令嬢には、聖女の力が無いのかもしれない』
そんな噂が流れたらしい。
以前のアリスのメンタルなら、全然気にもしないで我が道を行ったのだろうが。
今のアリスには……。
クラスメイトの名前を新たに覚え、ボロが出ないように常に気を張っている。
ただでさえ、同性の友人がいなかったうえ留学による休学。クラスで完全に浮いてしまった。
エルネスト達の報告で、国の上層部にだけは知らされたバスチアンとの戦い。
その結果として力を失ったアリスが、それを知る者から感謝こそされ、悪く言われる事は無いと思っていたが――。
権力を手にするチャンスだと考える、不届き者が出てきたのだ。真実が明るみに出ないのをいいことに、アリスを引きずり下ろし、王子妃の座を奪おうとする者が。
大方、その身内が学園内にいるのだろう。
揺るがない公爵家の私と違い、男爵令嬢であるアリスは地盤が弱い。
強い者には巻かれ、弱者は踏みつけてのし上がろうとする根性の輩はたくさん居る。貴族の中ではよくある話だが。
……嫌いだわ。
この学園に、そんな生徒が居るとは思いたくないが、黙って見ているのは性に合わない。
ずっと距離をおいてきた私が、急にアリスと親しくするのは、不審がられてしまうかもしれないけれど。
私の予想では、噂を流した犯人はこのクラスには居ないと思っている。悪役令嬢回避の為に、色々と交流を持ってきたのだ。私、これでも人を見る目はあるのよ。
考えられるのは、他のクラス。
次の授業は、男子生徒は剣術で、女生徒は調合の為の薬草採取だ。
ポツンと座っているアリスに向かって、私の足は動き出す。
「アリス様、良かったら次の実習の授業、私とペアを組みませんか?」
「……えっ!? ベアトリーチェ様?」
突然声をかけられて、アリスは戸惑いを隠せない。私との記憶も消えているのだから、ほぼ初対面に近いのだ。
「私、少し体調が良くないので……ご迷惑をかけてしまうかもしれませんが。一緒に、薬草採取してくださいますか?」
「わ、私で良ければ、喜んでご一緒させていただきます!」
先ずはこのクラス内で、私たちの仲が悪くないとアピールしておこう。
私と仲の良いオレリアとミレーヌは、私の意図が解ってくれている。
品があるのに実は行動派のオレリアも、この良くない雰囲気に気づいてた。
ミレーヌは監視者だからこそ、静観しているのだが……直にエルネストに関わらなければ、私の味方をしても問題ないだろう。
ただ――この辛い境遇こそ、アリス自身が望み選んだ罰。
だからきっと、魔族のみんなはアリスを助けないだろう。
でもね、私が嫌なのよ!
噂を流した犯人を突き止め、その上にいる者を見つけるわ。
以前のアリスが、私に嫌がらせをされたと根も葉もない事を言っていた。
もしかしたら、アリスの自作自演だけでなく……私に濡れ衣を着せた、新犯人がいるのかしら?
おまけ
「ヒナって、本当お人好しだね〜」
キーランは、お菓子片手にゲラゲラ笑う。
「騎士道精神だなっ。俺は男らしくて、良いと思うぞ」と、ロラン。
いや、私は男じゃないですけどね。
久しぶりに、いつもの魔王城でのんびりお茶をしていた。
「だって、好きじゃないのよ。あの感じ」
コクっと、大好きなミルクティーを飲む。最近、ミルクの程良いまろやかさがお気に入りなのだ。
「お嬢様は、昔からそうでしたね」と、ジゼルはしみじみとそう言った。
「ビーチェ。それよりも、明日はデートだ」
あ、そうだった。
「その事ですが、男爵領へ行くのは少し待っていただけませんか」と、ノア。
「何故だ」と、ムスッと不機嫌になるカルロス。
「アリスの件で、エルネストが色々と男爵家を調べているのです。そんな中、ベアトリーチェ嬢が男爵領に居るのは不自然なので。力を失った聖女を引き摺り下ろそうとする公爵令嬢なんて噂でも立ったら……」
「絶対、イヤよ!」
悪役令嬢の振り出しに戻るなんて、まっぴらゴメンだわ!
「天界も、今回の件であの場所を調べるそうです」と、ノアはカルロスに耳打ちをした。
表情の抜け落ちたカルロスは、天界と関わるのはとことん嫌そうだ。
で、結局……デートは先延ばしとなった。
私は、他の場所でもいいかとも思ったのだが、カルロスはそこへ行きたいらしい。
うーん、謎だわ。




