70.胸騒ぎ
周りの視線などお構いなしに、カルロスは私を抱えたまま颯爽と廊下を歩く。
くっ、視線が痛い。
また、病弱な公爵令嬢ベアトリーチェになってしまいそうだ。……いや、もうなっているわね。
「ビーチェ、行きたい場所はあるか?」
保健室に着くや否や、唐突にカルロスは尋ねてきた。
「行きたい所ですか?」
カルロスが何を言いたいのか、理解できなかった。思わず首を傾げてしまう。
その質問よりも、久しぶりのこの状態でいる事が何より恥ずかしく、早く下ろしてほしかった。
更に、気になったのは……。
魔族のみんなが、一時的とはいえ学園から消えて、ここには代わりの保健医がいたのだ。室内に視線を巡らせたが、やはりカルロスの他は誰も見当たらなかった。
たった一晩。……もしかしたら、今朝の僅か数時間で、学園の皆の意識を操作してしまったのだろうか?
「ほう? 忘れたのか」
いまいち反応の悪い私に、ほんの少しだがカルロスの眉が上がる。
忘れた……とは?
「あの、先ずは下ろしていただけませんか?」
私の返事に少しだけ目を細めると、何かを思いついたのか、カルロスは口元に弧を描く。
いつもなら、椅子に座らせてくれるのに……ボスッとベッドに落とされた。そして。
――えっ!?
「別に、私への褒美はデートでなくても良いのだぞ?」
カルロスの挑発的な物言い。
褒美……デート……んぁあああ!!
そうだった。レイモンの妹の理不尽なお礼の件だ!
慌てて起き上がろうとするも……カルロスの両腕に挟まれる体勢で、真上からは美しい顔が見下ろしている。
吸い込まれてしまいそうな瞳。耳にかかっていた、黒紫の艶やかな髪がハラリと落ちた。
熱を帯びた視線が、大人の色香でヤバすぎる。
ひいぃぃっ、近い! 動けないっ!
「す……すみません。デートでお願いします」
絞り出すように、そう言うのが精一杯だった。
「………。そうか、それは残念だ」
カルロスはパッと離れると、後ろを向いた。
「……カルロス、先生?」
一瞬、怒ったのかと思ったが、肩が小刻みに震えている。
またしても揶揄われたっ!
今の私は、怒りなのか恥ずかしさなのか……のぼせたみたいに顔が熱い。とにかく、真っ赤になっているのが鏡を見なくても分かる。
それを誤魔化したい一心で、思いついた事を口にした。
「行きたい場所、決めました! アリスの……ミュレー男爵領に行ってみたいですっ」と。
ピタッとカルロスの笑いが止んだ。
「ふむ。……悪くない」
「え?」
前世の姉だった魂が、アリスに関与した場所は男爵領ではないかと考えていた。
だから、私がそこへ行くことは……正直、駄目だと言われると思っていたのだ。
しかも、デートの場所としてだなんて。あっさり了承されて拍子抜けだわ。
「では、今度の休日に行くとしよう。勝手に行くと、ノアの小言が煩いからな」
確かに。
カルロスが勝手に動けば、後々苦労するのはノアのような気がする。
「まあ、その前にやる事もありそうだ」
カルロスが視線を移す。
いつから居たのか、ケリーがちょこんと窓の外に座っているのが見えた。長い尻尾をしなやかに揺らし、窓を開けてもらえるのを待っている。
キーランとしてではなく、ケリーの姿でやって来るのは珍しい。
直ぐに窓を開けると、ピョンと中へ入って来る。
そのままトコトコ歩き、窓から離れカーテンの影に隠れた。「ミャア〜」と、ひと鳴きするとキーランの姿になって出てくる。
「魔王様、ヒナ〜、ただいまぁ! 俺、今日は授業無理みたい」
それだけ言うと、ポンっとまたケリーの姿に戻り、さっきまで私が押し倒……コホンッ。座らされていたベッドに飛び乗った。
ケリーはそのまま丸くなり、スヤスヤと眠ってしまう。
学園で、城に居る時みたいに私達を呼んでしまうなんて、相当疲れているのだろう。カルロスも察したようだ。
「キーラン君はこのまま休ませる。ベアトリーチェさんは授業に向かいなさい」
扉を開け、急に先生口調になったカルロスに促され、保健室を後にした。
きっと、キーランはまた何かを調べに行っていたのだろう。転移でやって来なかったという事は……その魔力が無かった、とか。つまり魔力不足。
あのキーランが?
ピタッと、廊下を進む足が止まる。
確かあの時、キーランはカルロスからバスチアンの核を受け取っていた。カルロスとキーランに共通する魔眼。いったい二人には何が見えていたのだろうか。
――バスチアンは本当に死んだの?
有り得ない疑問が浮かぶ。
いや、まさかね。
バスチアンが消滅し、魔石になるのをこの目で見たのだから。
放課後、レイモンも保健室に呼ばれている。その時に話を聞けば分かるだろう。
この胸騒ぎが、私の気のせいであってくれればいいのだけど……。
◇◇◇◇◇
正に、心ここに有らずだわ。
全く授業に身が入らないまま、放課後を迎えてしまった。
「失礼いたします」と、声をかけてから保健室へ入る。
カルロスの前には、偽ヒナタ姿のレイモンが居心地悪そうに、小さくなって座っていた。
その他に、元気を取り戻したキーランと、ノアとロランもやって来ている。
レイモンは、私の顔を見ると表情を和らげた。
魔王であるカルロスと、やたら身分の高い令息達に挟まれ、かなり緊張していたのだろう。はたから見れば、可愛い女生徒がイケメンに囲まれている図だが、残念ながら全員男だ。
それに、レンの妹として紹介されただけの関係だもの……何故このメンバーがここに居るのか、今の状況に戸惑うのも当たり前ね。
「揃ったな」
カルロスは、そう言うと保健室を異空間に繋げる。
保健室には不釣り合いな立派なテーブルが現れると、キーランがそこにずらっと魔石を並べた。
――この魔石は!?
背中に冷たい物が流れた。
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気をつけているつもりでも見落としが……すみません。
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