67.提案とは
――えっ? もう戻って来たの?
ノアが飛び立ってから、ろくに時間は経過していない。
でも、あの羽音で魔王の右腕と言うなら、ノアをおいて他にはいないだろう。
魔界、人間界、天界がどんな風に繋がっているのか想像もつかないけれど……。元天族のノアだからこそ、転移ではなく簡単に行き来できるのかもしれない。
魔剣の破裂によって、一部の壁が綺麗さっぱり無くなった。ノアは翼を大きく広げたまま、外との隔たりが無くなった場所から真っ直ぐに飛んできた。
ふわりとカルロスの横に降り立つ。
「さあ、私の右腕よ。この状況をいかにするか?」
カルロスはノアの挨拶を軽く制し、楽しそうに言った。
まるで、ノアもずっと一緒に聞いていたかのように、説明しないで話を振る。長年の信頼と経験、カルロスはノアから自分の聞きたい答えがくると信じて疑わない。
それに対して、ノアは慣れているのか小さく溜息を吐く。
周囲にざっと目をやると、状況を理解する。
ノアはカルロスに聞き返すことなく、アリスに向かって話し出した。
「貴女は、全てを知っていた。そして、それを止めようとしなかった己の罪の意識に苛まれている……といったところでしょうか」
「はい。私に見合った……罰を頂きたいのです!」
頑ななアリスの言葉。横で聞くエルネストの口元にキュッと力が入る。
「我が王は魔界の王であり、私達は魔族です。人間の命に直に関与する事は、禁忌に触れてしまうのですよ。貴女を罰するのは、同じ人間がする事です。魂に関しては、また別ではありますが」
「つまり――」と、アリスは私とエルネストに視線を向けた。
いや、無理ですから。
縋るように見られても困ります!
「では、どうでしょう。アリス嬢、貴女の記憶を消して、一からやり直すのは?」
は? ノアは頭がおかしくなったのかしら?
「……それでは、罰になりません」とアリス。
ですよね。
「いいえ、なかなか大変だと思いますよ。記憶を無くした状態で、あなた方がした事の尻拭いをご自身でやっていただくのですから」
どういうこと?
首を傾げた私達に、ノアは詳しく説明を始めた。
大まかな概要としては、今回の一件は宮廷魔術師であったバスチアンの企みで、この国の乗っ取りが目的だったとするらしい。
魔王復活は勿論デマであり、国王をはじめ勇者一行を唆し、軍を動かして手薄になった王宮を攻め落とす準備をしていたと。
それに気づいた勇者一行は、バスチアンの罠に嵌るも見事に打ち勝った。
ただし――。
バスチアンの仕込んだ闇魔法を解く為に、アリスは魔力を殆ど使い切り、記憶と共に聖女の力は失われたことにする。
これなら、記憶や力が無くなってもおかしくはないだろう。
幸い今回の探索は、国王陛下と宰相のおかげで秘密裏に動いていたので国民の知るところではない。
報告を受け、どう対応するのかは国王の判断だ。
そして、アリスの記憶を消すということは、エルネストとの思い出も全て消えるとノアは言った。
身分も低く、聖女ではなくなり、けれど第二王子の婚約者と言う立場だけが残る。
バスチアンは宮廷魔術師だ、それも最上位の。今回の件は、確実に表沙汰には出来ないだろう。
つまり、聖女であると証明できなくなった男爵令嬢のアリスへの風当たりは――かなり厳しくなる。
「……そんな」と、エルネストは呟く。
「エルネスト殿下、本物の彼女を愛しているなら記憶などなくても守るべきでは? それとも、やはり聖女でなければ出来ないとでも」
「もちろん! 聖女でなくとも、記憶が無くなっても……本物のアリスを守るに決まっている!」
キッパリ言い切ったエルネストの言葉に、アリスは涙ぐむ。
「では、問題ありませんね」
ノアは笑みを浮かべた。
本当の目的は、アリスの罪悪感を消すことだろうが、ノアは敢えて言わない。
「バスチアンが魔族とバレては、此方も都合が悪いのです。ですから、エルネスト殿下と勇者レンにも、協力していただかないといけません。それが、延いては国の安泰と、聖女の力を失ったアリス嬢を守る方法です」
「……わかった」とエルネスト。
「僕も協力します」
今まで黙っていたレンが、エルネストに向かって言った。
「聖剣についてはどうしますか?」と、レン。
あんな演出までしたのだ、納得できる理由が必要だろう。
「バスチアンの仕込んだ魔法陣を壊すために使った、としましょう。勇者レンのお陰で国が助かったと言っておけば、これからの生活や、帰還方法も……責任をもって探してくれるでしょうから」
――そうだった。
義兄は、バスチアンに召喚されたのだ。
元の世界に戻りたいかもしれないし、このままこの世界で妹を探し続けることを望むかもしれない。
全てが終わったら、私も義兄と向き合うべきだろう。
そして、全員合意のもと、魔王によってアリスの記憶は消された。
◇◇◇◇◇
星明かりの下、魔王城に転移させられた崖の上で、アリスは目を覚ました。
カルロスの計らいで、記憶はアリスが自分の属性に気付く前までは残しておいたそうだ。この機会に男爵家と距離を置くかは、アリス自身の選択とエルネスト次第だと。
そう、アリスは魔力を大分失ってはいるが、元々の属性や加護が無くなった訳ではないのだ。
エルネストとレンの口から、今回の出来事の説明を受け、アリスは不安そうに震えながらも素直に頷いていた。
どこまで話すかは、エルネストに任せてある。
少し離れた木の上から、私達は状況を見守っていた。
ロランと私は普通に枝の上だが、カルロスとノアはそれぞれ空中に浮いている。
「さて、護衛騎士も戻しておくか」と、カルロスはパチリと指を鳴らした。
突然現れた騎士達は、護衛対象を見つけて声を上げると、必死な形相で駆け寄って行く。
「……なんだか、彼らボロボロじゃない?」
「ああ、抜けられない森を歩き続けていたのだから仕方ない」と、カルロスは平然と言う。
「終わるまで気絶させておいても良かったのですが。折角ですから、彼らもこの出来事の証人になってもらった方がいいと思いまして」
「……ねえ、ノア。そのくらいの記憶なら、簡単に書き換えられるのでは?」
「ええ。ですが、主が大変な思いをするなら、部下もそれなりに味わうべきです」
星影の光を浴び、冷たい微笑を浮かべるノアは、やはり天族より魔族のほうが合っているみたいだ……。
「では、そろそろ魔王城に戻りますかっ」
明るく言って立ち上がったロランに、返事しようと思ったその時。
……何か、忘れているような。
途中から居なくなったキーランも気になるが、もっと別のこと。
――あああっ!!
あっちの魔王城に、オリヴィエが飛ばされていた事を思い出した。




