62.危険
――バスチアンは……魔族だ!
それ以上に問題は、纏う魔力に黒が混じっている事だ。侍女頭の言った『闇を抱えた者』という言葉を思い出した。
闇か。
それが何なのかまでは、教えてもらえなかった。
けれど、得体の知れない黒い靄―― 踏み入れたらズブズブと沈んでしまいそうな底無し沼みたいに、近寄ってはいけない雰囲気がある。
穏やかで聖人君子のよう顔を貼り付けているが、内面から出ているものは隠せない。
……いや、違うわね。
今までバスチアンを見かけても、そんな事は感じなかった。
寧ろ、丁寧に癖のある白髪を撫で付け、高貴なマントを纏った姿は宮廷魔術師に相応しく見えていたのだ。
このペンダントが、私にこの男の本質を見せているのね。
そう考えれば、さっきの起こし方も普通じゃないわ。幾ら魔法を誇示したいからといって、協力しようと誘う相手にする行為ではないだろう。
目の前のバスチアンは、人間を蔑んでいるように思えた。
「仰っている意味がわかりませんが。私は、アリス様を憎んではおりませんけれど?」
「……ああ、まだ完全ではないのですね。早く思い出していただかないと」
溜め息混じりに、残念そうな表情をしたバスチアンは、私を上から下まで無遠慮に見る。
「バスチアン様は、何か勘違いをなさっていませんか?」
私の言葉に、わざとらしく細い目を大きく見開いた。
「本当に勘違いでしょうか? では、なぜ貴女は魔王を復活させたのですか? 魔王の力を借りて、聖女アリスに復讐する。それが、本来の目的では?」
バスチアンは次々と質問してくるが――。
この人は、何を言っているのだろうか?
「なぜ、復讐なんてしなければならないのでしょう。私には、その理由に心当たりはありませんが?」
だって、断罪は回避したし悪役令嬢にもなっていない。エルネストの婚約者でなくなり、身軽になって魔族のみんなと楽しい毎日を送っていた。
確かにアリスは色々と面倒なタイプだが、それだけで復讐する理由にはならない。
義兄まで召喚して、魔王を倒そうとしているあなたが問題なのよ……と、言いたいくらいだ。
「……自分を偽ってはいけませんよ」と、バスチアンは温厚そうな笑顔で言った。
話が通じない。
バスチアンは私に対して、何かを決めつけてかかっている。それを引き出そうとするかのように、誘導して行く。
「貴女の魔力量は調べてあります。偶然あの場に行き着いたとしても、命を削ってまで魔王を復活させたのが何よりの証拠。少しは、思い出していたのでしょう?」
いいえ、ちんぷんかんぷんですよ。
魔王の復活に、命を削った?
私は『鍵』だっただけだ。魔力だって魔王の借り物だしね。
それに、何を思い出すというのだろうか……。日向の記憶は、転生してからもずっと残っているというのに。
――んっ?
バスチアンは私が日向で、転生してベアトリーチェになったとは知らないはずだ。じゃあ、思い出すのは他の過去ってこと?
バスチアンが言っているのは、あの…小説の内容に酷似している。もし、賊に襲われた事を事実だと思っているのなら。
「賊に襲われ、恨みの業火で……復活させた?」
……あっ!!
慌てて口を噤む。無意識に考えていたことを声に出していた。
「……やはり、そうでしたか」と、バスチアンはニヤリとする。
今のを自白と捉えられてしまったのだろうか?
ノアの言った通り、賊の報告や壊滅について合点がいったという顔つきだ。
待てよ。
あの小説にならって、嫉妬深い悪役令嬢として勘違いをさせておくのも悪くないかもしれない。
「だったら何なのですか?」
ジロリとバスチアンを睨む。
「おお、怖い。私はドルレアン嬢の味方ですよ。本当の聖女である貴女様と、この国最高の魔術師である私。力を合わせて偽物と魔王を倒しましょう! あの様な魔界の王は、いずれ貴女様を裏切りますから」
――はい? 今なんて? 誰が聖女だって?
「魔王は、勇者様と聖女アリスが倒すのでは?」
首根っこを掴んで、さっきの話を全て吐かせてしまいたいが……グッとこらえて、今の状況を確認する。だったら何のために、彼らを仕向けたのか。
「ああ、あの二人では魔王は倒せません」
それは知ってますが。
「なんですって!?」と、驚いてみせる。
「彼等の役目は、魔王の力を削ぐことだけです。魔王の魔力は膨大過ぎる。日を改め軍を用意したとして……力の無い人間は邪魔でしかない。だから、今! 二人は命懸けで、最大限魔王にダメージを与えるのですよ」
高笑いしたバスチアンの目には、もう私は映っていなかった。
っ!
魔王やみんな、義兄が危ない……行かなきゃ!
「バスチアン様、あなとは……。やはり、手は組めませんわ!」
ジリジリと後ろへ下がりつつ言い切る。
「愚かなっ! 逃げられると思うのか?」
私に向かって大きな魔力が放たれた。
――バチンッ!!!
さっきの害のない水と違い、明らかに敵意の含まれた攻撃は、私の少し手前の位置で見事に弾かれ、向かいの壁にぶつかった。
地図が描かれていた壁は、蜘蛛の巣のごとく細かい筋が一気に走り、砕けた瓦礫がバスチアンに降り注ぐ。
防御魔法――。
鎖骨の辺りが熱い……ああ、これのお陰ね。
『……ビーチェ、来い!』
突然、頭の中に魔王の声が響く。
瓦礫の真ん中に埋まったバスチアンに声を掛ける。
「バスチアン様、ごきげんよう」
新魔王城に向かって転移すると、ボスッとお姫様抱っこ状態で受け止められた。
「……あら、キーラン?」
魔王かと思ったら、受け止めてくれたのはキーランだった。
「ヒナ、久しぶりっ!」
ロランやノアよりだいぶ小柄なキーランだけど、軽々と私を抱えている。流石、魔族だわ。
辺りを見回したが、目の前の布に阻まれキーラン以外の姿が見えない。
そして、ここが大きな玉座の天蓋から垂れた布の裏だと気づいた。
敢えて死角への転移。魔眼を持つキーランが、私の転移先をこっちに繋げたのだろう。
つまり、玉座の向こうに居るのは……。
布の端をほんの少し開け、その先に目をやれば血を流しているレン義兄の姿があった。
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