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59.騙し合い

 カルロスは、私の顎に当てていた指先を、首筋をなぞるように下ろすと……。首元の詰まったワンピースのリボンを解いた。


 ――ドキンッと心臓が跳ね上がった。


 そして、レイモンに聞こえないよう、カルロスは私こ耳元に唇を寄せ囁く。

 全身が、心臓になったみたいに脈打っている。


「ここに印を与えておく。これで、私の力がもっと使えるようになる」と。


 ――へ?


 鎖骨下に当てたカルロスの冷たい指先から、魔力が流れてきた。『鍵』として額にあった印と同じようなものが、そこに現れる。久しぶりに、感じた熱さだった。


 熱さが止むと印は消え、カルロスはリボンを結んでくれた。……変なところで律儀だ。


「額より、隠せるからな。私以外に見せては駄目だぞ」と、真っ赤になっているであろう私の顔を見て、フッと笑った。


 ぐぬぬっ……揶揄(からか)われた! 


 ローブデコルテを着たら丸見えの位置じゃないっ。

 私はもう第二王子の婚約者でもなくなったし、学園にいる間はそんな襟ぐりの開いたドレスを着る機会なんて無いけどね!


「褒美は、今度デートで良いぞ」


 確かに、治してあげてほしいとは思ったけれど。

 何故、私がお礼をしなければならないのか……腑に落ちない。


 でも結局は「……わかりました」と返事をしてしまう。


 満足そうに美しい微笑みを浮かべると、カルロスはパッと消えた。多分、レイモンの妹の所へ行ったのだろう。

 この空間にポツンと取り残されたレイモンと私。

 レイモンはさっきのやり取りに、何とも言えない表情で立っていた。

 

 は、恥ずかしすぎる……。


 コホンッと気を取り直して、レイモンに向かって言う。


「魔……カルロスは、妹さんの病の元を消しに行ったわ。だから、貴方もちゃんと話してくれるわね?」


 だって、私がお礼をさせられるのだから……と、無言の圧力をかける。

 返事をする前に、レイモンは跪き頭を下げた。


「ベアトリーチェ様、感謝いたします。僕は、貴女の御恩に報いることを誓います」


 すると、レイモンは胸ポケットから出した小瓶の蓋を開け、中身を床に捨てた。


「これは、解毒剤ではなく催眠剤です。オリヴィエに飲ませたのは、痺れ薬なので解毒剤など無くても大丈夫な物でした。ただ、ベアトリーチェ様を捕らえたら、オリヴィエにはここでの出来事を忘れてもらう必要があったのです」


「もし、私が捕まればどうなるの?」


「これからやってくる魔術師団の者に引き渡し、魔塔へ連れて行く手筈でした」


 魔塔……か。うん、決めたわ。


「では、私を捕らえて奴等に引き渡してちょうだい」

「えっ……!? でも、それはっ」


 レイモンは、さっきまでカルロスが立っていた場所を見て、ぶるりと身震いした。きっと、カルロスが反対すると思っているのだろう。

 魔王だと……気付かれたかもしれないわね。


 その視線の先に、パッとカルロスが現れた。レイモンはビクッとする。慣れないと驚くわよね、これ。


「構わない」と、戻ってきたばかりなのにカルロスは言った。


 そして、レイモンに向かって魔石らしき物を投げる。

 コロコロと転がったそれを拾い、信じられないとばかりにカルロスを見た。


「もう、必要ない。お前の妹は、それが無くとも生きていられる」

「で……では、妹は?」

「あの施設にまだ居る。誰も治ったとは気づくまい」

 

 レイモンのブレスレットに嵌められた、もう一つの魔石は爆弾のような物だ。カルロスはレイモンのブレスレットに触れ、それだけ無効化する。


 その魔石と妹の魔石は連動していて、ブレスレットを外せば魔石が砕ける仕組み。カルロスが持ってきた魔石は、妹に取付けられた、命の綱とも言える魔道具の動力でもあった。

 そして、ブレスレットを着けていたレイモン自身は……。


 剣術大会での、メインステージの崩壊が頭をよぎった。

 裏切り防止とは言え、酷い。


 レイモンの妹サラが入っている施設は、国営のきちんとした所だ。聖女の癒しが行われるまで、出来る治療は無いため、彼女をそのまま残しておいても問題はない。全てが終わったら、助け出せば良いだろう。


 安堵の色が見えたレイモンは、話を戻した。


「ベアトリーチェ様を奴らに引き渡したら、危ないのではないでしょうか?」

 

 さっきまで、それをしようとしていた張本人でしょうが……とは、思っても言わない。

 レイモンは、サラの件がなけば普通の貴族の令息であり、まともな考えができる人間だったのだろう。


「構わない。此処で逃れても、次の手を考えてくるだけだ。ならば、ビーチェの好きにすれば良い」


 急に、話がわかる感じのカルロス。今迄なら絶対に、駄目だと言った筈だ。

 ふと、さっき入れられた印を思い出す。


 もしかしたら、魔王の印(これ)には物凄い力が備わっているのかもしれない。今は無くなった額の印とは、大きさも違うし別物なのだろうか?

 まあ、いいわ。

 魔王に許可されたのだから、ノアにも怒られないだろう。


「ありがとう存じます。バスチアンの企みを暴いて来ますわ」

 

 気合いを入れて、スカートを摘みお辞儀する。

「うむ」とだけ言った魔王は、この空間ごと消えた。


 一瞬で、寂れた教会内に戻った。


「レイモン……いいえ、ヒナタ様。さっさとお願いね」

「あ、はいっ!」


 レイモンは、魔道具を起動させ偽ヒナタの姿になる。

 オリヴィエが座らされていた椅子によいしょと座り、落ちていたロープで縛るように促す。


 あの空間に居る間は、時間は全く進んでいない。だから、そろそろ魔術師団の人間がやって来る頃だろう。


「ベアトリーチェ様、こちらを」


 レイモンからジゼルの短剣を返され、またスカートの中に仕舞っておく。

 痛くないか聞きながら、私を縛った偽ヒナタのレイモンは、空の小瓶を二つ床に転がした。一本は毒薬、もう一本は催眠剤が入っていた物だ。


「か弱い公爵令嬢は、ぐったりした弟と毒薬の瓶を見てショックで失神したの。だから、ヒナタの正体は知らない。あなたは私を縛り、オリヴィエに催眠剤を飲ませ、ここでの出来事を忘れさせ解放。私が乗ってきた馬車で、学園へ戻らせた……って事でいくわよ」

 

「……か弱い?」と、偽ヒナタのレイモンは微妙な顔をする。


「何?」

「か、かしこまりましたっ!」


 偽ヒナタらしく、元気いっぱい返事した。

 う〜ん、何度見ても偽ヒナタには慣れないわ。


 やって来る気配に神経を研ぎ澄まし、目を閉じて気絶している振りをした。

 

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