54.いってらっしゃい
魔王の迫力にグッと言葉が詰まると、レンまでも身を乗り出してくる。
「そうですよっ! 護身術が少し出来たくらいでは、どう考えても危ないです。だから、ベアトリーチェ嬢は待っていてください。大丈夫です……、絶対に上手くやります」
と、大真面目な顔で言ったレンは、私の手を握った。
少し……ね。
か弱い公爵令嬢を心配してくれているのは、まあ理解できる。だから色々と心外だけど、それを口には出さない。
そう考えれば――さっきの嘘も、レンがいたから言った事なのかもしれないと、言葉を呑み込んだ。
それにしても……。
レンは自分の真後ろで、赤い目が鋭く光った魔王から、冷気の渦が巻き起こっているのに気が付かないのだろうか?
意外と図太い神経をしていのね。
はぁぁ――。仕方ない。
「分かりました、我慢して待っています」
パッとレンの手を離し、しぶしぶと返事した。
今はごねるより、魔王の冷気を抑えることが先決だもの。
その後――。
三日後の段取りを打ち合わせすると、レンはまた雑に寮へと飛ばされて帰って行った。
毎回、強制送還に近いわね……。
「ねえ。キーランが居ないと、私とジゼルはこの城に来れないのだけど? べつに、みんなが魔王城に居ないなら、寮で待っているからいいわよ」
やはりどこか腑に落ちないせいか、棘のある言い方になってしまう。
「それは、駄目です」と、ノアは即座に却下した。
え?
「大丈夫だよ、ヒナ! 俺が一緒じゃなくても、この城と寮を行き来出来るように転移陣敷いておくからさ。危ないから、ちゃんと来てねっ」
なんで仲間外れの留守番が、危ないのだろうか?
思わず、じとぉ〜っとキーランを見る。
暫くキーランを見つめていると、ふと思った。
レンが居る時と居ない時で、キーランは私の呼び方を使い分けているな……と。変な所で感心してしまう。
魔王なんて、学園以外では『ビーチェ』としか呼ばないのに。
キーランは、私の視線に居た堪れなかったのか、さっさと転移陣を敷きだした。
そして、転移先である、寮の私の部屋にも陣を敷きに行く。すぐに戻ってくると、この転移陣の使い方について説明を始めた。
要は、ちゃんと描かれた転移陣があるならば、魔力を流すだけで良いらしい。
なんだ簡単じゃないかと思ったが、ノアが言うには必要な魔力量が満たされなければ起動しないそうだ。普通の人間には大変な事らしい。
ましてや、人間界と魔界を繋ぐには、尋常ではない魔力が必要なのだと。
試しにやってみると、私には魔王の魔力があるせいか、あまり魔力を使った感は無く、行って帰ってくることが出来た。
だったら、最初からそうすれば良かったのに。
そんな私の考えが伝わってしまったのか……
「転移陣を敷くという事は、他の者にも使えてしまうというリスクがあるのです。ですから、今回だけは特別なのだとご理解ください」と、ノアは言った。
基本的に、魔界と人間界そして天界を繋げる場所は設けてはいけないのだそうだ。互いの領域を侵してはならないという、暗黙のルールがあるらしい。
そこまでして、私は何で魔王城で待機なのだろう……。
魔族のみんなは、何だかんだ私に過保護ながする。まあ、別行動になる私の身を案じての事だろうけど。
それとも――。
私には話せない何かがあるのだろうか?
とはいえ、無理矢理聞き出すようなことはしたくない。私に話せる内容なら、最初から言っているだろうから。
ノアの計画の場に、ベアトリーチェが居ては不都合なのかもしれない。小説でも、ベアトリーチェはもういない時期だったのだから。
自分の好奇心だけで無謀に動くことは、最悪を招く場合もある。
うん! だったら、私は別の方向から出来る事を探してみよう。
転移陣のリスクが高いなら、いっそ私が転移魔法を使えるようになったらどうかしら?
使えたらかなり便利だものね!
◇◇◇◇◇
――三日後。
レンとエルネスト、アリスの三名は、国王陛下との謁見のために学園を休んだ。
三人がこの学園の代表として、他国の学校へ留学するといった話を受けるために。もちろん実際には留学ではなく、しばらく休むための大義名分を与えられたのだ。
バスチアンは目当ての場所をもう見つけているが、ピンポイントであの場所だと、詳しい報告はしない筈だとノアは言う。
私を襲おうとした賊がきっかけなのだから、変な足が付いては困ると用心してのことだろう。
もし、魔術師団によって新しい魔術で探し当てたと言うなら、その新しい魔術は宮廷への報告義務がある。仕組みも含めてだ。
だから、認められた魔術が他でもちゃんと使えなければ、それもまたおかしくなってしまうのだ。
バスチアンは何かの探知魔道具に運良く引っかかったとして、大まかな場所を伝えるだけに留めるだろう。
勇者たち三人と護衛で、旅をしながら魔王城を探す――。
アリスが気長とは思えないから、上手いこと言って本当の場所まで誘導しそうだ。
だからきっと、そんな長くはかからないだろうけどね。
◇◇◇◇◇
それから暫くして。
三人が留学するという話が、学園内で知れ渡ってくると――誰からともなく「魔王復活の話はデマだったんじゃないか」といった噂が流れ始めた。
あの剣術大会以降、何も変化が無かったのだから当然かもしれない。
アリスは、魔王討伐を大々的に公言してから、探索に出発したかったらしいが――とりあえず、国王陛下とお父様が秘密裏に動くからと釘をさした。
国から聖女だと公表されていないアリスは、ただの男爵令嬢であって、反論などできる立場ではないのだから。
国王陛下は、魔王復活が証明されたら、国を挙げて勇者一行を送り出すと言ったらしい。
更に、アリスを正式にこの国の聖女として、世に知らしめると、その場で約束が交わされたそうだ。
多分……いや、絶対アリスはほくそ笑んだだろう。
魔王討伐なんて、何としても阻止するけどねっ!
――そして、勇者一行が出発すると。
いつの間にか、カルロス先生、ノア、キーラン、ロランが学園から消えた。
そう、存在自体が無かった事になっていた。




