52.偽ヒナタとの対面
翌日。
廊下から、女生徒が楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。
……嫌な予感がする。
レンもそれを感じたのか、エルネストとの会話を止め、開いている扉から廊下の方を見た。
新品の制服を着た女生徒と、テンション高めのアリスが一緒に教室へ入って来る。
「あっ、お兄様!」
少し緊張していたのか、この教室に馴染みのない女生徒は、レンを見つけ安心したように顔がパッと明るくなった。
「レン様、今日からヒナタ様もこの学園に通えるそうです。私が色々と案内を頼まれました」と、アリス。
予感的中……。
大役を任されたと嬉しそうに言ったアリスの横には、交換日記の中から飛び出してきたような少女の姿。まあ、顔はかなり可愛い方だと思う……思うのだけどねぇ。
本当に、プリン頭だわ。
ツインテールではなく、ダウンスタイルでまだマシだけど。
「あ……そうでしたか。アリス嬢、ありがとうございます」
微妙な感じで喜んでみせるレンは、今日の妹登場は知らされていなかったのだろう。この学園に入学するなら、後見人がついたという事だ。
私は義兄を「お兄様」と呼んだことなどない。
小学生の頃は、初めて出来た兄が嬉しくて「お兄ちゃん」と呼んでいた。いつの間にか「義兄さん」になり、最終的には呼ばなくなった。
あんな笑顔、義兄に向けたことあったかしら?
日向である私より、偽ヒナタの方が本当の可愛い妹みたいな気がしてくる。レンだって偽物だと知っていながら、悪い気はしていない様だ。
……うん、ちょっと複雑。
アリスに紹介され、ヒナタ・モチヅキは令嬢らしからぬ元気さで、明るく兄のクラスメイトに挨拶する。
偽ヒナタはこっちの世界に合わせ、学園でも通用する言葉使いを習った――という設定にしたのだろうけど。
教えているのがアリスなのか、淑女らしさは無く、作法がなっていない残念令嬢に仕上がっている。
何だか……アリスが二人になったみだわ。
因みに、レンは妹と血の繋がりがない事を誰にも明かしていない。
もちろん、ベアトリーチェの私にも。
ふと視線を感じると、レンがこちらを見ていた。
ああ、そうか。
偽妹を私に紹介するつもりなのだろう。
エルネストはもう既に宮廷で会っている。このクラスでエルネストに次いで、ちゃんと紹介すべきは、地位的にも公爵令嬢の私になる。
その上、私はレンから妹探しを頼まれていた人物なのだから。
けれど、妹探しは内緒の話。
それにもう、交換日記内で妹が見つかった報告と、お礼の言葉は貰っている。当然アリスも盗み見て知っているだろうけど。
だから、レンはどう言おうか迷っているのね。
仕方ない……助け舟を出すか。
静かに席を立ち、レンの方へ向かおうとした。
「あっ! レン様、先ずはベアトリーチェ様にご紹介しないとですよっ」と、アリスが率先して促した。
珍しく、まともだ。
私が動くより先に、アリスに言われたレンがヒナタを連れてやって来る。
――すると。
まさかの何も無い所で、ヒナタはガッツリつまずいた。
ドジっ子のベタすぎる展開に、唖然とする。
これは確実に……目の前のレンを勢い余って突き飛ばし、そのまま私が巻き込まれるヤツだ。
私の正面で繰り広げられた出来事が、スローモーションのように見えた。私の脳内では、もの凄いスピードで回避方法が浮かんでくる。
この人数のクラスメイトの中で、私には無い属性の、風魔法を使うのはおかしい。レンを避けることも可能だが、その俊敏な動きは淑女としては良くない。
ならば――。
諦めてレンの胸の中におさまって、押し倒されるか。まあ、上手く受け身をとれば痛くないし。
覚悟を決めた所で、スッと腕が差し出された。
――トスッ!
ウエストに男らしい腕が巻き付き、そのまま倒れないように、体をしっかり抱きしめられている。
『『『きゃあぁぁぁぁー……っ!!』』』
クラスの中に、女生徒達の声にならない歓声が響いた。たぶん女子の目には、背景に綺麗なバラの花でも見えているのかもしれない。
……まあ、わかるけど。
目の前で、ロランに抱きとめられたレン。
咄嗟にロランが飛び出して、レンを支えたのだ。
確かに義兄は、この世界の人々に比べたら彫りは深くない。けれど、身内の欲目を抜きにしても正直イケメンの部類なのだ。
うん、なかなか絵になるわ。
良い仕事をしたわね、ロラン!
さてと。
アリスとヒナタを見れば、想定外の出来事に何とも言えない表情だ。そうか……わざとだったのね。
もしも、ロランが間に合わなければ、レンと私がああなっていただろう。
「あっ、あの。お兄様大丈夫ですか!? 私ったら、またつまずいてしまって」と、ヒナタは慌ててうっかりアピールをした。
「あ、うん大丈夫だよ。ロラン助かった、ありがとう」
「ああ! ベアトリーチェ嬢を巻き込まなくて良かったなっ」
ロランはニカッと笑う。
白い歯が眩しいわ。
そして、そのままの流れでヒナタを紹介された。
予鈴が鳴ったので、長く話すこともなく、アリスは急いでヒナタを一年生のクラスへ連れて行った。
まるで、嵐ね……。
◇◇◇◇◇
放課後――。
今日は早めに魔王城へやって来て、ロランに剣の稽古をつけてもらっていた。
何となく、無心になりたい気分だった。
本来ならまだ明るい時間だが……。
太陽の無い魔界には、真っ暗な空に魔眼のような赤い月が輝いている。だから、暗いのに暗くない。不思議なくらい視界は澄んでいる。
僅かな隙を見つけて背後に回り込む。
――ガキンッ!! と鈍い音がした。
「ヒナっ、今のは良い動きだぞ!」
こちらに背を向けたまま、私の剣を受けたロランは楽しそうに言った。
ロランから繰り出される一打一打は、速いのにとても重く、加えられた力を逃して打ち返すタイミングが難しい。まともに受けたら、手が痺れて使い物にならなくなる。
一頻り打ち合って、はぁはぁと肩で息をする。
汗を拭きながら、見学していたキーランに尋ねた。
「あれって、絶対狙って転んだのよね?」
「そうだね〜。ロランが間に合って良かったよ」
キーランも、あの時どう助けようかと思っていたらしい。それよりも早くロランは動いたのだ。
「あんな事で、レンが消されたら可哀想だからな」と、ジゼルからタオルを渡されたロランは豪快に笑った。
えっと……消される? 誰に?
「それよりも、アリスってさぁ……。レンとヒナをくっ付けようとしてないかな?」
「へっ? くっつける?」
キーランの言葉に耳を疑う。
「だってさ、ロランがレンを助けたら、明らかにアリスはガッカリしていたよぉ」
「……あの女ならあり得る」とロラン。
「え、ちょっと待って意味が解らないわ。そんなことをして何の意味があるのよ?」
「取り敢えず、ベアトリーチェ嬢をカルロス先生から引き離す……かな」
「私とレンを恋仲にしようとしているってこと? 偽ヒナタを利用して?」
ロランとキーランは、意味ありげに目配せをして頷いた。
何だか目眩がしてきたわ……。




