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51.あの場所へ

「ねえ、キーラン。私もあの場所に行きたいのだけど」

 

 保健室でカルロスを待つ間、キーランにこっそり頼んでみる。


「う〜ん」


 珍しく真面目腐った顔で、キーランは考え込んでいたが――。


「じゃあさっ、ノアには内緒にしてくれる?」


 椅子に座ったまま私を見上げたキーランは、コテッと首を傾げつつ上目遣いで可愛く言う。


 くっ……! これは、猫耳ありでやってほしかったわ。


「ええ、勿論よ」

「やった! 独りぼっちでつまらなかったんだっ」

「じゃあ、早速今夜でいいかしら?」


 キーランは、うんうんと楽しそうに頷いた。


 ジゼルから、夜の外出許可を取るのは一苦労だろうけど、どうしても行きたかったのだ。

 新しい魔王城が建った、あの場所へ――。



 ◇◇◇◇◇



 予想通り簡単には外出許可はもらえず、ジゼルも一緒に行くと言い張った。

 けれど、人数が増えれば見つかるリスクは上がってしまうし、私のただの好奇心。大事にはしたくない。


 キーランは木の上から見張るだけだと言うので、()()()何もしないのを条件で、最終的にどうにか外出を許してもらえた。どうも私は信用がないらしい。


 うーん……おかしいわ。


 ジゼルから、しつこいくらいの諸注意を受け、迎えに来たケリーと一緒に転移した。

 いつもケリーが陣取る木の枝は、辺りを見渡すのに丁度良い。太い枝の付け根に座ると、ケリーが撫でてとばかりに頭をスリスリ寄せる。指の背で眉間や耳下を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じた。


 ここはノアが選んだ場所だ――。


 そう。魔王が眠っていた異空間へと繋がっていた、あの崖だった。『鍵』の役目だったベアトリーチェとしても、小説を読んだ日向としても、感慨深い場所。


 当然だが、魔王が復活した今、時空の歪みは修復済みだ。崖の先には、既に立派な新魔王城が建っているのだが……実はまだ隠されている。


 何故、ケリーがこの場所に、毎晩やって来ているかというと――。


 パッとケリーは顔を上げた。耳がピクッと動き「ゥニャッ」と小さく鳴いて合図する。


 どうやら今夜がビンゴだったらしい。


 月明かりの下、数人の動く影が見えた。黒いローブ姿で、崖の方へと向かっていく。


 あれは……。


 崖からの風に靡くローブには見覚えがあった。


 やはり、魔術師団の人間だ。

 正式な場では、位が判る刺繍入りのマントを羽織る。だが、それ以外の場では――暗い色合いの、地味なデザインのローブを纏って仕事をしている。皆同じで、見分けもつき難い。


 木の上から見ていると、黒い集団がハイハイしながら動く姿は何とも不気味だ。

 ローブ姿の魔術師達は、地面に膝をつき、這いつくばってキョロキョロと何かを探している。

 

 まあ、何を探しているのかは……わかっているけどね。


 彼らは魔道具を使って、魔界から漏れ出ている魔王の魔力を辿っているのだ。

 その魔力の影響を受けると、磁場的なものが狂ってくる。だから、彼らにわかり易いように、わざと多めに漏らしているのだ。


 魔王の魔力でなく、魔物達が放つ瘴気でもよかったらしいが、それだと人間や動物に害が出てしまう。

 もしも、動物が凶暴化したり人間の意識がおかしくなってしまったら、それこそ本末転倒だもの。


 すると、急に黒の集団が騒がしくなってくる。

 どうやら、何か確証をつかんだみたいだ。




 人気(ひとけ)が無くなったのを確認すると、緊張が解け、ふぅっと息を吐く。

 木の上で、ケリーはキーラン姿に戻る。


「行ったわね」

「そうだね! やっと夜が自由になった〜!」


 これでキーランは、毎晩の見張り番から解放されるのだ。

 

 すると、突然――。


「……キーラン。勝手にビーチェを連れ回すのは良くない」


 真後ろから、まさかの美声が聞こえてきた。


「「ぅひやぁっ!!」」


 あまりにもビックリして、キーランと同時に叫んでしまう。


「ま、魔王様っ!?」と焦るキーラン。


 月の光に照らされた魔王は、宙に浮いている。

 何とも夜空が似合いすぎて、思わず見蕩れてしまう。


「あっ……。私が、無理に頼んで連れて来てもらったのです。ですから、キーランを叱らないでくださいね!」


 しっかり伝えておかないと、キーランが怒られたら申し訳ない。


「…………まあ、よい。ビーチェ、城を見たいか?」

「えっ?」

 

 もしかして、私に魔王城を見せる為に、わざわざ来てくれたのだろうか?

 いや、その前に……。私達の行動って、魔王に全て筒抜けなの?


 ポカンとしてすぐに答えなかった私の顔を、魔王はヒョイッと覗き込む。


 ――はうっ!! またしても不意打ち!


「……えっと。はいっ、見たいです」


 慌てて返事をすれば、満足そうに魔王は頷き、次の瞬間には、今まで見たこともない場所に居た。


「うわぁ! カッコいい!!」


 先に反応したのはキーランだった。


「……凄い」


 ゴクッと唾を呑み、そう言うのが精一杯の私。


 いつもの綺麗で品のある魔王城とは真逆の造り。

 薄暗く寒々とした石の壁に、ガーゴイルを思わせる石の置物の数々。いや、ガーゴイルは雨樋(あまどい)だから違うかしら……。でも、まぁそんな感じ。


 だだっ広い部屋――というか、ホールのような場所。そこにポツンとある、大き過ぎる玉座はいかにも御伽噺の魔王が座りそうだ。


「ザ・魔王城って、感じですね」

「ノアに言われて、昔の城を再現してみた」

「……昔って、こんな感じだったのですか?」

「そうだ」


 へぇ。いつから、あんなに綺麗なお城に変えたのかしら?


「ビーチェはどっちが好きだ?」

「私は、いつもの魔王城が好きですよ」


 そう言うと、魔王は満足そうに美しい笑顔を見せた。

 


 ◇◇◇◇◇



 後日――。


 あの場所に魔術師が集まっていた理由。

 ノアが選んだ場所を、どうしてバスチアンが怪しいと考えたのかを質問してみた。


「それは、単純な話ですよ」


 あっさりとノアは言う。

 私にも分かるように説明してくれた。


 賊に襲われたはずの私が、何事も無かったかのように戻り、襲った方の賊のアジトが壊滅させられた。


 その時点で確信は無くとも、バスチアンは違和感を覚えたはず。賊がわざと嘘の報告をしたのか、それとも()()()影響を受けて頭がおかしくなったのか。


 例えば瘴気を浴びて……とかね。


 ジゼルが賊を壊滅させた後に、キーランが意識を操り自白させた。その時の記憶は消してあるため、ぽっかり抜け落ちているはず。


 そして極め付き……賊がバスチアンに渡した、私を始末した証拠の公爵家の馬車の紋章。布でぐるぐる巻に隠されていたので、中身を魔王が消し去っておいたそうだ。


 つまり、報告は全ては賊の妄言になった。


 バスチアンは、賊が瘴気を浴びたと確信したのだ。更に調べれば、もっと矛盾が浮かび上がってくる。

 

 そしてバスチアンは――。


 賊の証言にあった、公爵家の馬車を見つけたという場所を調べさせたのだ。




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