5.婚約者
同い年の婚約者であるエルネスト殿下は――第一印象から、最悪だった。
我儘で、使用人に対しても横柄。見た目は確かに美しい少年だが、王子というより偉そうな王様っぽい。
この婚約も、してやっている感がもの凄いし。
嫌なら、婚約しなきゃいいのに。
ガラガラと、小説のイメージが崩れていく。ヒロインと、純粋な愛を育んだ王子だとは、到底考えられなかった。
まあ、相手は七歳のまだ子供……。
私の精神年齢は、前世を含めれば二十歳はいっている。子供のフリをしつつ、大人の駆け引きや貴族の根回しを覗いてきた。
きっと、エルネストはチヤホヤされ、周りの大人がこう育ててしまったのだろう。
◇◇◇◇◇
婚約前に行われた庭でのお茶会。
うちの執事マルセルや侍女頭コゼットの他、殿下が連れてきた専属執事と従者、近衛が控えている。
早く終わるようにと願いながら、無難に会話をこなすが……。
――カシャンッ!
エルネストの従者の一人が侍女にぶつかり、粗相をしてしまった。
ピリッと空気が張り詰め、その従者は真っ青になった。
「……お前は、いつも失敗ばかりだな」
その従者を呼んだエルネストは、子供とは思えない冷ややかな顔で呟いた。
「手が、切れてしまったのではないか? 見せてみろ」
心配しているかの様な物言いだが、表情はそう言っていない。
ガタガタと震えながら、従者はテーブルの上に手を置いた。平然と見守る執事に、目を逸らした他の従者。近衛は僅かに口元に力が入った。
……これはっ!
エルネストが従者の手に、持っていたフォークを振り下ろした。
――パシッ!!
「……なっ!?」
エルネストは、自分の手が誰かに掴まれるとは思っていなかったのか、唖然としている。
そして、従者への仕置きを邪魔されたことで頭に血が上っていく。
「ベアトリーチェ……嬢?」
鋭くこちらを見据えてくる。
「エルネスト殿下、大変ですわ! お袖の所に害虫がっ!」
「はあっ!? ……害虫、だと?」
「あ、動かないで下さいませ」
エルネストのフォークを持った手を離すと、ナフキンでそっと虫を取り、あの近衛を呼んだ。
「ご覧くださいませ。これの毛が触れてしまうと、殿下のお肌が気触れてしまいますわ! きっと何処からか飛んできたのでしょう」
そう言って、ナフキンを近衛に渡した。
近衛は、少しだけ眉を上げ頷いた。
「確かに、これは毒虫です。すぐ殿下にお着替えを」
真顔で言う近衛の言葉に、今度はエルネストが真っ青になる番だった。
執事は直ぐに用意に下がり、エルネストは着替えを済ますと今日のお茶会は終了となった。
公爵令嬢らしくお詫びの言葉を述べて、婚約者を見送る。
後日、お父様から国王陛下に謝ってもらわなければいけない。あんなでも王子だし。
馬車に乗り込む王子を見ていると、近衛からの視線を感じたが、気付かないふりをした。
王家の馬車が見えなくなると、ホッとする。
思った通りあの近衛は、エルネストの従者に対する仕置きに納得できていなかったのだろう。
ただの毛虫を、敢えて不安を煽るよう毒虫と言ったのだから。まあ、毛虫に刺されたらかぶれるだろうけど。
私の動きに、驚いていたみたいだし……うん、一応顔は覚えておこう。
彼は、出来る人なのかもしれない。
けれど、王族に対して守る側の人間だ。決して、意見できる立場ではない。
私が公爵令嬢でもあり、エルネストに害をなさないと判断したから、話を合わせたのだ。
このお茶会の発起人は、国王陛下と宰相のお父様。
まだ七歳になったばかりの幼い王子と令嬢の、顔合わせの為のカジュアルな可愛いお茶会。
そんな中、虫に驚いて婚約者の王子の手に触れただけ。精々マナーを注意される位のレベルの出来事。
それにしても、あの執事……。
私達のやり取りを眉ひとつ動かさず、静観していた。まるで、私の行動を――いや、私を吟味するかのように。
「お嬢様、先程の毒虫はっ!?」
「大したことないわ、ただの小さな毛虫だもの。毛虫って、羽がないくせに飛ぶやついるのよね。あー、鳥肌が立ったわ」
心配そうな顔をするジゼルに、ニッコリ微笑んだ。侍女のジゼルは私の二面性を知っていて、上手くフォローしてくれる。ジゼルの前だけは、言葉使いも普通で自然体でいられるのだ。
「……お、お嬢様っ、申し訳ございませんっ!」
顔面蒼白で走ってきた、庭師見習いの若い従僕が、頭を深く下げて謝った。
「ああ、あなたがテーブルの花を用意したのね?」
「はい、私の確認不足でした。いつも、師匠に……葉の裏もしっかり見るように言われていたのに」
「ふふ、今回はお手柄よ」
「……え?」
毛虫のおかげで、あの従者はエルネストのお仕置きを受けずに済んだのだから。
ま……でもそれは、一時凌ぎでしかない。
あの行為が王宮内で、常日頃から行われているのかもと思うと、胸がキュッと痛くなる。
「これからは、注意深くお願いね。……私の力では、あなた達を守りきれるとは限らないのだから」
「はいっ!」
私より背の高い少年は、涙目で大きく頷き持ち場に戻って行った。
王族の怒りを買えば、従僕の首など軽く飛んでしまうのだ。
私……ベアトリーチェを、この邸の者は全員が大切に育ててくれた。だから、私は皆を守りたい。
「ねえ、お父様は今日はお帰りになるかしら?」
エルネストと私のやり取りを、こちらもまたヒヤヒヤしながら、不安そうな表情で見ていたマルセルに声をかけた。
「はい、今夜お戻りになるご予定です」
「わかったわ。では、お茶会の報告をさせていただきたいと言っておいて」
「かしこまりました」
そして、その夜。
お父様に、お茶会での出来事と、エルネスト殿下にはちゃんと叱ってくれる教師や側近が必要だと伝えた。
ついでに婚約したくない旨も。
お父様と国王陛下は、友人でもあり旧知の仲だ。陛下に何か言えるのは、国内広しと言えどお父様くらい。
だからこそ、ハッキリ言ったのに。
――これが失敗だった。
国王陛下に、私は大層気に入られてしまったみたいで、エルネストの婚約者として彼の人生のサポート役を命じられた。
……解せない。




