48.デートではありませんから
休日の街中は、人が多く活気に溢れていた。
「ビーチェ。危ないから、こっちへおいで」
「あ、はい。カルロス先」
「先生はいらないよ。カルロスだ」
「……カ、カルロス」
カーッと頬が熱くなる。
そんな私の反応を見た魔王は、満足そうに微笑んだ。
辻馬車が行き交う道路は、うっかりすると確かに危ない。
いつも専用の馬車で行く、貴族がメインの王都の街並みと違い、ここは中心部からはだいぶ離れた場所だ。平民が多いが、比較的裕福な家や商家などが軒を連ね、治安もそこそこ良いと聞く。
頗る機嫌の良い魔王は、私の手を引いて人波をすり抜けて歩く。
――何で、こうなったのかしら……。
◇◇◇◇◇
事の発端は、交換日記を始めてから暫く経ったある日だった。
「とある孤児院に、勇者の妹だと名乗る娘が現れたそうです」と、ノアが私達に向かって報告した。
口に含んだお茶を吹き出しそうになるが、そこはこれでも淑女なのだからと、ゴクッと綺麗に飲み込んだ。ケホッ。
「まさか、その妹って……」
「レンが、交換日記に書いていた通りの人物です」
のわぁぁあ――!!
あれは、絶対に私じゃないわっ!
まるで某アニメキャラを実写化した様な人物像。
その上、かなり高い位置でのツインテールに、髪はなんとレンと同じプリンの二色だ。
しかも、性格は明るいドジっ子ときた。だから、召喚に巻き込まれてしまったのだとか。
ご丁寧にイラストまで描かれた交換日記。
開いて読んだ瞬間に、ノートを真っ二つに割いてしまいそうだった。痛い……痛すぎる。
素知らぬ振りして『とても可愛いらしい妹さんですね』と、書く手がプルプル震えてしまったわ。
「その勇者の妹だという娘は、宮廷で一旦保護されています。真偽を確かめるため、先にレン自身の話を聞いた上での面会になるでしょう」
ノアは、私の動揺なんてお構いなしで話し続けた。
道理でレンがエルネストに連れられ、慌てて宮廷へ向かったわけだ。妹が召喚に巻き込まれた話を、エルネストは知らない。知っているのは、オリヴィエと私達だけ。レンはエルネストに、どう説明するつもりだろうか。
居るはずのない妹が現れてしまったのだから……嘸かし驚いているだろう。
キーランの監視のお陰で、アリスがノートを盗み見ていた事実を突き止めた。
魔道具らしき物をノートに翳していたそうだ。きっと、それにデータを保存するなりして、バスチアンに渡したのだろう。
これでハッキリした。魔術師バスチアンとアリスが盗聴犯だ。
そして突如現れた、ヒナタ・モチヅキ。
どう考えても、あの二人が用意した偽者だ。
「ちなみに、偽の妹はどこの孤児院に現れたの?」
実物は見ていないが、あれを自分の名前で呼びたくなかった。
「王都の平民街にある、孤児院で保護されていたそうです。何でも記憶が無かったそうで、勇者の噂を聞いて、ようやく自分が誰なのか少し思い出したそうですよ」
「て、ことは……今も記憶は」
「曖昧です」
ですよね〜。なんて都合のよい設定だろう。
「その孤児院も怪しいわね」
「はい。……それでですね、ヒナにその孤児院を探って来てもらおうかと」
「はい?」
珍しい。どうして私なのだろう?
「魔王と一緒に、孤児院の子供達から事情を聞き出していただきたいのです。キーランを行かせるつもりだったのですが……」
チラリとノアは魔王を見た。
ああ、そういう事ね。
魔王が自分が行くと言ったのだろう。私と目が合うと、魅惑の笑みを浮かべた。
……っ! 心臓にわるい。
「孤児院の管理者は、正直あてになりません。買収、若しくは操られている可能性もあります。その点、子供なら簡単に話を聞けるでしょう」
幸い、その孤児院は教会の敷地内だ。
結婚したい平民のカップルが礼拝に行くことが多いらしい。つまり、縁結びを願うカップルに成りすまして、子供達に接触しろと。
「でも、私の顔って……」
以前、エルネストの婚約者として姿絵が新聞に載ってしまった事がある。
しかも、婚約者を聖女に譲った公爵令嬢として、巷で噂になったのではないだろうか?
「無論、お二人には平民の姿に変身していただきます。全て魔王がしてくれますので、ヒナは心配いりません。馬車も必要有りませんしね」
と疲れた表情でノアは言った。
我儘な主を持つと大変ね。
あれ? 魔王って、教会に入れるのかしら?
◇◇◇◇◇
そんな訳で、どこにでもいそうな平民姿になった私と魔王は、街の裏路地へ転移したのだ。
周りから仲睦まじいカップルに見えるように、手を繋いで歩いている。
見た目は、お互い別人だ。
けれど、やはりこの手は魔王の手。繋ぎ慣れている筈なのに、必要以上に胸がドキドキしているのは何故だろう。これはデートの演技だからと、自分に言い聞かせる。
きっと私は、潜入捜査的な状況に緊張しているのだ。
「ビーチェ、顔が赤いぞ」
魔王は楽しそうに手を引いて体を寄せる。
ち……近いっ!
「カ、カルロスっ、調子に乗り過ぎですっ!」
私、怒っているのですが……。
名前を呼び捨てするたびに、そんな嬉しそうな顔をしないでほしい。
通りすがりのおばさんは「あらあら仲が良いわね」と微笑んでくる。
舌打ちして睨んできたガラの悪そうな青年は、一瞬でどこかへ消えた。
うん……魔王が一緒なら、この上なく安全みたいだわ。
人混みを抜けて平民街へ入ると、すぐに目的の教会と孤児院が見えて来た。
問題なく礼拝を済ませ、教会の敷地内で他愛もない話しをしてイチャイチャする演技をする!
そう、これは演技よ!
すると数人の子供が遊んでいるのが見えた。
寄付すると見せかけて近づいて行く。孤児院の寄付用に、お菓子もたくさん用意してきたのだ。
――近くに行って息を呑む。
子供達は、とても痩せていた。
寄付は貴族の役目だが、それを怠る者も多い。国からの支給だけでは、お腹いっぱい食べるのは難しい現実がそこにはあった。
高級菓子では不自然なので、そこそこ平民でも手を出しやすく、それでいて美味しく量がある物を選んできたが……もっとたくさん用意すればよかった。
子供達を呼んでお菓子を渡すと大喜びする。
早速お菓子を食べ出した、数人の子供に話を聞いた。
「そういえば、ここに勇者様と同じ髪色の女の子が居たって聞いたのだけど?」
「あー! ヒナタおねえちゃんだ、それ。」
クッキーを口いっぱい頬張りながら、一番小さな男の子が言った。
「ダメだよっ、お姉ちゃんのことは言っちゃいけないんだよ!」
少し背の高いの女の子は、男の子を叱る。
「大丈夫よ、内緒にしておくから。ほら、こっちのお菓子も美味しいのよ。はい、あ〜ん」
と数個だけ用意した、高級チョコを口に入れてあげる。
「「「お、おいしい〜!」」」
「これ、少ししか無いから、みんなには内緒ね!」
うんうんと頷いた子供達。
秘密を共有する者として信用してくれたのか、詳しい経緯を教えてくれた。




