44.蓮視点 不信
その日は――。
朝からずっと、やたらと人に囲まれてしまう一日だった。
まあ原因は分かっている。剣術大会のあれだ。勇者として、大々的に周知されてしまったのだから仕方ない。どうも目立つにことには慣れなくて、戸惑うばかりだ。
途中で、用事があるらしいアリス嬢とは分かれ、エルネストと二人で教室に入る。待ってましたとばかりにロランがやって来た。
包帯は痛々しいが、元気そうでホッとした。
ロランは辺境伯の息子で、育った環境なのか、ただ剣が好きなのか……途中棄権になってしまった剣術大会の再試合をやろうと提案してきた。
オリヴィエもやりたがっていたし、エルネストも乗り気になっている。
俺的には……やらなくていいんだけど。どうせ、ズルだしな。まぁ、そんな事は言えないから、合わせておくしかない。
暫くすると、保健委員のキーランもやって来た。つまり――ベアトリーチェ嬢も保健室から教室に戻って来たはず!
周りにバレないようその姿を探してみれば、自分の席に座って窓の外を眺めていた。
あぁ……絵になるなぁ。可愛い。
思わず見惚れてしまうが、すぐに会話に戻る。すると――。
教室の窓側に立つ、ロランを見たエルネストの表情が強張った気がした。
エルネストの視線の先を見れば、理由は明白だ。
婚約破棄をしたエルネストの、次の婚約者となったアリス嬢。そんな彼女が、保健医のカルロス先生と楽しそうに歩いていた。
……てか、あれってもう恋人みたいじゃん。
カルロス先生は前に、ベアトリーチェ嬢を抱き上げたりしていたし、女生徒と接触多すぎないか?
羨まし……って、いやダメだろう教師が!
もう一度ベアトリーチェ嬢を見れば、やはり彼女の視線もあの二人に向いていた。
何を思っているのだろうか? 正直すごく気になる。
エルネストはさすが王子だ。その後は、表情を戻して自然と振る舞っていた。
◇◇◇
昼休みになると――。
食事を終えあアリス嬢が、スキップでもしそうな浮かれ具合で、園庭を歩くのが見えた。
エルネストは王子なので、毒見の都合もあって、いちいち寮へ戻って食事を摂っている。だから一緒ではないのだろう。
アリス嬢の向かう方角には保健室がある。
何となくだが、今朝の様子が妙に引っかかってしまい、跡をつけてみた。
案の定、目的は保健室のようだった。
貴族の令嬢がする事とは思えないが、裏庭の植木の影から保健室の中を見ている。
覗きか?
何の為に――いや、分かっている。目当てはきっとカルロス先生だ。
この世界の顔面偏差値はどうかしている。クラスメイトのノアも相当美形だが、カルロス先生は断トツ。男でも見とれてしまう程の顔に、大人の色気まで漂わせている。
そんな中に放り込まれた、平々凡々の異世界人の俺なんて、のっぺらぼうの域ではないかと悲しくなる。その上、俺は昔から影が薄い。プリントや給食のデザートが配り忘れられるのは日常茶飯事だった。
まあ、こうして尾行しても気づかれないのは助かるけどな。
最初に会った時から、アリス嬢は聖女だというのに少し軽薄そうな感じがしたが――。
様子を見ていると、浮気とかではないようだ。
アリス嬢はカルロス先生の、ただのファンの一人なのだろうか?
もういいかと、立ち去ろうした矢先――。
ぽぅ~っとした表情だったアリス嬢の顔が、突然険しくなった。無意識なのか、ギリギリと爪を噛んでいる。
初めて見たアリス嬢のその顔は……昔から知っている人の、嫌な顔つきにそっくりだった。
アリス嬢は危ない――頭の中で警鐘が鳴る。
保健室内に目をやれば、いつの間にかカルロス先生の前にはベアトリーチェ嬢が座っていた。
これか……原因は。
カルロス先生は、愛おしそうにベアトリーチェ嬢の手を握り、手のひらに口付けをした。よく見えないが、顔にも触れているのだろうか?
見てはいけないものを見てしまい、こっちがドキドキしてくる。
――ボキッ!
鬼の形相をしたアリス嬢が植木を折った。
うわっ、怖っ!! あれで本当に聖女か?
保健室は、真っ赤になったベアトリーチェ嬢とカルロス先生の二人の世界だった――。だが、いいタイミングでキーランが入ってきてくれた。
ああ、良かった……。ん? なんでホッとしたんだ俺?
その後は、普通のやり取りをしているみたいだったが――キーランが、チラリとこっちを見た気がする。向こうからは見えない位置だから、気のせいだろうけど。
とにかく、アリス嬢が立ち去るまでは息を殺し、人の気配が無くなってから、俺も午後の授業へと向かった。
授業中、ふと自分に嵌められたアーティファクトが気になった。
もし、本当に盗聴されてたら?
それも、バスチアンだけでなくアリス嬢もグルだったら……。俺のせいで、ベアトリーチェ嬢に何かあったらどうする?
日向のような犠牲は、もうたくさんだ!
どうにかそれを確かめなくては。カルロス先生が紳士で、ベアトリーチェ嬢に一途なら……応援してやってもいいが。アリス嬢との二股なら許せない。
一応、ベアトリーチェ嬢には、カルロス先生の毒牙にかからないように忠告しておこう。
きっと聡明な彼女なら、一言伝えれば自分で見極めるだろうから。
それから、机の上の新品のノートを見て良いことを思いついた。
◇◇◇
放課後、早速それを実行に移した。
幸いベアトリーチェ嬢は、今日は一人で寮へ帰るようだ。そのまま後を追うと、人気のない場所で花を愛でていた。
やっぱり、可愛いな……っと今はそれどころじゃない。
周囲に誰も居ないのを確認し、声を掛けながら肩に手を伸ばす。
――が!
いきなり景色が反転した。しこたま背中を地面に打ちつけ、痛みに一瞬息ができなくなってしまう。
「ま、まあ! ……レン様、大丈夫ですかっ!?」
心配そうに言ったのは、俺を投げ飛ばした張本人のベアトリーチェ嬢だった。
思いのほか顔が近くて焦る。
けれど、目的をハッと思い出し、慌ててベアトリーチェ嬢の口を塞ぐと、持っていたノートに理由を書き出した。
ベアトリーチェ嬢は戸惑いながらも、俺の言いたい事を理解してくれたようだ。
交換日記をすることも了承してもらえ、一先ずは及第点だな!
ただ、最後にカルロス先生への忠告を書くと、不思議そうな顔をしていたけど。うーん……伝わってくれるといいんだけど。
◇◇◇◇◇
学園に入学した当初は、用意された寮の部屋がかなり広くて驚いた。それもそのはず、俺に与えられたのは高位貴族用の部屋だ。
エルネストからは、側仕えを用意すると言われたが、もちろん断った。他人と一緒に居るのは正直苦痛でしかない。
だから、俺は一人だけで大きな部屋を使っている。おかげで、人の目を気にせずにいられた。
今日の出来事を考えながら、ノートを取り出して交換日記を書き始める。
日向の特徴を思い出す。
この世界に居るとしたら、転生だろうからな。外見なんて違うに決まっている。
だったら……!
一通り書き終えたところでノートを閉じ、グーっと伸びをした。
――パチリ。
静かな部屋のどこかで、指を鳴らす音が聞こえた気がした。次の瞬間には、俺の部屋は見たこともない豪華な部屋に変わっていた。




