43.パニックですよ
『僕は、盗聴器をつけられています』
……盗聴器、知っていたのか。
魔族のみんなと違って、どうしてレンは分かったのだろう。
ただの、勘?
けれど、なぜ私にそんな事を伝えてくるのかが理解できない。レンに、そこまで信用される理由が見つからないのだ。
きっと私は不審げな表情をレンに向けていたのだと思う。レンはハッとしたように、盗聴器という言葉に斜線を引き書き直す。
『盗聴の魔道具をつけられています』と。
あ、そっちね。
この世界には機械が無いので、私に盗聴器は分からないと思ったのだろう。勘違いだが、理解したと頷いてみせる。
『誰にとは聞かないで下さい。まだ確証がないので』
もう一度頷くと、レンは安堵したように笑みを浮かべた。
「ベアトリーチェ嬢、僕の妹の件なのですが……。中々お話しできないので、もし良かったら交換日記をしていただけないでしょうか?」
今度は、声にだしてそう言った。
つまり、これは盗聴している者に聞かせる為に話しているのだ。
「交換日記……ですか?」
「はい。僕らの世界では、友人とよくやる事なんです。一つのノートに、その日の出来事やお互い話したいことを書いたりして。簡易な手紙みたいなものです」
それ、いつの時代の話よ? と、突っ込みたいが当然言える訳もない。
「その様な習わしがあるのですね」
「習わし……えっと、そんな大そうなものではありませんが、流行りといいますか」
モゴモゴするレンに、「いいですよ」と答えた。
レンは嬉しそうに筆談していた物とは別に、新品のノートを取り出し簡単に説明する。
「このノートに順番に書きましょう! 書いたら、秘密の場所を決めて置くようにするのはどうでしょうか?」
そして、比較的どうでも良い話をつらつら喋る。
「では、それを置く場所を考えないとですね」
「はい! 良さそうな場所を探しておきます! 最初は僕からで、妹の特徴などを書いておきますね」
そんな会話をしながら、お互いに手元では筆談をし続けていた。
投げ飛ばしたことを謝り、私が護身術を習っていたことは秘密にしてもらうよう頼んだ。『淑女として恥ずかしいので』と書くと、レンは微笑んで了承した。
そして、最後にレンから書かれた一言に、目を見開く。
『カルロス先生には、くれぐれもお気をつくください』と。
真剣な表情をしたレンは、真っ直ぐに私を見ていた。
◇◇◇◇◇
「つまり、レンは盗聴されているのが事実であるのか、確実に把握したいのですね」と、ノアは言った。
私は頷く。
「そのノートには、私達しか知らない話を書くの。たぶん盗聴した人間は、そのノートを手に入れようとするだろうとレンは書いたわ」
「成る程。レンは魔道具を疑っていて、盗聴している人間が誰だか予想がついているのですね。まあ、あの魔道具を用意した魔術師を疑うのは当然です。けれど、学園内でそれをするなら、アリスかエルネストの関与を知りたいのでしょう」
「ええ、そうだと思うわ。それにしても……カルロス先生に気を付けてとは、どういうことかしら?」
勇者の勘? それとも、カルロスが魔王だと、何か知る術があるのだろうか。
「あー。保健室のやり取りを見てたからじゃない?」
気まずそうなキーランの一言に、ノアの眉がピクリと動く。
「キーラン、保健室で何か? ……詳しく話してください」
冷え冷えとした笑みで、ノアは有無を言わせなかった。
保健室の窓の外、裏庭側でアリスが隠れて覗いていたらしい。更にその後ろには、アリスを尾行していたレンが居た。
ケリー姿で散歩していたキーランは、それを見て急いで保健室へやって来たのだ。
――えっ!?
なんでアリスを尾行なんて……ん、ちょっと待って。あの状況を義理の兄に見られていた?
のわぁぁぁっ!!! は、恥ずかしいっ!
いくら義兄が、ベアトリーチェと日向が同一人物だと知らなくとも、私は知っているのだ。身内にあれを見られるなんて……穴があったら入りたい。
筆談で『淑女として』なんて書いておきながら、滑稽でしかないわ。頭の中でチーンと鐘が鳴る。
話を聞き終えたノアは、羞恥でパニック寸前の私を横目で見た。
そして、大きく溜息を吐くと魔王をチラッと睨む。
「学園では、ヒナとの接触にはくれぐれも気をつけるようにと……お願いしましたよね? 我が王よ」
「十分、我慢しているが? そもそも、ノアの言う通りにしたからアレが寄ってきたのだろう。いっそ消し去った方が早かったのだぞ」と、魔王は悪びれもせずに言う。
はあぁっと、ノアは眉根を寄せこめかみをグリグリすると話題を変えた。
「で、アリスはどうでしたか?」
魔王のストレスの原因にもなった、本来の目的を尋ねた。
「……ああ、お前の言う通りだった」
「やはり」と、ノアは勝手に納得して話題を交換日記に戻した。
「それで、彼はヒナと交換日記とやらをして、犯人を見つけた所でどうしたいのでしょうかね」と、ノアは言う。
確かにそうだ。
「レンの中には、私を探すことや魔王討伐以外にも、何か目的があるのかしら?」
私が悪役令嬢を回避しようと足掻いたように、義兄もまた勇者を回避しようとしているのではないか。普通に考えたら魔王討伐って怖いもの。
漠然とだが、そう思った。
「……だったら、直接聞いてしまえばよい」
頬杖をついた魔王はとんでもない事を簡単に言った。
「お、お待ち下さいっ!!」とノアが焦って言った瞬間――。
魔王はパチリと指を鳴らした。




