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37.変化

「聖女アリスの方ですが。大きな動きはありませんでしたが……ドレスが大層気に入った様子で、ずっと鏡の前で踊っていましたね。ついでに、こっそりと台詞の練習もしていました」


 ジゼルの報告では、如何にも聖女といった感じのドレスは、やはり宮廷魔術師が用意していた物だった。

 それに加えて、台詞の練習とは……あの魔法陣と聖剣は、完全に仕組まれてものだと確定した。


 それにしても……ジゼルは、かなり近くでアリスの監視をしていたようだ。よくよく聞けば、堂々とアリスの待機していた、来賓控室の侍女として潜り込んでいたと言うのだから凄い。


 さすが最強の侍女、肝が据わっているわ。

 

 小説では、魔王復活がきっかけで、アリスも何らかの力に引っ張られて聖女の力が覚醒したとあったが……。

 階段事件の時には、既に癒しの力を披露していたのだから、覚醒のタイミングが矛盾している。小説がアリス側の人間によって書かれた物なら、聖剣の事も含め――色々と嘘くさい。


 何となくモヤモヤする。

 考えをまとめようと、立ち上がって部屋の中をゆっくり歩く。


「アリスは聖女ではないのですよね?」


 クルリと振り向き、再度魔王に尋ねた。


「そうだ。……混沌の時代には様々な種族が入り乱れ、光属性や闇属性のも多く、半分が魔族や天族の血が入った人間も少なくなかった。聖女なんてものは、そういった者が減った時代に、人間が勝手に呼ぶようになっただけだ」


 ふとノアを見ると、頷いている。

 天使といった呼び方も、人間が勝手に付けたと言っていたのを思い出した。


「特別な力も無い、ただの光属性のアリスには、あの剣が持てないのですよ。一見は聖なる剣のようですが、あれは魔剣ですからね。闇属性か、魔族でなければ触れる事も不可能です。まあ、触れられたとして、使いこなせるかは別ですが。だから、勇者が必要だったのでしょう」


「なぜ、勇者には可能なのですか?」


 素朴な疑問をそのままノアに投げかけた。

 レンは聖剣を普通に持つことが出来ていた。


「それは、私にも……。それが可能な人間が勇者だった、と考えるしかないですね。この世界の者でも、他の世界の者でも構わなかったのでしょう」


 適性のあった望月蓮が、あの本のせいでたまたま召喚しやすかった。そういう事だろうか?


 それなら……。


「転生者である私にも、扱えるのではないかしら? 魔王の魔力を分け与えられていますけど、それなら問題な」


 ――ボスッ!


「ふぇっ!?」


 急に手首を掴まれて、気づいたら魔王の腕の中だった。


「絶対に! ――あの剣に触れてはならないっ!」


 魔王の胸に顔を埋めた状態で、上から言葉が降って来る。視界が遮られているせいか、魔王の表情は分からない。


 ただただビックリした。


 魔王の鼓動が聞こえ、自分が抱かれていることが理解できると……恥ずかしさもあり、どうしていいか分からなくなった。

 いつもの揶揄いかと思い、もう一度提案する。


「……で、でも。やってみる価値は」


 グイッと両肩を掴まれ、魔王から身体が離された。魔王は少し屈むと、真正面から私を見据えた。

 紫と赤の宝石の様な瞳から目が離せない。


「お前は、()()()()()()()()()()()()()!」


 もう一度言われた言葉は、余りにも真剣で、背筋が凍る程の鋭さを秘めていた。


 ……ゴクリと唾を呑んだ。


 返事の出来ない私に代わり、ノアが口を開いた。

 

「いいですか、ヒナ。もしもヒナに勇者の資格があったのなら……レンではなくて、ベアトリーチェとしてあなたが召喚された筈です。異世界の召喚よりも、同世界の方が簡単なのですから。資格のない者が触れることは、命の危機もあるという事です。――そうですよね?」


 怖いくらいに真剣な声。

 魔王はノアの問いかけに「……そうだ」と、小さく返事をした。

 

「……分かりました。私はあの剣には触れません」


「絶対だ」と、魔王に言われ頷くと、やっと私の肩掴んでいた手から力が抜けた。

 安堵したのか、魔王の雰囲気が和らぐ。


 そして、話はロランの剣術大会の感想へと移っていった。

 いつもなら興味をそそられる内容なのに、頭に全く入ってこない。

 掴まれた肩の感触と、魔王の鼓動の音が耳から離れず、自分の胸の高鳴りを抑える事で精一杯だった。

 


 ◇◇◇◇◇

 


 ――翌日。


 昨日の濃い一日と違い、寮の部屋でゆっくりとしていた。

 ふとすると、魔王のことを考えあの瞳を思い出す。何故か、胸がキュッと苦しくなった。

 

 きっと私は、男性に対する免疫がないのだわ。

 頭を左右に振り、魔王のことを考えないようにする。


 ――トントン、と部屋の扉がノックされた。


「お嬢様、よろしいでしょうか?」


 そう言って、ジゼルはティーセットのワゴンと一通の手紙を運んできた。


 差出人を見ると、オリヴィエからだった。

 学園の敷地内であっても男女の寮は別なので、用事があれば側仕えを通じて手紙のやり取りをする。


 手紙に目を通すと、思わず笑ってしまった。


「オリヴィエ様は、何と仰っておいでですか?」


 ジゼルも、剣術大会でロランに負けた上、気絶した――いや、気絶させられたオリヴィエを心配していたのだ。


「明日の休みに、一緒に街に買い物に行きたいそうよ。ついでに美味しいスイーツのお店で、昨日の残念会をしてくれって言ってるわ」

「まあ! オリヴィエ様は甘い物がお好きですものね」


 ホッとしたジゼルは、嬉しそうにそう言った。


「早速、返事を書くわ。再来年は優勝するように、いっぱい励ましてあげなきゃねっ!」


 ウキウキしながら返事を書くと、ジゼルに届けてもらった。

 まさか、その誘いにはオマケが付いているとは知らずに……。

 

 

 

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