34.聖剣とは?
――聖剣だ!
そんな、大切な事を忘れていたなんてっ。
ダンスパーティーは、悪役令嬢ベアトリーチェが断罪され、魔王を復活させる始まりのイベントだから、よく覚えていた。
それに対して、この剣術大会は殆ど描かれていなかったのだ。
魔王討伐に出発する日に、勇者が聖剣を掲げ歓声の中、ちょこっとだけ説明的に入手方法が描写されている程度だった。
言い訳になっちゃうけれど、この時ベアトリーチェは死んじゃっていたから、全く書かれていなかったし!
幼い頃から準備してきた悪役令嬢回避の作戦に、関係なかったのよぉぉぉ。
それに……、それにね!
読んでいた当時は、剣術大会なんて全く興味も無かった。それが、自分で剣を振るう日が来るなんてね――……
「ぅわっ!? ベアトリーチェ嬢、大丈夫っ?」
突然むせ返った後、放心状態で考え込む私に、キーランは慌ててハンカチを渡してくれた。そのハンカチで、グイッと口元を拭って微笑む。
「……大丈夫よ、ごめんなさい。それよりも」
思い出せ……詳しく思い出すんだ、私っ!
ぐるっとテント内を見回して、どう言おうか考えた。
ロランの件も詳しく訊きたいし、後半戦が始まる時間も迫っている。かと言って……直接的な言葉では、さっきのミレーヌの姿を見てしまった今、どこで誰が聞き耳を立てているか分からない。
――と、その時。
パチリとカルロスが指を鳴らすと、この前の広い部屋に変わった。
「……ここは、異空間だ。ビーチェ、話したいことがあるなら話せ」
カルロス姿の魔王は、私を見て言った。
「異空間……ですか?」
頷くカルロスに代わり、ノアが説明をし出す。
「仕組み的には、魔界が復活する前の魔王城と同じです。ただし、魔王城には時間の流れがありましたが、此処は少し違います。過去でも未来でも……まして、現在でもありません。切り取られた空間、つまり時間が流れていないのです」
「は、はあ。難しくて、何となくしか理解できてないけれど……。ともかく、時間は気にしなくていいのよね?」
「その通りです。ですから、安心して話してください」
ノアの言葉で、気持ちが落ち着いた。
カルロスを見れば、黙って私を見詰めている。
「えっと、では。この剣術大会のことを……小説に書かれていた聖剣についてを思い出しました。今日の大会、優勝は勇者のレンです。そして、聖剣が現れるのです」
「聖剣が、現れるとは?」
ノアは怪訝そうに眉を寄せる。
「優勝した勇者の頭上の空高く、金色に輝く魔法陣が現れて、その中から聖剣が勇者の元へ下りていった――。ほんの一文ですが、確かそんな感じで書かれてました」
「そうですか。金色の魔法陣……ね」と、ノアはそれ以上訊いてこなかった。
あれ……反応薄くない?
不思議に思いつつ、自分からも質問をする。
「それに、いくら何でもレンが優勝って、流石にまだ無理なんじゃないかと思うのです……ん? あっ、さっきのロランの怪我って、まさか仕組まれて?」
「ご名答です、ヒナ。ジゼルからの報告で、あのメインステージを施工した者の中に、賊の雇い主と繋がっている者がいました」
「……施工?」
「はい。魔王の魔眼で確認していただきましたが、幾つかの魔石がステージ内部に埋め込まれています。ある魔道具と一緒に。魔石に一定の魔力が流し込まれると、それが破裂するのだそうです」
ま……まさか、爆弾ってこと?
「そんな事をすれば、ステージが壊れてしまうじゃない! 魔法禁止で、来賓の魔術師団代表が目を光らせているのに、どうやってするのよ? 壊れたステージを直すのだって大変……」
ああ、そうか。
一人だけ、出来るじゃない。それが監視している当人なら。
「空に、魔法陣が現れるのですよね?」
ノアは小説の話に戻した。
「ヒナ。聖剣とは、何処から来ると思いますか?」
「えっ……空からだから、天界とか?」
勇者とか聖女って、神に選ばれし者って感じがする。
「私たち天族は、魔法陣は使いませんよ」
「――あっ!」
この世界で魔法陣は、魔族や人間が使う物だ。神々が使うのは、神力であって魔力ではない。
「つまり、聖剣は天からの授け物ではないと……」
私の導き出した答えに、ノアは笑みを浮かべる。
「けれど、この王立学園の生徒や大勢の関係者が注目している中、その様な光景を目撃したらどうなりますかね?」
「勇者は……神に選ばれし者? 間違いなくそう思いますよね。あっ。もしかして、聖女アリスも?」
「見事なドレスを着て、待機しているそうですよ。ジゼルが、見張っています」
……うわぁ。
ジゼルったら、完璧に侍女の域を越えたわね。
「ロランが怪我をしないように、どうにか阻止しないとっ!」
意気込んでみんなを見ると、ノアは首を横に振った。
「阻止は、無理です」
「……なっ!? ロランが怪我するのが分かっているのにっ!?」
「トーナメント表を見たでしょう? 最終決戦は、エルネスト対レンになるよう仕組まれています。その際、邪魔なのは……強者のロランと、レベルの近いオリヴィエです」
「――えっ?」
今なんて……。
「オリヴィエとロランを、同時に潰すつもりなのです。一度は阻止したとしても、また次の手を打ってくるでしょう。でしたら、上手くそれに乗ってあげるのです」
ノアは氷の様な瞳で、冷ややかに言った。
「ヒナ、ロランは大丈夫だよぉ。ちゃんと、オリヴィエを守るからさっ」
キーランは、私の顔を覗き込むと笑顔で言う。
黙って立ち上がったカルロスは、ポンッと私の頭の上に手を置いた。
「ロランもやる気だ。信用してやれ」
優しく乗せられた白く指の長い手。無表情のくせに、魔王はロランに絶対の信頼を寄せている。
私はそんな風に誰かを信じたり、信じてもらえた事ってあったかな?
少しだけ、目頭が熱くなった。
「それに、大事故や死人がでたら大会は中止になります。ヒナの話から推察すると、せいぜい次の試合に出られない程度の怪我をさせるのが目的でしょう」
ノア……、それを先に言ってよね。




