32.準備日です
ロランの動きが、まるでロボットのようにぎこちない。
「あの……キーラン様。ロラン様の歩き方、少し変ではないでしょうか?」
周囲の生徒に聞かれても大丈夫なように、丁寧に話す。
「あー、あれはですね。魔……じゃなくてっ、例の重しをつけて練習しているらしいです」
うわぁ……。
だから、一歩進む毎に地面が沈むのね。魔王が重しを付けるって言ったの、本気だったんだ。
「でも、あれだと不自然ですし……。メインステージが壊れてしまうわ」と、声のトーンを下げてキーランに伝えた。
今日は、剣術大会の準備日だ。
設営が終われば、会場は当日まで使えなくなるので、ギリギリまで訓練したい出場者は、今のうちにと自主練に励んでいる。
私とキーランは、救護テントの薬品や衛生用品のチェックをする為にやって来ていた。
備品リストと照らし合わせ、足りない物がないかを調べていた。念には念を入れ、回復系のポーションも準備しておかないといけないから。
そんな中、沢山の木剣がぶつかり合う音が気になり、手を止めテントの外に出て見物していたのだ。
大会は、トーナメント方式で行われる。
最初は人数も多いため、学年毎に分けられて、ペアになった者と一斉に打ち合う。
そして、勝ち進んだ者だけがメインステージで戦えるのだ。
観客席からよく見えるように、ステージは少し高い位置に作られている。
確実に地面よりも、強度は劣るだろう。
「あぁ〜、そうだよね。もうちょい軽くするように伝えるねっ」と、キーランは慌ててテントの中へと戻って行く。
重しを外してあげる選択肢は……無いのね。
この大会の勝敗は、木剣を手放したり降参すれば負けだ。メインステージの場合は、場外も負けとなる。
同レベルなら、暫く打ち合っていられるが、相手がロランみたいにパワーがある者なら、直ぐに勝負は決まってしまうだろう。
力任せにやったら確実に負ける。私だったら……。
頭の中で、対戦者の打撃をどう受けて、いかにスマートに急所をとらえ動きを封じるか考える。自分よりパワーがある相手とやるなら、その相手の力を利用すれば良い。
ま、鍛錬の下積みがあるからこそ出来る技だけどね。正直、相手がロラン以外ならつまらなそうだわ。
――あれ?
ぐるりと見渡すが、エルネストとレンの姿はどこにも見当たらない。
そういえば、オリヴィエもだわ。
時間をずらしているのか、然もなくば他の場所で訓練しているのかもしれない。
「誰を探しているのかな?」
「ひゃっ……!! あ、カルロス先生」
急に間近で声をかけられ驚いた。
本当に、魔王の気配は感じられない。どうやって、消しているのか疑問だ。
「殿下やレン様、オリヴィエも見当たらなかったものですから」
「……成る程。こちらへ来なさい」
そう言われてテントの中へ入る。
――んんんっ!?
さっきまで、普通の救護室だったのに。
いつの間にか立派な部屋へと変貌していた。心なしか広くなっているような気さえする。
キャッチコピーがあるなら、寛ぎの空間へようこそ!みたいな。
白いシンプルなベッドが配置されていた場所には、ゆったりとした高価そうなソファが置かれてた。
「其処へ座りなさい」
そう促され、ソファに腰を下ろす。すると、カルロスも隣に座った。
「私の眼を見るのだ」
魔王がカルロスの姿になっている時、瞳は綺麗な紫色だ。それが、段々と瞳の中心が鮮やかな赤に変わっていく。
これは……魔眼だ。
「そのまま、目を閉じてみろ」
言われるがまま目を閉じると、コツンと額に何かが当たる。そして、手が握られた。
ドキッとした瞬間、脳裏に景色が浮かんできた。
意識だけが場所を移動している様な感覚。
行き着いた先――それはエルネストの寮だった。王族専用の寮には、個人用の訓練場が完備されている。
訓練場には、四人の人物の姿が見えた。
エルネストとレン、それからオリヴィエも。もう一人は、近衛の隊服を着た青年。彼には見覚えがあった。
エルネストと初めてお茶会をした時に、護衛として一緒に来ていたあの近衛騎士だ。随分と、頼り甲斐のありそうな雰囲気になっている。
もしかしたら、彼がレンの特別講師をしているのかもしれない。
訓練が始まると――。
エルネストとオリヴィエ、二人とも以前よりかなり上達しているのが一目で分かった。
レンも、どうやら勇者特有のチート能力が付与されているみたいだ。でなければ、この短期間であそこまで動けるわけがない。
良かった。これなら、怪我もしないだろう。
ホッと胸を撫で下ろすと、景色は消えていった。
「あぁぁっ!? 二人で何かイチャイチャしてるっ! カルロス先生、ずる〜いっ」
唐突にキーランの声が聞こえて、パッと目を開く。
すると、目の前にはカルロスの顔があった。
へ? ちっ、近っ!!
さっきの、額にコツンと当たったのが、カルロスの額だったのだと気づく。この近過ぎる距離感に、上手く息が吸えない。ただ、バクバクと全身が脈打つようだ。
フッ……と、カルロスは笑うと顔と手を離した。
「お帰り、キーラン君。ベアトリーチェさんに魔眼で景色を見せていただけだ」
部屋は元通りになっていて、カルロスは教師モードでペラペラ喋る。
な、何だ、そうだったのね。
「もぉ、嘘ばっか! おでこくっ付けなくても見せられるでしょぉ」
「そうだったかな。久しぶりで、忘れていた」
「――はい?」
ポカンとした私に、カルロスは美しい笑みを見せた。
……うぐっ。や、やられた。
だけど。
あれだけエルネストを嫌っていたオリヴィエが、一緒に居るとは思わなかった。先日の件も含め、エルネストは変わってきたのかもしれない。
まあ、エルネストから誘われたら、オリヴィエには断ることは不可能だけどね。
ただ、アリスが静かなのが気にかかる。
カルロス目当てで、救護の手伝いに申請を出すかと思ったけれど、それも無かった。聖女の力を誇示するチャンスでもあったのに……。
何も、起こらなければいいけど。
少しだけ不安になった。




