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30.遅くったっていいじゃない

「では、カルロス先生。私は教室へ戻りますね」

 

 足は全く問題ないので、ベッドからスクッと立ち上がる。動かなかったのは、やはり魔王の仕業だった。人の身体を勝手に操られてはかなわない。


 しっかりと、今後はしないでほしいと言っておいた。笑顔のみの返事だったので、怪しいことこの上ないが。


「先程の件、忘れないように。キーランは、ちょっと残ってくれ」と、カルロス姿の魔王は言った。


 これから毎日、健康観察と称して保健室へ足を運ぶことを約束させられた。でないと、カルロス先生が教室まで確認に行くと言う。


 保健室で一人は、つまらないのだろうか?


 キーランを残したまま、教室へ向かう。


 窓の外は、すっかり夕暮れのオレンジ色だ。

 どうせならと、保健室でそのまま魔力を流してもらったので時間がかかってしまった。

 けれど、それもあと数回で終わるらしい。


 教室の扉を開くと、クラスメイトは下校していた。ただ、一人を除いて。

 

「……良かった。もう、大丈夫なのか?」


 そう言ったのは、高貴な金髪を夕陽に染めたエルネストだった。


「はい、大丈夫です。殿下……お一人ですか?」


 何故、まだ教室に残っていたのか分からない。

 それも、一人きりで。


「ああ。レンが……オリヴィエに用事があると言ったので、アリス嬢がついて行った」


 あ、お茶会の件かしら?

 しかも、どうしてアリスまで……オリヴィエ、頑張れ!


「ノア様たちは?」

「……彼等は先に帰した」


 エルネストが一人きりとは不自然だ。

 誰かと用事でもあるのかもしれない。もしかしたら、勇者に監視者でもつけているのだろうか。

 それの報告待ちとか?


「そうなのですか。私は荷物を取りに戻っただけですので、直ぐに退室いたしますね」

「私は……ベアトリーチェを待っていたのだ。荷物が残っていたからな」


「……はい? 今なんと……」


「ベアトリーチェを待っていたと言ったんだっ。二度も言わせるな」


 そう言ったエルネストの耳は真っ赤だ。


 どうやら空耳ではないらしい。

 何で私を待っていたのか……それに、呼び捨てって!


「何か、私にご用でも?」


 魔王関連……いや、それは流石に無いだろう。では、先の件で何か文句でもあるのだろうか。


「ベアトリーチェには、すまない事をした。……私が、悪かった!」


 ――え? うそっ……謝ってる?


 王族が、頭を下げるなんて有り得ない光景だ。

 二人きりの教室とはいえ、誰かに見られでもしたら不味い!


「あ、あの、頭をお上げください」

「許せとは、言わない。ただ、この謝罪の言葉だけ受け取ってほしい」

「はいっ、分かりましたから!」


 返事を聞いたエルネストは顔を上げると、まるで憑き物でも取れたかのような、柔らかい表情をした。

 初めて見る顔だ。


「王族が簡単に頭を下げるのは……」


 厳しい教育の中で、それはしてはいけない事だと教えられている筈だ。


「知っている。だが、勇……レンに言われたのだ」

「レン様に、ですか?」

「悪いと思ったら、謝るべきだと」


 それだけで? 


 確かに正論だけど、向こうと異世界(こっち)じゃ常識が違う。私の表情を見たエルネストは、フッと笑った。


「私も、ベアトリーチェと同じことを思った」


「では、何故ですか?」


「レンに……謝ったところで、もう遅い。そう言ったのだ。だがレンは、謝れる相手がいるのだから、遅くないと言うのだ。もう、婚約者に戻るのは不可能だ。けれど、謝れる相手が居なくなってしまったら、その時こそ……想いを伝えるのには遅いのだとな」


 ――そうか。


 エルネストの言葉が、胸に重くのしかかる。

 義兄は私が死んだ後、とても後悔していたのかもしれない。

 あの時、叫びながら走っていた姿を思い出す。高校生が見るには、あの光景は余りにも残酷だっただろう。


 私は……自分の事しか考えていなかった。


「さっき、ベアトリーチェが倒れたのを見て、レンの言葉を痛感した。だから、この場だけでいい。忘れてくれても構わない、伝えておきたかったのだ」


「そう、でした……か」


 だめ。

 込み上がる感情が、喉に詰まって上手く言えない。

 だけど、ちゃんと言わなくちゃいけない。


 ふうっと、大きく息を吸う。


「はい、伝わりました。これからもクラスメイトとして、よろしくお願いいたします。きっと、今の出来事は……先程飲んだ薬の副作用で、忘れてしまうと思いますけど」


 うん、薬なんて飲んでないけどね。


「そうか……。其方は、いつも私の事を考えていてくれたな。ありがとう、ベアトリーチェ嬢」と、エルネストは小さく言った。


 もう、婚約者としての呼び方はおしまいだ。

 

 この世界は小説ではないらしいが……。王子と勇者の友情が、ちゃんと生まれていた事が嬉しかった。



 ◇◇◇◇◇



「ふーん……面白い」と、普通では聴き取れない程の小さな声。


 教室の扉の後ろで、聞き耳を立てている者が居た。

 二人のやり取りを全て見ていた女生徒は、学生服のスカートを靡かせて、楽しそうにその場を去って行った。


「ニャア〜」


 廊下の出窓の上から飛び降りたケリーは、張り切ってシッポを揺らし、その学生の後を追った。



お読み下さり、ありがとうございました!

次の更新は、来週になりますm(__)m


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