27.まさかの一日
――お、おうっっ……プリンだっ!
周りからの反応がどう来るか、少し緊張しながら後ろの扉から教室へと入ると……直ぐに足を止めた。
教壇近く、いつもの特等席に座るエルネストの横には、オリヴィエから聞いていた珍しい髪の人物の後ろ姿がある。
転生前に見たお洒落さん達がしていた、毛先だけヘアカラーをして遊ぶ、上級者のそれではなかった。完全に黒と金の比率が、プリンとカラメルの状態……。
彼は、日本人だ。もう、嫌な予感しかしない。
フウゥ……と、ゆっくりと息を吸って吐く。
一歩ずつ、その席に向かって進む。教室の皆が、私の登校に喜んでくれているのが分かる。
けれど、先に挨拶すべきは馬……コホンッ、第二王子だ。
柔やかな笑顔を保ちつつ、声を掛ける。
「エルネスト殿下、おはようございます。この度は、大変ご心配をおかけしました」
「……! ベアトリーチェ嬢、もう大丈夫なのか?」
一瞬、顔が強張ったが、さも心配していたかの様に取り繕う。余程、周りから強く叱られたのだろう。
「はい。領地での療養で、だいぶ良くなりました」
一応、完治とは言わない。何かあれば、病弱な体質は色々と使えると、ノアに言われのだ。
「それは、何よりだ。だが、まだ無理はしない方が良いぞ」
以前なら絶対に言わないセリフだ。
「殿下、ありがとう存じます。あの、こちらは……?」
私をガン見してくる視線を、無視する訳にはいかなかった。仕方なく、プリン頭の男子生徒を紹介してもらうよう促す。
「ああ、ベアトリーチェ嬢は休んでいたから、まだ会ってはいなかったな。他国から留学してきた、レン・モチヅキだ」
「ベアトリーチェ嬢、初めましてっ。レンとお呼びください」
ぎこちない笑顔で自己紹介したのは……間違いなく、義兄だった。しかも見た目が、あの日からそんなに年数が経っていないことを物語る。
「ベアトリーチェ・ドルレアンと申します。レン様のお国は……どちらから、いらっしゃったのですか?」
ニコッと、アリスの無神経な物言いを模してみた。
紹介で他国とだけしか言わなかったのだから、それは聞いてはいけないのだ。
エルネストはギョッとした。
私がそんな聞き方をするとは思ってもみなかっただろう。今まで、外では第二王子の婚約者として先読みし、口を慎んできたのだから。
「……あの、えっと、多分遠いのでご存知ないかと」
「まあ、そんな遠いお国なのですか?」
そりゃ、遠いわ。異世界だもの。
「あっ! ベアトリーチェ様っ!」
背後から、空気を読まない本家本元がやって来た。
「お身体は、もう大丈夫なのですか? 盗賊に襲われたと聞いて、私っ……心配で心配で」
両手を口元に当てたアリスは、瞳をウルウルさせる。
「アリス嬢、それは根も葉もない噂だと……!」
明らかに、エルネストは焦っている。
どうやら、エルネストはアリスを制御しきれていないようだ。レンも、困り顔をしている。
「アリス様……ご心配、痛み入ります。ですが、盗賊とは何の事でしょうか? なんとも物騒なお話ですわね。どちらでお聞きになった噂でしょうか?」
さあ、白状しなさい。
「あらぁ〜? 噂なので、よく覚えていなくてぇ」と、アリスは不思議そうに首を傾げた。
全く、白白しい。
「そうですか。アリス様、今後のお立場もございますので、あまり不確かなことは……お口にされない方がよろしいかと」
そう、優しめの口調で釘をさしておく。
結局、誤魔化され噂の出所は分からなかった。
自分の席に着くと、待っていたかのようにオレリアがやって来た。
そして、キーランとロランも普通に話し掛けてくる。かと言って、私と親密にするのも不味いので、普通に仲の良いクラスメイトって感じだ。
もう魔族の三人は、エルネストの取り巻き役をする必要は無い。
けれど――。
彼らはエルネストの過ちを知り、最悪の結末を防ぎ、王子としての立場を守ったことになっている。エルネストなりに、三人には感謝しているみたいだ。
そして、そのまま友人としての立ち位置をキープしているらしい。
あれ? そういえば、ノアはまだ教室に来ていない。
「ノア様は、今日はお休みですか?」
「あら、まだいらっしゃいませんね」と、オレリアも首を傾げる。
時間にきっちりしているノアが遅いのは珍しい。
世間話的に、ロランに訊いてみた。キーランでも良かったが、うっかり余計な事を言ってしまう可能性がある。
「用事があるようで、それを済ませてから来るそうです。そろそろ来る頃でしょう」と、ロラン。
「そう、保健室だからっ」
キーランも口を出す。
「まあ、どこか具合でも?」
「いえ、提出書類を出しに行っただけです」
チラッと、ロランはオレリアから見えないよう、キーランを睨んだ。すると、テヘっとキーランは笑う。
あ、言っちゃいけないやつね。
その後、少ししてからノアは教室にやって来た。
◇◇◇◇◇
授業が終わり、教室を出た所で話しかけられた――そう、まさかのレンに。
「ベアトリーチェ嬢、少しお話ししたいのですがっ」
「はい、何でしょうか?」
何故……ベアトリーチェである私に話しかけたのだろうか? 私が、日向だとは絶対に知らないだろうし。
この顔に一目惚れしたのかしら?
久しぶりに、真正面から見た義兄。部屋から出て来なくなってから、殆ど目を合わせることも無かった。最後に見たのは、歩道橋の上からだ。
「あの、学園祭での話を聞いたんです。それで、少し興味が……あ、変な意味じゃなくて! 何か凄いなって。それに、この前オリヴィエとも友達になったので」
「そうなのですか……。私も他の国について興味があります。良かったら、今度オリヴィエも一緒にお茶会でもいかがでしょうか?」
こちらも、勇者の役割を知りたい。
「ぜひっ! ありがとうございます!」と、破顔するとグッと手を握ろうとした。
いつぶりの笑顔だろう……って! こっちの世界では、握手であろうと淑女にボディタッチはよろしくない。
そう思った瞬間、急に何かに足を取られた。後ろへ倒れそうになると、フワッと背後から抱き止められた。
ん? この感じ、まさか?
「ベアトリーチェさん、まだ具合が良くない様ですね」
そう言ったのは、ガウンではなく白衣を纏った――紛れもない、魔王だった。
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