21.復活
「ヒナは何故、私を賊だと思ったのですか? 普通、賊なら空からは来ないでしょう」
うっ、確かにそうだ。先入観とは恐ろしい。
けれど、私にも言い分はある。戦場では一瞬の判断ミスが命取りになるのだと、剣の師匠は言ったのだ。斬らないまでも、動物や魔物なら炎で威嚇するだけでも意味がある。
ええ、ええ。そりゃ、ここは戦場じゃあないですけどねっ!
「キーランが焦ったから、とにかく敵だと思ったのよ。賊が魔物を従えていることもあるでしょう?」
膝の上で眠るケリーの耳が後ろへ倒れた。
……狸寝入りね。
「そうですね。魔物でも知能の低い物は、術師が居れば簡単に操られてしまいますから。残念ながら、魔王に従わなかった者もおりますし。可能性は無きにしも非ず。敵だった場合は、ヒナの判断は間違いではありません」
「でしょう!」と、言うと――。
「ヒナ。今度たっぷりと、私達の魔力を覚えていただきますね」
ふふっと、ノアの形の良い唇が弧を描く。
た、たっぷり……? 何か怖いです!
ジゼルに助けを求めると、クスクスと笑っている。
「と、まあ冗談はこの位にして。そろそろ着きます」
馬車が止まると、外はすっかり夜だった。
結局、賊と出くわす事も無く、目的地に到着できた。もっと、日数がかかるかと覚悟していたのだが。案外近くて驚いた。たとえ、それが普通の馬車の倍以上のスピードだったとしても。
どうやら、ロランは動物の身体能力を上げる力があるらしい。
◇◇◇◇◇
山頂付近の断崖絶壁。
近付くものを拒むかの様に、崖から風が吹き荒ぶ。小説の中のベアトリーチェは、この崖に捨てられたのだ。
落ちながら、恨みに身を焼き尽くす――。
下を眺めると、足が竦んだ。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
ジゼルの呼び掛けにハッとする。
「ええ、心配いらないわ。この下に、魔王は眠っているのね?」
「そうだよ〜。じゃあ、みんな俺に掴まってねっ」
人の姿になったキーランは、皆を纏めて転移させる。
いつもの浮遊感が来ると思ったが、そうではなかった。瞬きの間に、景色は一変したのだ。
その、いつもと違った転移の疑問は、目の前の光景に打ち消されてしまう。
――何、これ?
ゴツゴツとした岩肌に囲まれたその場所には、空が無かった。
さっきまで、夜空には無数の星が輝いていた。けれど、此処には何もない……ブラックホールみたいに底知れない、真っ黒なただの闇。
視線を移すと、思わずヒュッと息を呑んだ。
数歩先には地面を埋め尽くす砂利のように、大小さまざま色取りどりの魔石が大量にあった。この魔石は、鉱石ではない。直感的にそう思った。
これは――核だ。
魔石は各々淡く光り、その中心にある物をより引き立たせていた。まるで、それを崇敬するかの様に。
中心には上に高く伸びたような岩があった。手前は階段みたいになっている。
そして、その先には氷柱みたいな物があり、目を凝らすと、中に人が閉じ込められているように見えた。
「あれが……」
言葉が勝手に口から漏れた。
「そうです。さあ、ヒナ。あの階段を登り、魔王を復活させてください」
ノアは階段に手を向けると、私に進むよう促す。
「私一人で行くの?」
「そうですよ。我々には無理なのです」
まあ、『鍵』と呼ばれるからには、それが可能な理由があるのだろう。
けれど、あの場所まで行くのには、敷き詰められた魔石の上を歩かなければならない。
――何か、嫌だ。
「ねえ、ノア。私には、この魔石を踏むなんて出来ないわ。これは、魔族の核なのでしょう? せめて、階段まで連れて行ってほしいのだけど」
だって魔石になる前は、みんな生きていたのだ。そして、この三人の仲間だったはず。踏めるわけがない。
フッ……と、満足そうな表情をしたノアは、当然の様に手を差し出した。ロランとキーランもニコニコしている。
「試したわね……」
「ヒナなら、そう言うと思っていました」
しれっと言ったノアの手を取ると、あの銀翼を出し階段まで飛んだ。
「此処からは、本当にヒナだけしか行けません」
私は頷き、階段を登った。
やはり、ドレスとこの靴は失敗だったんじゃないかしら……。結構しんどい。
上まで辿り着くと、目の前には魔王がいた。宙に浮いたまま氷漬けになっている。
――この人が、魔王。
漆黒の品の良い装いをした、男性。
黒紫の髪に白い肌。鼻筋は通り、目は閉じているが睫毛は長く、まるで彫刻のようだ。それは形容しがたい程の美しさ。
人ならざる者……そんな言葉がしっくりくる。
一歩踏み出すと、額が熱くなる。それと同時に、ピカッ――……と足元が光り、地面には額と同じ紅蓮の紋様が現れた。
「……魔力を込めて、復活を願えばいいのよね」
ノアの言葉を思い出す。
強く念じると、額は更に熱を増していく。焼けるような痛みに目を閉じる。自分自身が、何かの一部になるような感覚に囚われると、身体から徐々に熱が引いて行くのが分かる。
波長が合う。そんな、とても心地良い感覚だった。
カクンッと力が抜けて膝から崩れた。
朦朧としつつも、地面に打ち付けられるのを覚悟した。
とすっ。
……ん? 痛くない。
頬にサラリと髪が触れた。倒れる寸前に、誰かに受け止められたのだと気付く。背中に回された腕に力が入った。
「やはり、お前は赤が似合うな……」
耳元で、吐息の様に囁かれた言葉。
懐かしい声……。
ドクンッ――と大きく胸が高鳴り、そのまま意識が遠のいた。




